第11話-逢魔が時
二人で入ったカフェは本格的なコーヒー専門店だったらしく、メニューには数種類のブレンドコーヒーのほかにストレートで飲めるコーヒー豆の種類も豊富にあった。
カウンター席に座ってメニューを見ると死神はすぐに言う。
「俺、マンデリン。お前は?」
「私も」
死神はウェーターに手を挙げてみせると、マンデリンを二人前注文した。落ち着いた店内には静かにジャズが流れている。
「ほんとにコーヒー好きなんだね」
カウンター越しに、コーヒーを淹れる様子を見つめている死神の横顔に話しかける。
「あぁ」
死神は視線をコーヒーを淹れる店員の手元に向けたままで応える。新鮮な豆を使っているようで、丁寧に湯を注ぐと綺麗にコーヒー粉が盛り上がる。ふんわりと芳しい香りが漂ってきて期待が高まる。店員は温めてあったカップにコーヒーを注ぐと、カウンター越しにそのまま私達の前にコーヒーをサーブした。
「ミルクとお砂糖はお使いですか?」
「いや」
死神が応え、私を見る。
「いいえ」
私も応えると店員は「ごゆっくりどうぞ」と微笑んで作業に戻った。
死神はまずお冷を口にしてからカップを手に取り、ゆっくりと香りを楽しむようにカップに顔を寄せる。しばらく香りを楽しんだ後、カップに口を付けた。私も真似をする。口にしたコーヒーはボディはしっかりとしてコクと苦みがありながら、後味はすっきりとしていた。
隣を見ると死神はとても満足気だ。何口か飲むと一旦カップを置いた。
「うまいな」
「うん」
「豆も売ってるみたいだから買って帰れ。読書にはコーヒーだろ」
「そだね」
コーヒー豆の在庫がそろそろなくなる頃合いだったのでちょうどよい。コーヒーを飲み終えると、マンデリンをペーパードリップ用に300g挽いてもらった。無印良品で買った衣料品に本を数冊、それに加えてコーヒーといつの間にか荷物はかなりの量になっていた。どう持とうか迷っていると死神がひょいと私の手から荷物を奪い、無印良品の袋をいったん開けてそこに丁寧に本とコーヒーを収めてひとつにまとめて持ってくれた。
「ありがと」
「ん」
いつも通りの醒めた表情で私の手を取ると死神は歩き出した。
「そろそろ帰るか。夕飯は家で食うぞ」
「はーい」
日は沈みかけ、空の藍がやや濃くなってきている。駅に向かう道は大きな国道に沿っていて、車の往来は激しいもののあまり人通りは多くなかった。歩道と車道の間には等間隔に大きな街路樹が植えられている。死神は左手に荷物、右手に私の手を握り面白くなさそうに歩いている。私は左手で死神の手を握り車道側を歩いていた。ふと右手を誰かが掴んで強くぐいっと引っ張った。思わず死神の手を離し車道に転びかける。
「危ない!」
死神が咄嗟に私の左手を捉え歩道側に引き戻してくれる。ブブーっと大きなクラクションを鳴らしトラックが走り去った。恐怖のあまりしゃがみ込む。
くすっと誰かが笑う気配があった。若い女の笑い声だった。その声に引き寄せられるようにぎこちなく振り向く。
「そんなに死にたいのだったら、手伝って差し上げましょうか」
透き通るような白い肌に漆黒のロングヘア、膝丈の黒いワンピースを着た少女が口元に笑みを浮かべて立っていた。人形のように整った顔立ちに歪んだ冷笑が張り付いているさまは背筋をぞくりとさせる。
死神が私と彼女の間に立って少女を見下ろす。
「余計なことしてんじゃねーよ」
「あら、心外ね。その者がちょうど逢魔が時に私の傍を通ったものだから願いを叶えて差し上げようとしただけなのに」
くすくすと笑いながら少女が言う。
「だって、死にたいのでしょう?無理をして生きている必要などないわ。その命、貰い受けて進ぜましょう」
死神が舌打ちをする。
「こいつは俺のもんだ。お前の差し出口は許さん」
少女がすっと目を眇める。
「随分とその者に執着しておるようじゃの。分をわきまえるがいい」
ふっと少女の姿が消えた。次の瞬間、背筋に悪寒が走る。少女の冷たい手が私の首筋を撫でていた。
「さぁ、この娘、どうしてくれようか」
身体が痺れたように動かず、声も出ない。座り込んだ私を少女は背後から絡みつくように抱きしめ、首筋に口づけをした。鼓動が早まる。息が苦しい。
遠のいていく意識の中、死神が私の名前を呼んだような気がした。いつもの醒めたような投げやりな声ではなく、切実な、必死な声で。
痺れた身体は思うように動かない。死神に向けて手を伸ばしたつもりだったが、手に彼の体温を感じる前に私の意識は途絶えた。
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