第8話-死神にだって休みはある。

「こんなにゆっくりしていていいの?担当区域それなりに広いんでしょ?」

 私の淹れたコーヒーを飲みながらぼんやりしている死神の横顔を見上げて訊く。

「今日はオフだ」

 休みがあるのか。不審そうな私の顔色を見たのか死神が軽く私の頭を小突いた。

「そりゃ休みくらいあるわ。年中無休とかどんだけブラックな職場環境だよ」

 死神も職業なのかというと甚だ疑問だが、確かに働いてはいるわけだから休みだって必要だろう。

「あのさ。まだ短い付き合いだけど名前知らないとかなんか違和感あるんだけど。私は栞。あなたは?」

「人間ごときに名乗る名前は持ち合わせてないね」

 あまりの言いように一瞬ムッとする。しかし考えてみれば出会った当初からこの調子なのだから、いちいち腹を立てていたらストレスが溜まるだけだと諦めることにする。

「じゃあなんて呼んだらいいの?」

「好きにしろ」

「じゃあ、しー君」

「お前のネーミングセンス、壊滅的だな」

 蔑みの目線で見下ろすと死神はため息をついた。

「だったら名前教えてよ」

「却下」

 取りつく島もないとはこのことだ。気を取り直して会話を続ける。

「死神ってどんな仕事してるの?」

「お前が知る必要はない」

「休みの日は何してるの?」

「プライベートな質問に答える義理はない」

 お前はどこのセレブだ。これではまったく会話が成立しない。

「じゃ、なんでわざわざ休みの日に私の世話焼いてくれてるの?」

 珍しく死神が一瞬答えに詰まる。

「少しでも目を離したら何するかわからないからな。死に時じゃない人間に勝手に死なれると査定に響くんだ」

 査定に響くって、死神にも出世とかあるのか。訊けば訊くほどかえって混乱する。

「お前こそ、休みの日は何してんだ」

「えっと...主に仕事?」

「小娘の分際でどんだけワーカホリックだよ。二十代からそんな調子じゃすぐ燃え尽きるぞ。趣味とかないのか」

「昔は読書とか好きだったけど、最近は読んでもビジネス書が多いかな」

「ほんと潤いのない生活だな」

 死神の視線が蔑みから憐れみに変わる。

「二十代の小娘だったら普通はもっと遊んでるもんじゃないのか?もしかして友達いねーの?」

 切なすぎてもう死神の顔が見られない。思わず俯く。するとぽんぽんと軽く叩くように死神が頭を撫でた。

「会社の人間とは会社外で会わない主義だし。学生時代の友達とは就職してから仕事でいっぱいいっぱいで疎遠になってるし」

「もっとワークライフバランスってものを考えろ。仕事が好きなのは結構だがな、なんでも自分一人で抱え込んでるから余裕がなくなるんだよ。もう少し周りを頼るとかしたら?」

 思いがけず優しい口調で諭され驚いて死神の顔を見上げるが、彼の表情はいつも通り醒めたままだ。

「しょうがないな。今日は下界での透過解除申請してきてあるから一日付き合ってやる」

「透過解除?」

「普通の状態だと俺ら死神は特定の相手にしか姿が見えないわけ。でも透過解除の手続きをすると普通の人間っぽく見えるようになんの」

「申請とかなんかお役所みたい」

 思わずくすっと笑うと死神が私の頭をくしゃくしゃに撫でた。

「や、ちょっとやめてよ」

 相変わらず醒めた表情のまま死神は、今度は乱れた私の髪を梳いて整える。

「髪の毛サラサラだな」

「…もしかして、ツンデレ?」

 そっぽを向いた死神がぺしりと私の頭を叩く。微妙に耳たぶが赤く染まっているように見えるのは気のせいか。

「ほれ、出掛けるぞ。支度してこい」

 顔を背けたまま死神が言う。

「どこ行くの?」

「適当にどこか?どうせお前、ろくに服とかも持ってなさそうだし、買い物とか付き合うけど?」

「う」

 毎回のことだが的確過ぎる指摘に返す言葉もない。

「とっとと支度してこい。食器洗っといてやるから」

「ありがと」

 死神は私を追い払うように手を振るとキッチンに向かった。私は身支度を整える為に寝室に向かう。

「さて。何着よう」

 改めて自分のワードローブを確認するが、スーツばかりであまりの貧弱さに溜め息が出た。結局先日着用したワンピースを着ることにする。出掛けるということなので、さすがにほぼすっぴん状態では気が引ける。結局マスカラとリップで軽く化粧をして身支度を済ませた。

「お待たせ」

 リビングに戻ると死神はすでに食器を片づけ終えて手持ち無沙汰にしていた。相変わらず仕事が早い。私の全身にちらっと視線を走らせると満足気に頷き立ち上がる。

「じゃ、行くか」

「なんかデートみたい」

 頭一つ分私より背の高い死神が、また顔を背けて私の頭をぺしりと叩くとさっさと玄関へ向かうので追いかけてハイヒールを履く。

「鍵かけろよ」

「はい」

 玄関の鍵をかけると死神は私と並んで廊下を歩き、エレベーターホールへと向かった。

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