第9話-世話好きな死神。
会社やコンビニに行く以外で出掛けることなどいつ以来だろう。ましてや一人ではなく連れがいる状況なんて、学生時代にまで遡らないと思い出せない。その連れが死神というのがなんとも不思議な気分だが、休日に誰かと一緒に出掛けるというのが楽しいことだと久しぶりに気付いた。
自宅の最寄り駅から一駅のところに大きなショッピングモールがあるので、今日はひとまずそこに出掛けることにした。
「やっぱり土曜日だから人が多いね」
「あぁ。能天気な面した連中で溢れてるな」
「ちょっと、誰かに聞こえたらどうするの」
死神はどうでも良さそうな顔で肩を竦める。
「今日は誰にでも見える状態なんでしょ。気をつけたら?」
「へいへい」
死神はいつも通りの醒めた表情で周辺を見回すとモールの一角を指さす。
「無印あるじゃん。手ごろな値段で服買うならいいんじゃないの」
この死神はいったいどれだけ人間界の事情に詳しいのだろう。死神は無造作に私の手首を掴むと無印良品の店内へと引っ張っていく。
「予算は?」
服のコーナーに辿り着くと死神が訊いてきた。
「特に決めてないけど」
「どうせ仕事ばっかりして金使う暇もないから貯め込んでんだろ?」
「えーと。まぁ、そうだけど」
「じゃあ今日はぱーっと使え」
死神は邪悪な笑みを浮かべると黒いマキシ丈のノースリーブワンピースを手に取った。
「サイズはSだな?」
「なんでわかるのよ」
思わず一歩身を引く。
「わかるもんはわかるんだよ」
結局死神に衣料品のコーナーを引き回され、ワンピースを数枚、それに合わせたカーディガンや、シャツ、チノパン、バレエシューズなどなど結構な数の品を籠に放り込まれた。会計はカードで済ませる。気付けばもうすでにお昼時だった。
「そろそろ腹減ったろ。メシ食うぞ」
また死神に手を引かれてモール内の飲食店が集まっているフロアに行く。死神は何かぶつぶつ呟きながら考え込んでいる。
「適当でいいよ」
「お前な、適当でいいっていうやつに限って何か候補挙げると嫌がったりするんだよ。特に女はな」
図星を指されて返事に詰まる。
「日頃どうせ野菜とか意識して食ってないだろ?あそこの自然食ブッフェにするぞ。異議は認めない」
抵抗しても無駄なのはわかっているので手を引かれるまま店内に入る。かなりの混み具合だったがさほどの待ち時間はなく席に着くことが出来た。
「野菜食え、野菜。緑黄色野菜」
こんなに世話好きの死神ってほかにいるのだろうか。怪訝そうな私の顔を見て死神が片眉を上げて私を見る。
「なんだ。俺の顔に何かついてんのか。じろじろ見て」
「ううん。なんでこんなに世話焼いてくれるのかなって。お母さんみたい」
「こんないい男捕まえてお母さんはないだろ」
いい男って、自分で言うか。確かに顔だちは整っているし背も高いし、これが人間だったらイケメンと言ってもいいだろうけれど、死神だけあってまとっている雰囲気がどこか違う。醒めきった視線の先に見えているものはきっと人の生き死にで、蔑みや悲しみ、慈しみや愛といった感情をすべて超えてしまっているような感じがする。死神の仕事とはなんなのだろう。人の命を刈り取るのか。それとも死を迎えた人間をどこか別の世界に導くのか。私のように自殺しようとする人間を止めるのも死神の役目なのか。でもそれが役目なら自殺者なんてものは存在しなくなるのではないのか。
「どうした、考え込んで」
死神がのぞき込むように私の顔を窺う。疑問をぶつけたいが答えてくれないのはわかっている。
「ううん、なんでもない」
「変なヤツだな。ほれ、もっと食え。お前痩せすぎなんだよ」
「だって、太ったら困るもん」
「いつだってダイエットですかテメーは。偏食してると年取ってから影響でるよ?それにな、女は多少身体に丸みがあるほうが色気が出るんだよ」
「ちょっとそれ、オヤジ発言」
「さっきからお母さんだのオヤジだの、俺をなんだと思ってんだ。それに野菜ならたくさん食べたってそんなに影響ないだろ」
そう言うと様々な野菜料理やフルーツをお皿にいっぱい取ってきて私の前に置いた。
「これ全部食え。残すな」
「こんなにたくさん、一人じゃ食べきれないよ。一緒に食べて」
「甘えんな」
そう言いつつも死神は取ってきた料理に手を付け始めた。それを見て私も一緒に箸をつける。ゆっくりと誰かと一緒に摂る食事は、独りの食事よりもずっと美味しいものだとしみじみ思う。
「ごちそうさまでした」
結局死神が取ってきた料理をすべて平らげてしまった。心地よい満腹感にほっと溜息が出る。
「衣食足りて礼節を知るってな。衣服や食べ物は人間の生活の基本、それが満たされてこそ心にもゆとりができて、礼儀を知ることができるってことだ。昔の人間は良いことを言ったもんだ」
「なんか今度は先生みたい」
思わず声を上げて笑う。笑ってからまた死神に頭を叩かれるかと思いちょっと首を竦めると死神は心なしか柔らかな視線で私を見ていた。
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