0-1【知らない少女と、知らない世界3:~完全なる記憶~】



 ええ~、みなさま~ただ今、夜の1時です。(推定)


 などと冗談が頭をよぎる。


 そう。


 寝ていないのだ!


 もちろん体の方はしっかりと眠っている。

 身体の各器官も絶賛睡眠モード。


 消化器官だけは例外的にせっせと活動しているが、それ以外は基本的に寝ている状態といって差し障りないだろう。


 へえ、寝てる時ってこんなことになっているんだぁ と俺は呑気に感心しているが、俺自身はちっとも眠れない。


 視界は真っ暗なので、今現在俺が把握できる情報は、僅かな外の音と体の各器官の状況くらいであり、しかも聴覚の方は寝ぼけているのか随分とあやふやな感じなので、なおさら体内情報の占める割合が目立つ。


 それによると現在夕食は胃での工程を終了し、腸の方へと移動しているようだ。


 これは、ひょっとして出るまで詳細に感知できてしまうのか?

 現にその前に食べたと思われる”ブツ”が腸の中で処理されている過程がわかってしまう···これは気にしないでおこう。


 とにかく視界を失った今、俺は身体情報を精査するくらいしかやることがないのである。


 あとは記憶の整理くらいか。

 試しに今までの出来事を思い出してみよう。


 するとどうしたことか、記憶が始まってから今までの記憶、それも全身のあらゆる記憶が鮮明に思い出せるのである。


 いや鮮明というのは語弊があった。


 ハッキリ言おう、完全な記憶···いや記録である。

 何かを閲覧しているかのごとく、それにしては異様にスムーズに思い出せる。


 更にその中から様々な情報をピックアップできるようである。


 今現在、俺の視覚は真っ暗であるがその中にかなり鮮明なデカリスが見えている。

 更にそのデカリスは意識すると好きに動かせ、視界の中を拡大したり移動したり回転したりと意のままだ。


 更に今気づいたが俺の視野はどうやらかなり広いらしい。

 視覚情報映像の枠の外側にデカリスがはみ出しても問題なく見えている。


 更に他の記憶から引っ張ってきた情報も見れるようだ、試しに棒と自分の体の映像を表示してみよう。

 驚いたことに記憶映像からある程度逆算して映像を作れるようで、全体を見たことがないはずの自分の体を見ることができた。


 ただ、まだ見たことがない顔や背中側などはなく、視界に時々かかる髪の毛の一部や鼻の頭だけは再現されていた。


 さしずめ一部テクスチャの貼っていない3Dモデルといったところか。

 こうして比較してみるとやっぱりこの体に対してリスの化物は異様にデカい。

 デカリスの全身に対してかなり小さめの前足でさえ、自分の体よりもでかい。


 こんなバケモノ相手によく勝てたな。


 だが、その勝利の立役者である棒の方は、どう見ても完全にただの白い棒である。

 先の方を見ても銃口のようなものはないので、やっぱり銃ではないのではないだろうか。

 ただ銃口はないが何やら幾何学的なものが刻まれており、これがあの炎と関係あるのではないかと思う。


 棒の外観は当然のように白、だがこれは本来の色ではないようだ。

 白い表面の所々が塗装が剥げたようになっていて黒っぽい下地が見えている。

 きっと本来はもっと黒っぽくて、真っ白な雪原でカモフラージュされるように上から何か白い塗料のようなものを塗っているのだろう。


 同様にこの白づくめの服装も白く塗装してある感じがある。

 この環境で生きる為の工夫というわけか。

 そうなると最初に伏せていたのは、あのデカリスを待ち伏せするためのものであるという疑いは確信に変わる。


 どういうわけかこの体の主はあのデカリスをどうやっても狩りたいようだ。

 そこにはかなり周到な準備が窺える。

 おそらく食料にするのだろう。


 その証拠にデカリスを見たときに食欲に関連するデータが記録されていた。

 ひょっとしたらあの肉のようなものの正体はデカリスの肉なのかもしれない。


 しばらく映像を眺めているとあることに気づく。

 デカリスの死体の損傷が思ったよりも少ないのである。


 普通あれだけの銃撃を受ければ、もう少し傷ができていてもおかしくない。

 しかし灰色の毛皮に見える血の色は首元の一箇所のみ、それもかなり小さめにである。

 これは今日眠る直前に見た視覚記録でも変動はない。


 ひょっとすると、いわいる実弾を高速で発射するような銃撃ではなくて麻痺もしくは麻酔、あとはスタンか、とにかく非外傷系の攻撃の可能性がある。


 つまり殺傷に至ったのは首元の傷だけで、それも必要最小限。

 死んだのは引きずっている間の可能性がある。

 

 その場合死因は窒息死だろう。

 完全にあとの処理まで考えての行動だ。


 おそらく倒したのは一度や二度ではないのだろう。

 体こそ幼さの残る少女だが、中身は凄腕のハンターだと思ったほうが良いようだ。


 それにしてもこの記憶記録のなんと精巧なことか。

 ただ、これとは別に自分の中に普通の記憶も存在するのでややこしい。


 記憶が2つあるというのか、片方は普段からいつも使っている感じのごく普通の記憶。

 当然曖昧で、ほとんど記録の意味をなしていないほど不鮮明だがごく自然に扱われている。


 さしずめ”思い出記憶”といった感じか。


 もう一方の方は完全な”詳細記憶”で今まで知覚した全ての情報を正確に記録しているようだった。

 ただそのかわり思い出記憶よりは遠くにある感じで、まるでなにかを閲覧するかのような距離感がある。


 だが思い出記憶のように勝手に思い出すことはない。

 まあ少し不便な代わりにトラウマ対策にはなるので致し方なし。


 現にデカリスの首から血が流れる断面などのグロい記憶は···


 やめておこう、完全記憶はどうも思い出記憶に引っ張られる性質がある感じを受ける。

 表示こそしなかったが、その一歩手前···検索段階まではオートでやっているようだ。


 それが表示までのロスのなさを実現しているカラクリだろう。

 つまり現在俺は一般的な記憶と、それを補佐する記録を扱えるという事で間違いなさそうだ。

 更にいうとこの野性味ある少女の全感覚を観察管理するしかやることがないということでもある。

 


 その後ひたすら現状把握に努めたが情報がまだ少ないためいかんともし難く、結論めいたものは何も出なかった。

 

 それでも情報整理の価値はあった。

 おかげで体の主が目を覚ます頃には、視界の外側に大量の感覚パラメータが表示されていたのだ。


 年端も行かない女の子の身体情報をここまで詳細に観察するなど完全に犯罪者ではないかと思うが、俺自身の感覚でもあるのでご容赦願いたい。 


 おっと、空腹メーターが急上昇だ。


 主は朝飯をご所望のようである。

 どうもこうやって感覚を視覚化すると、そこまで感覚に引っ張られなくなるようだ。


 もちろん自分も空腹感を感じるが、どこか客観視している自分がいる。

 まあ空腹になっても食べるものは1つしかないしあまり考えたくないのかもしれないが。

 いや、そのピロンという音とともにアーカイブ検索完了アイコンは出さなくてもいい。

 どうせすぐに···


 ほらやっぱり体の主はあの血煮込みを引っ張り出した。

 ちょっと寝ぼけ気味ではあるが、美味しそうという感情が伝わってくる。


   


 その後、ひとしきり血の宴を堪能したあと、あるパラメーターが急上昇した。

 ん?これは夜中にパラメーター化した中でおそらくプライバシー上危険だと推定される内臓感覚だ。

 その時の推定だとこの値が高まるとおそらく···


 案の定、体の主はソワソワとしはじめ周囲を警戒しながら起ち上がる。

 一方俺の方も事情を察して、これよりしばらくの情報は高レベルプライバシー秘匿情報として厳重に秘匿するものとするという決定を下した。


 つまり少しの間不自然に描写が飛ぶことをご了承願いたい。




 数分後···



 無駄に気分のいいパラメーターを眺めながら、俺はハンターというのは排泄中かつてないほど真剣に索敵に集中するという事実に感心しきっていた。


 どうやら最も無防備な瞬間らしく、その間の恐怖と殺気と必死の索敵は俺の浅はかな感情などが入る余地は全くなく完全に戦闘行為のそれであった。


 敵はいないが。


 これは何か大きなトラウマがあるのかもしれない。


 気持ちよくて気が抜けた瞬間にデカリスに襲われたとか?

 もちろん狩猟的な意味でだ。


 とにかくデカリスの時の比ではない程の緊張感だった。

 きっと外から見れば修羅が座っているようにしか見えなかったであろう。


 まあ、そんなことはおいといて。

 朝のルーチンをこなし、体の主は準備ができたと確認すると少し名残惜しげな感情を残し、平らな領域の中央に鎮座していた棒をひと思いに引き抜いた。


 するとそれまでの快適さが嘘のように、風と寒さが襲ってくる。

 その不快感に全身のパラメータが一気にネガティブな方向へ変動した。

 やはり、あの謎快適空間はこの棒によって作り出されたもののようだ。


 銃撃もでき、変形もでき、快適空間も作り出せる。

 なんという便利アイテムだろうか。

 体の主は昨日と同じように棒を変形させて、また今日もデカリスの死体を引っ張り始めた。



 

 それから少し歩いた頃、この馬鹿力の正体がおぼろげながら見えてきた。

 昨日は体の感覚をそのまま感覚として感じるしかできなかったが、パラメータとして客観的に値の増減を眺めると奇妙なことに気がついたのだ。


 力を込めると大きく変動するパラメータ群、これはおそらくそれぞれの筋肉が発する力のものだろう。

 しばらくすると一定のデータが集まったのか、それぞれのパラメータがそれぞれの筋肉に紐付けされる。


 ただしその値は昨日からの様々な運動データに照らし合わせると不自然な点がある。


 引きずるときに発生する筋力と、実際にかかる力に大きな乖離があるのだ。

 具体的にいうと現在コップを持つのとそう大差ない筋力しか発生していない。


 これは明らかにおかしい。

 しかしそのカラクリはすぐに見当がついた、大きな力の発生とリンクするパラメータがあるのだ。

 これはどういうわけか特定の器官とのリンクは薄いものの、何か異常な行動を取るとすぐにそれに反応しているようなのだ。


 過去の記録を洗うと、どうやら引きずるとき以外にも、銃撃のときや、あの謎快適空間を作るとき、鍋を温めるときなどに変動していた。


 これはひょっとしてMP的なものかもしれない。

 魔法的なものがあるのだろうか?


 まあ、夢だから魔法的なものがあっても不思議ではないが、こんなものにまで細かなパラメータが用意できるとはつくづく細かい夢だなと思う。


 意外なのは足が滑るのを検知すると、ほぼオートでかなりの値を記録することだ。

 きっと滑り止め魔法的なものが展開されるのだろう。


 更にしばらく行動を観察していると、各パラメータの動きが一定のリンクを持っていることに気づく。

 すぐに一定の変動プリセットが創られ視覚情報から作った3Dモデル状のアイコンに情報が反映された。


 もう身体情報については、確実にこの体の主よりも的確に把握している気がした。

 プリセットにも段々と判明したものから知識から名前が割り当てられて、心拍数や血圧といった項目から全身の温度分布まで詳細情報が目白押しだ。


 何もそこまで詳細に見せなくてもと思うが、どうやら情報の整理はオートに近いらしく、何かに気がつくたびにそのデータが過去に遡ってまでまとめられる。

 これはあれか、俺にこの体のデータ管理を極めさせたいのか?

 

 更に時間が進むと、纏まっていたMP消費から、それぞれの”魔法”に名称が振り分けられ始めた。

 使用する魔法のようなものに一定のパラメータの規則性が見られたためだが、今ははっきりと棒の形状維持と身体各部強化、滑り止めを分けて認識できる。


 そしてすぐにそれぞれがさらに細分化された。


 滑り止め魔法だけでも、吸着効果、TCS、ABSと改められる。


 しかしTCS、ABSって···この子は車か何かか?


 そんなことを考えたせいか、身体強化の方にも車用語が使われ出した。

 そうなるともうカオスである。


 何が起こっているのかすごく理解しやすい半面、もう肉体というよりはロボットの管理画面の様だった。

 ガシャコンという音がしないのが不自然なレベルだ。


 おい、そこ、ロボット効果音付加モードなんて用意せんでよろしい!


 そんなものがあると使ってみたくなるではないか!

 

 はい、ポチッとな。


 ウィーン、ウィーン、ガッシャン、ジャキーン、プッピガン!!


 一挙手一投足に謎の効果音が付加され、そのあまりにものバカバカしさに腹を抱えたくなる。

 もちろん抱えられないが。

 それにしてもこんな馬鹿らしいことまでできるとは、このデータ管理の自由度はかなり凄まじいな。



 その後も、体の主がひたすらデカリスを引きずるなか、俺は視界のレイアウトを更にロボット物チックに改造していた。


 気分はすっかりオペレーターだ。


『シンクロ率400%を超えています!』

『ええい!連邦の白い悪魔は化物か!?』


 的な脳内寸劇でひとしきり盛り上がっていた。


 その時、ガン○ムの警報音がけたたましく鳴り響く。


『この感覚、ニュータイプか!?』


 いや、ふざけるのはやめよう。

 少し名残惜しいがこの効果音もオフだ。


 すると、世界が一気にシリアスな感じになる。

 もちろん何かを検知したからで、その何かが深刻でない保証などないのだ。

 

 しかしすぐに心配するようなことではないと分かった。


 体の主の感情がすべて好意的な方向へ振り切れていたのである。

 おそらく仲間的なものに気がついたのだろう。


 そしてすぐに”それ”の姿が見えてくる。


 ”それ”は銀色だった。


 とってもメタルな感じである。

 そして大きい。


 比較対象がないので一見しただけでは大きさがよくわからないが、左右の映像のズレから逆算すると高さが13mあることになる。


 完全にロボットだ。


 ガンダムだエヴァだと遊んでいたのが、ついに体の外にまで干渉してしまったのだろうか?

 やっぱりこれは夢か?

 

 しかしそのロボットはかなりの実在感を持っており、その力強い足音がこちらまで聞こえていた。

 少しずつロボットの姿が大きくなってくると、俺の中に緊張が走る。


 ロボットの表面はかなり汚れており、しかもまだ乾ききっていない血がベットリと付いているのだ。

 それでなくてもかなりいかつい見た目をしており、とても平和的な存在には見えない。


 だが少なくとも体の主はこのロボットを敵だとは認識していないようだ。

 それどころか、かなりの安心感を持って認識している。


 まるで、そう、・・・家族のように


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