1-8
「悪いなアレン、遅くなっちまった」
突如として現れたマシンアバターに、ドラングはほんの一瞬動揺を見せたが、すぐに元の表情へと戻る。
「何者だ、貴様」
空中に停滞したままの機体に顔を向け、何者かを問う。ドラングは自らを騎士と名乗っていた。こういった戦地における対話に割って入ってきたケンゴをその騎士道が許せないのか、その声は僅かに怒りを含んでいた。
「俺はフランテイク王国軍第十八師団第一機動部隊所属のカネモト・ケンゴ、地球人だ。アレンに何の用だか知らねぇが、こいつは俺のダチだ。お前らに渡すわけにはいかねぇ、わかったらさっさと帰るんだな」
コクピット内にある内部通信モニターに映るケンゴの表情はわかりやすいくらいに怒っていた。けれど、その頬は腫れ、至る所が痣になったまま治療されずに放置されている。
大佐から、ケンゴが拷問を受けていた話を聴いたときから心配はしていたが、額に出来ている数センチ程の大きな傷も手当てされていないとは思っていなかった。
「貴様らが地球人であろうがなかろうが、そんなことなどこの問題には一切関係ない。こちらの要求はただ一つアレン・ハーヴェンを引き渡せ」
「だから、それはできねぇって言ってんだろが山ザル!」
ケンゴは最初こそ彼なりに冷静に立ち回っていたが、我慢の限界だったのか、どんどん怒りがヒートアップしいる様子だ。
「要求が飲めないと言うなら致し方ない、宣言通り、王都に進軍させてもらう。」
「別に俺はこの国がどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ、それより何でアレンなんだ、連れてくんなら別に誰だっていいだろ」
「アレン・ハーヴェンでなければダメなのだ、皇帝陛下はそう我らに御命令なさった。」
「じゃあ何でその皇帝陛下サマはそうまでしてアレンを欲しがってんだ、それを答えろ!」
激しい怒号を放つケンゴに対し諭すように冷静に返すドラングの言い合いが畳み掛けるように続き、ケンゴの一つの問いがしばしの静寂を生んだ。
「貴様、とぼけているのか?それとも、ただ何も知らぬだけなのか…」
「とぼけてる?何の話だそもそもアレンは今、記憶を失ってんだ!そんな状態で、わざわざ敵にアレンを差し出せるわけねぇだろ!」
ケンゴの今の言葉に、先程までピクリとも動かなかったドラングの眉が、眉間にシワを寄せた。
「何?記憶がないだと…?まさか、あの男の仕業か…?確かに奴ならやりかねんが…」
ドラングは顎に手をやり、考え込むようにして何か独り言を呟いている。その行動にケンゴは更に苛立ちを募らせている様子だ。
「おい、何一人でブツブツ喋ってんだ、聴こえねぇぞ」
すると、ドラングは改めて顔を上げた。
「……アレン・ハーヴェンの現状は理解した、王都への進軍は一時撤回しよう。だが、こちらも何もなしでは我が皇帝に合わせる顔がない。そこで、貴様らに選択肢をやろう。」
ドラングはそう言って、おもむろに指を一本掲げた。
「一つは、アレン・ハーヴェンの代わりに王家から一人を我々に引き渡す選択。」
続けて二本目の指を立てる。
「もう一つは、アレン・ハーヴェンを賭けて私とそちらの代表者一名での決闘を行うかの選択だ。もちろん、アレン・ハーヴェン本人を代表に選んでも構わん。どちらの選択もしなかった場合は、容赦なく王都へ攻め入る。これは最終通告だ」
その提案に、兵士達が困惑した様子でどよめく。
ドラングは、それを気にもとめず、通信用の魔法を使い撤退の指示を出す。それに従うかのように、いつの間にか大人しくなっていた大型ガイナスの群れもゆっくりと散り散りになりながらこの場を去っていく。
「一日だけ待つ、明日の正午までに答えを出すがいい」
「っ!待やがれ!」
そうしてドラングは、ケンゴの静止の声も聞く耳持たぬまま遥か空の彼方へ飛び去ってしまった。
事態を知った本部は、すぐさま上層部と僕を招集し、会議を行った。内容はドラングの出した提案に乗るか乗らないか、また乗った際にはどちらの選択肢を取るかというものだ。
会議室の長いテーブルを囲んでいるのは総勢十五名で、テーブルの左側は六名、右側は七名がそれぞれ向かい合うようにして座っている。
僕の座っている一番手前の席は一番奥のラドゥリー大総統と対面している。
テーブルの左側に座る六人は大総統側から順に、ロットン副総統、ロブコス将軍、アデル大将、クリーツ中将、ミックリー少将、メディ准将、変わって右側の七人は、ヴィネット司令長、アイドリック副司令長、エドワード司令官、ロレーナ副司令官、ライ大佐、イミール中佐、ダンテ少佐という風に、階級や立場で席が決まっているらしい。
因みにこの場にいる人の名前や階級はライ大佐から会議が始まる前に、事前に教えてもらったものだ。その中でもロレーナ副司令官は、上層部メンバー史上初の女性らしく、なんでも士官学校を首席で卒業し、その後も優秀な実績を称えられ、見事に本部の副司令官の座に就いたそうだ。
物々しい雰囲気で始まった会議の中、ロブコス将軍は拳をテーブルに強く叩き付け、激しい怒りの感情を露にしながら強く怒鳴り込む。
「帝国側の提案などに乗る必要なぞありませんぞ大総統!もし奴らの提案に乗ったならばそれは奴らに屈したも同然!そんな醜態を国民に晒すわけには行きません!断固として戦う姿勢を見せつけるべきです!」
この意見に頷く者は少なくなかった、けれどイミール中佐はその意見に反論の意を示した。
「ですが、帝国側は二つの選択肢を出した。それに、その二つのどちらかを選ばなければ王都に容赦なく攻め入るとも、奴ら剛毅騎士団とやらの戦力や兵力は未知数です。徹底抗戦するにしても、負けてしまえば元も子もない、それこそ相手に屈することになります。ここは冷静に考えて然るべき対策を練るべきです。」
その言葉が気に入らなかったのか、クリーツ中将 は中佐をキッと睨み付けると、そのガッチリとした体型に見合った低い声で、静かに不満をぶつける。
「貴様は、我々がたかが帝国の一騎士団相手に敗戦すると、そう言いたいのか…」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい中将…つまり、中佐は帝国の提案には乗るが、言いなりになるつもりもないということか?」
険悪な空気が漂い始めたのを感じとり、すかさずイミール中佐の意見の意味や意思の確認をとったのはメディ准将だ。中佐は頭がキレるが、言葉が回りくどく誤解を与えてしまうことも多い、それは中佐だけでなくここにいる面々の一部もそうなのだとか。それを補足する役割をメディ准将がしているらしい。
「はい、奴らの思惑に乗るつもりは私も毛頭ありません。乗った振りをして、上手くこちらの策に嵌めて、この戦争の優位に立つべきだと愚考します。」
「アレン・ハーヴェンの代わりに王家から一人を差し出すか、代表者一名を選んで決闘を行うか…一つ目の選択肢は全員一致で却下だろうが、決闘に関してはどうだろうな、相手が何をしてくるかわからない分、その代表者が負けるリスクもある。それによっては策が立ち行かぬかもしれんぞ」
イミール中佐の考えにメディ准将はこちらが負うリスクを提唱する。
「なら、帝国の要求はそこにいるたかが第五世代の地球人一人なのだろう?さっさと渡してしまえば良いではないか。これならば王都に進軍される心配も王家の方々を危険に晒すこともなく事態は解決する」
なんてことを言い出したのは、ミックリー少将だ、少将とは到底思えないこのあまりにも的はずれな意見に皆呆れ、ため息を漏らす者もいた。
ロブコス将軍は、少将のこの言葉を聴いて身を乗り出しながら怒鳴りつける。
「だから、それが帝国側に屈したことになると言っているのが分からんのか貴様!」
「ミックリー少将、アレン・ハーヴェン本人を前にしてその発言はとても感心できないな」
ヴィネット司令長も真剣な顔で少将を叱責する。
「お言葉ですが少将、我々は地球から深い恨みや憎しみを抱かれてる身です。そんな我々が地球出身であるアレン・ハーヴェンを、簡単に差し出したと知れれば、地球との外交関係は更に悪化し、下手をすれば地球が軍を率いて、ここに攻め入ってくるやもしれません。それにこの国に住む地球人と我々との間に、人種の壁はないと国王陛下が宣言している以上、そんな国民にも陛下にも示しがつかぬ行為は致しかねるのです。」
皆の意見を代弁し、まとめたのはロレーナ副司令官だった。副司令官の言った通り、この国の王、エディメイエスは、国民の地球人に対する差別的思想をなくそうと、公の場で日頃から地球人の平等と自由を訴えている。陛下の政治を代表して行う、ラドゥリー大総統も、地球人への差別的表現や行動を一切禁じようと新たに法案を国会で通そうとしているくらいだ。
「うむ、それに当の本人の言葉を聞かずに、我々が意見を述べたところで意味はなかろう。君はどうしたいのかね?アレン・ハーヴェン君」
その大総統が僕の目を見て、微笑みながら意見を訊ねる。その一言で、この場にいる大人達の視線が一気に僕の方へ向けられる。空気はピンと張り詰めて、口を開けるのも億劫なほどに重苦しい、息が詰まりそうだ。
そんな今にも倒れそうな僕を見たライ大佐が、立ち上がって僕の肩を二回優しく叩いた。
「大丈夫だ、落ち着いて、ゆっくりでいいお前が思っていることを喋ればいいんだ。」
「はい…ええと、その…」
それでもまだ緊張が解けず、言葉が出てこない様子の僕を見かねたのか、大総統が笑った。
「ハハハ、そんなに緊張しなくてもいいよ、我々も顔の圧が強いものばかりでいかんな。特にロブコス将軍はな、皆、少し気を楽に持とう。この子に圧をかけては可哀想だ」
「なっ、何ですと!?私はハーヴェンにそのようなことをしたつもりはありませんぞ大総統!」
大総統が場の空気を和らげてくれた。さっきまで張り詰めていた空気が嘘のように緩んでいくのを感じて、自然と落ち着きを取り戻していた。
「僕は、帝国に連れていかれる気はありません。だけど、そのせいで他の誰かに迷惑がかかるのも嫌です。正直、どうすればいいのかなんて分かりません…でも、だからこそ…残された選択肢は一つだと思います。」
僕の言葉に大人達は少し考え込むように黙り込む。少しすると、メディ准将が真剣な顔をして僕の目を見つめた。
「君は、決闘を行うつもりなんだね?」
准将の問いに僕は静かに頷く。
「アレン、お前は自分自身で決闘に挑むつもりか?それとも誰か他に代表を選ぶのか?」
続けざまにライ大佐が問を投げる。
「僕が代表になって戦います。僕の問題で他の人に迷惑はかけられない…それに、もし仮に負けたとしも、それは僕の責任です。だから、僕が代表になります」
ライ大佐は深く顔を下に向け、ため息をついた後、僕の顔を見上げた。
「残念だが、お前を戦わせることは出来ない」
大佐から発せられたその言葉の意味を僕はそのとき理解出来なかった。
「何故ですか…」
「お前一人の責任にはならないからだ。お前が勝手に戦って勝手に負けて、敵国に捕虜として拘束されるとする、すると民衆も敵も『王国軍がアレンを売った』『アレンが連れていかれたのは王国軍の責任だ』と批判する」
「そんな…じゃあ、だったら、僕の独断で軍を無視して行動したことに…」
全部言い終わる前に、はっと気付き、言いかけた言葉を飲み込む。
「どうやったって彼らの目にはそう見えるんだよ。お前がどんなに自分の責任だと訴えても民衆はそれを認めない。最終的に判断を出すのは軍だ。その判断を出した軍に全ての責任が伸し掛る…いいかアレン、これは戦争なんだ、お前一人だけの戦いじゃない、今はお前の行動、お前の状況の一つ一つが必ず誰かに迷惑をかけることになるんだ」
ロレーナ副司令官も大佐のこの言葉に頷くと、優しく言葉を切り出す。
「それに君は、今回の件の当事者だ。私たちとしては、君にそんな重大で危険な役目を負わすことは出来ないんだよ」
僕個人としては腑に落ちないが、反論できる要素が見当たらない。大佐達の言っていることは正しいと納得してしまう。
「まぁ、まだ時間はある。それまでにこっちで最強のカードを用意するから、安心しろ…では、もうよろしいですか?大総統」
「うむ、すまなかったなハーヴェン君、君の意見を聞けて嬉しかったよ。もう通常任務に戻ってよろしい」
「失礼します」
敬礼をして、会議室の扉を開けてから去り際に一礼をして出る。緊張したけど、今は安堵の気持ちよりも、もどかしさを強く感じていた。最後のライ大佐の言葉は、まるで、「出す結論は予め決まっている、お前の意見を聞いたところでそれは変わらない」そう言われたようなそんな気がした。
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