第10話-この死神は口が悪い。

「そろそろ動くか」

 食事を終え満足したのか死神が言う。

「どこか行きたいところはないのか?」

「うーん、そうだなぁ」

 遊びに出掛けることなど絶えて久しい為、休みの日にどう過ごしたらいいのか見当もつかない。

「そうだ、読書好きとか言ってたろ。たまにはビジネス書以外も読んでみたら?」

「そうだね」

「じゃ、行くか」

 モール内に入っている大型書店まで、また手首を引かれて歩く。久しぶりに訪れる書店はやはり客でにぎわっていた。

「ビジネス書禁止な」

 改めて申し渡されるので神妙に頷く。

「俺、適当に立ち読みしてるから好きなように見てこい」

 追い払うように手を振ると死神は雑誌を手に取って広げ、眺め始めた。好きなように、と言われても広すぎてどこから見ていいのかわからない。適当にふらふらとさまよっていると古本コーナーに辿り着いた。

「へー、ちょっと珍しいかも」

 好奇心が湧いて背表紙を目で追う。ふと、一冊の本が目に飛び込んできた。

「完全自殺マニュアル」

 呟いて思い出す。そういえば昔、物議を醸したことで有名な一冊だ。惹きつけられるように手に取り表紙をめくる。前書きを飛ばして読み進むと、自殺の方法や詳細な手順など色々な項目がわかりやすく記されていて、ぐいぐいと読み進んでしまう。食い入るように読み続けていると背後にふと気配を感じて振り向いた。

「お前、バカ?」

 ぺしりと死神が私の頭を叩く。

「好きなように見てこいとは言ったけど、よりによってこれか?」

 死神が本を私の手から取り上げて棚に戻す。

「いや、確かにね、この本って自殺を推奨してるわけでもないし、いざとなりゃ自殺しちゃってもいいと思えば、苦しい日常も気楽に生きていけるっていう趣旨の本だけどさ。お前絶対その趣旨無視して読んでただろ」

「う」

 図星を指されて返事に詰まる。

「無駄な方向に労力使ってないで学生時代に好きだった作家の本とか探せよ、ボケ」

「はい」

 素直に返事をすると死神は頷いて立ち去った。

「好きな作家、好きな作家」

 呟きながらまた店内をふらつく。原作が何回か映画化されている人気作家の名前を思い出し、その作家の本を探すことにした。店内を歩くこと数分、やっとその作家の本を見つけた。

「そういえば学生時代結構好きだったなぁ」

 かなりの人気作家なのでひとつのコーナーが設置されていて何冊も本が平積みにされている。その中でまだ読んでいない本を手に取りページをめくる。柔らかな文体で紡ぎだされるその物語には、作家の登場人物への愛情がしっかりと感じられストーリーがすっと胸に馴染んでくる。

 結局その作家の未読の作品を数冊まとめて手に取りレジへ向かう。会計を済ませるといつの間にか死神が横に立っていた。

「お前にしちゃ、いいチョイスだな」

 カバーもかけてある状態ですでに袋に入っているのに、何故中身がわかるの。疑問がわくが訊くだけ無駄なので口に出すのはやめておく。

「俺、そろそろコーヒー飲みたいんだけど」

 死神は醒めた表情で辺りを見回す。書店から少し離れたところにカフェを見つけると、また私の手首を掴んで歩き出す。強引なわけでもなく、力任せでもなく、母親が子どもの手を引くような優しい力加減だ。優しく私の手首を掴む死神の手は、大きく温かい。

「ね、ちょっと」

 私が立ち止まると死神が怪訝そうな顔をする。

「あの、手」

「ん?痛かったか?」

 死神が慌てて、掴んでいた私の手首を離す。

「ううん、そうじゃなくて」

「どうした」

「なんか手首掴まれて歩いてると、保護者と子どもみたいだなって」

「まぁ、あながち間違ってはいないが」

「えーと」

「じゃ、これならいいのか」

 何気なく死神が私の手を取って歩き出す。これはこれで。まるでカップルみたい、とふと思って顔が赤くなる。しかし掌に馴染む死神の体温はとても心地よかった。

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