第2話-病院行きを説得する死神。
男がテーブルの上にある箱ティッシュを無言で差し出してきたので、私も黙ってそれを受け取りティッシュを引き抜く。びーっと大きく鼻をかむと男が少し身体を離して呆れたように私を見た。
「ちょ、ここは可愛く涙拭く場面じゃねーの?鼻かむ音大きいし。ひくわー」
「余計なお世話よ」
泣いたら当然鼻水くらい出るんだよ。まだ鼻をかみ足りなかったのでもう一枚ティッシュを引き抜き一回目よりさらに大きな音を立てて鼻をかむ。丸めたティッシュをくずかごに放り込むとさらに引き抜いたティッシュで目尻を拭った。ウォータープルーフのマスカラにしておいてよかった、なんてどうでもいいことを思いながら涙を拭ったティッシュをぼんやり眺める。
「落ち着いたか?」
男の問いにこくりと頷く。
「何があったか言ってみろ」
「…別に」
「どこかの女優か?お前は。ってかいちいち古いんだよ」
ぺしりと男が私の頭を軽く叩く。叩かれた箇所を押さえて男のほうを振り向くとまた蔑むような視線を寄越している。
「乙女の感傷ごときでいちいち死なれてたら仕事増えて大変なんだよ。無駄な方向に行動力発揮してんじゃねーよ」
「感傷ごときって!人が本気で死のうとしてんのに無駄な行動力とか言わないでよ!」
咄嗟に抗議すると男がまたぺしりと軽く頭を叩く。
「…なんかもう、疲れちゃって」
抵抗する気力も失せて、ぽつりと呟く。
「ずっと前から眠れないし、一日中頭痛いし身体だるいし。仕事もミスしてばっかりで、私なんていても周りに迷惑かけるだけだし」
話していると、収まっていた涙がまたこみ上げてくる。男がまた無言で箱ティッシュを差し出してくるので、一枚引き抜いて鼻をかむ。
「お前それ完全にうつだから。病院行け、病院」
「へ?」
死神に病院行き説得されるって何これ。男はドラムバッグからタブレット端末を取り出すと何かを検索し始めた。ぶつぶつ呟きながら検索結果をこれまたドラムバッグから取り出したノートに書きだしてページを破り取ると私に突き出す。意外と字が綺麗だ。
「これ、この近辺の精神科とか心療内科。とりあえず明日必ず電話な」
ノートの切れ端を茫然と眺めていると男が立ち上がった。思わず男を見上げると、相変わらず醒めた表情で私を見降ろしている。蔑むような視線が痛い。
「とっととシャワー浴びて寝ろ。んで明日絶対病院予約しろよ」
迫力に押され、思わず頷くと男は玄関に向かった。ゴソゴソと靴を履く気配がしたあと、「おい」と男が声を上げた。
玄関に向かうと三和土に立った男が言う。
「ちゃんと鍵かけろよ」
「あ、はい」
男はドラムバッグを背負い直すとドアノブに手をかけ、そのまま出ていった。コツコツと靴音が遠ざかる。鍵をかけ、念のためドアチェーンもかけると私はリビングに戻った。
テーブルにはコーヒーカップが2つある。男はちゃっかりコーヒーを飲みほしていたようだ。コーヒーカップをキッチンに運び、洗いながらさっきまでの出来事を思い返す。
「確かに死神って言ったよねぇ」
死神って人の死に際に現れてあの世に連れていくとかそういう役割じゃないの。何故人が死ぬの邪魔してんの。しかも査定に響くってどういうこと。
「あーもういいわ」
考えるのも面倒になり、シャワーを使うことにする。熱いシャワーを頭から浴びるとずっと力が入ったままの肩がふっとほぐれたような気がした。立ったまま、そのまましばらくシャワーを浴び続ける。気負いも疲れも澱んだ気持ちも、熱い湯とともに排水溝に流れていく。
「よし」
呟いてシャンプーを手に取る。勢いよく泡立てながら頭を洗う。メイクも落としシャワーを使い終えると身体を拭い、久しぶりにちゃんとスキンケアをする。ドライヤーを使いながら鏡に映る自分を見ると若干瞼が腫れているように見えた。
「あー、明日の朝、大丈夫かな」
ベッドに潜り込み天井を見上げる。ふっと息を吐き目を閉じた。眠れない夜の長さを思うと気が重くなったが、しかし今夜は何故か眠れるような気がした。
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