1-6

───同時刻、荒廃都市大型ガイナス出現場所。


「おい!他の応援部隊はまだか!俺達だけじゃ…!」


「ダメだ!出撃出来る部隊がどこも手一杯で、ほとんどが人民の避難と怪我人の手当に当たって…はっ!あぁー!誰かッ!誰か助けッ…」


その景色は、残酷で無情で、無慈悲なまでに、死体と薬莢と、無数の血と人間の体の一部らしきものが辺り一面に散乱していた。

ガイナスの爪や牙にその体を引き裂かれ、無惨な姿にされ、その光景を目にした者は立ち上がることすら出来ずにいた。

ガイナス達の雄叫びに、悲鳴をあげ銃声や怒号の響く中、グシャリという、骨や血肉が砕かれる音が度々きこえてくる。ガイナス達が兵士達を捕食し始めたのだ。

荒廃都市付近に拠点を置く調査部隊の応援に駆けつけた部隊は、たったの一個中隊のみであった。状況は絶望的で、すでにその人数は50名を切ろうとしていた。


「畜生!何だよこいつら!銃が全く効かねぇ!」


「馬鹿者!体の各所にある結晶のような部位を狙え!そこ以外銃は効かん!ダメージを与えたいのであれば、近接戦闘が一番効果的だ!」


そう声を荒らげるのは、調査部隊のアヴィ副隊長だった。彼女の装備は、応援部隊と違い、レザーで出来たようなしなやかなフォルムのコートを羽織っており、細長い剣をその右手に持っていた。そしてその刀身には、花のツルのようなものが巻きついており、そのツルには赤い花弁とトゲが全体に付いていた。

ほかの調査部隊の隊員の装備も似たようなものであったが、武器が槍や鎌、斧や大剣などそれぞれ違っていた。


「くそ…まるでオグドルブウォのときとそっくりだな…」


アヴィが苦痛に顔を歪めて、そう言葉を漏らす。応援に来た部隊とは違い、彼女らはガイナスの群れに戦い慣れしている様子で善戦しているようにも感じられた。

だが、そんな彼女も、酷く息を荒らげている。肩や腹部の裂傷が酷く、左肩も外れているようだった。


「クソ…ここまでか、調査部隊戦闘班の第3、第4班に告げる、私は一度後衛に下がる。以降の指揮は両班共に合流し、3班の班長に従え私が抜けたらすぐに目標Cを囲み足止めしろ」


「了解!」


部下の返答を聞き届け、通信を切って剣を収め、戦闘を離脱すると、指示通り合流した班が離脱のサポートのため、ガイナスの足止めに入る。


「全部隊に告げる、あと10分持ちこたてくれ本部から、マシンアバターが一機だけだが、応援に駆けつけてくれている。一機といえど、訓練用の大型ガイナスを一撃でしとめた一級品だ、少しは楽になるアイテム切れを起こしたり、戦闘が続けられないよう怪我をした者は、遠慮なく言って後方へ下がって医療班と合流しろ!」


そう通信を入れたのは、調査部隊のセヌイグ隊長だった。士気の下がっている応援部隊に配慮し、積極的に回復を図るように指示し、それと同時に強い味方が応援に来るが気を抜くなと、下がった士気を上げていく。


「よし!もうひと踏ん張りだ!射撃に自信のある奴はガイナスの各部位にある結晶部分を狙え!」


士気が上がったことにより、次々と応援部隊が銃を構え、狙いを済まし一斉射撃をする。

銃声と悲鳴はまだ鳴り止まない、ガイナスの攻撃に五体満足で耐えることもできない。

だが、怪我人は増えたが、死体は増えなくなった。それが今回初めてガイナスの群れに遭遇した彼らの進歩だった。


───その頃、アレンは、マシンアバターの全速力で荒廃都市へと向かっていた。


フランテイク王国は、国の中央に位置する王都を囲むようにして、それぞれ、北都、東都、西都、南都の4つに大きく別れている。

王都は、軍の本部や、重要な科学施設や軍備施設などがあり、高い壁でほかの都市と隔離されている。その壁を利用して王都だけは階層都市のような構造になっている。

そんな王国の地形を空から見下ろすと、壁に囲われた王都を中心に広がる国は、まるで巨大なドーナツのようだった。

西都の方には深く青い海が、東都には妖しく闇を照らす工場地帯が、北都には、住居が多くあり、居住地域を抜けると、森に繋がっており、沢山の山に囲われている。

そして、今僕が向かっている大型のガイナス達がいる荒廃都市は、元はと言えば、南都の居住区域だった場所だ。

南都は、ムガンド帝国との戦争において、前線に最も近い都市であり、毎年のように南都から若い男達が徴兵制度によって前線へ駆り出されている。また、女性の兵士も多いが、女性の場合は、この国では徴兵制度は適応されず、その全てが本人の志願による入隊である。

ムガンドとの戦争で、居住区域の6割を失い、ガイナスを生み出す原因にもなった悲惨な事件。

そのことについては、ルミナート博士からこのマシンアバターに乗る前に、色々と詳しい話を聞いていた。


「オグドルブウォ───ダイトラーク語で神の一撃を意味する言葉でね、10年前にムガンド帝国の皇帝自らが、14人の部下と思わしき者達と南都の最南端であるデミガラに出現し、そのオグドルブウォを引き起こしたのさ…以来、この悲劇はオグドルブウォの惨劇と呼ばれている。」


博士から聞いた話はそれだけではなかった。実は、帝国の皇帝たちが現れる数分前、そのときも 今回のように、大型のガイナスが群れを成して出現したのだという。だがしかし、当然10年前のフランテイク王国はガイナスの存在を認知していなかった。僕もルミナート博士から話を聞くまでは、ガイナスはオグドルブウォの惨劇によって生み出されたものだと思っていた。

だが博士から聞かされた事実は違った。


「ムガンド帝国はね、以前から自らの国で新造生物兵器を生み出し、それをデミガラにけしかけて脅威を確かめると共に、新たな生物兵器を生み南都を制圧すべく、オグドルブウォを行ったんだよ。」


「その生物兵器ってのが、もしかして…ガイナス…」


僕の言葉に、博士は静かに頷き、いつもより真剣な顔をして僕の目を見た。


「今回もまた、大型ガイナスの群れが荒廃都市に出現した。ということは、また10年前と同じ悲劇が起こるかもしれない。二度と引き起こさないために軍全体が警戒して動いてはいるが、気を付けてくれ。」


博士の言葉と表情を思い出し、操縦桿であるレバーを固く握りしめる。

少しすると、モニターが出てきて、目的地に到達したことを知らせてくれた。

僕は急いでマシンアバターを着陸体勢へと整え、レバーに付いているボタンを指先で押し、レーザーライフルを右手に構えさせる。

降下と同時に、一体のガイナスをロックし、狙いを定めてトリガーとなる右手レバーのスイッチを握るようにして人差し指で押す。

レーザーライフルの銃口から青白く細長い光弾が真っ直ぐガイナスの頭部目掛け力強くブゥンという鈍い電子音と共に放たれた。

レーザーライフルの弾は確実に命中した。僕はそう確信して思わずやったと声が漏れた。

だがその直後、命中したと思われたレーザー弾はガイナスと衝突した瞬間、何かに弾かれるようにして分散し、甲高い雷のような激しい音と白い光を出し、その威力により風圧の衝撃波が円を描くようにして広がり、ドゴーンという鈍く長い地鳴りのような音を鳴らし大量の土煙を巻き起こした。


「何で…!?そんな馬鹿な!確かに当たったはずなのに!」


撃たれた当のガイナスは、その足を止め、首を上げる。その目は、空中で呆気にとられている僕をマシンアバター越しに睨み付けているようにも思えた。

ガイナスに遠距離による攻撃は物理や電光弾や魔力弾による特殊攻撃では効果がないらしく、とくに遠距離特殊攻撃は唯一遠距離攻撃が通るとされている結晶部分でさえ、効果がないと言われている。このことを僕はこれから知ることになるのだ。知っていたのは、訓練用の大型ガイナスを一撃で倒せるという情報だけで、ガイナスの弱点や有効な攻撃手段は知らなかったのだ。


「もう1回…撃って今度は効くか試してみるか?」


一度考えを声に出して、いや、ダメだと改めて否定する。最初の一撃が効いている様子はなく、何かダメージを与えたようにも感じなかった。ガイナスの頭部にも外傷はやはりない。威力が分散されたようにも見受けられたから、全く攻撃が効かないんじゃないだろうか。訓練用のガイナスを一撃で倒せたのは、弱点や有効手段が分かっていたからだろう。だったら、今度は実弾武器で…

思考がグルグルと頭の中で回る。すると、さっきからずっと低い唸り声を上げていたガイナスが、今度は大きな咆哮を上げ、僕の思考を一瞬止めた。吼えたガイナスを見ると、やはり、鋭い目がこちらを睨んでいる。だが、先程まで頭部ばかりに注目していて気が付かなかったが、後ろ足や尻尾、腹の辺りに切り傷のようなものが沢山ついていることが分かる。それでハッとした僕は他のガイナス達の体の様子を見ると、ほかの個体も皆、体に切り傷のようなものが付いているのだ。戦っている兵士達を見ても、その武器は剣や槍などの近接武器ばかりだった。


「これだ…」


僕がその光景から導き出された有効手段の答えは一つだけ。

急いで僕は、マシンアバターの武器をレーザーライフルから、近接戦闘用のブレードに切り変え、一気にそれをガイナスの首筋目掛け斜めに振り下ろした。ガイナスの鎧のような硬い皮膚に触れた途端火花が上がったがブレードはその装甲に弾かれることなく、火花がすぐさま血飛沫へと変わり、グチュグチュという硬い肉と骨を断つ音を立てながら勢い良くその体を切り裂いた。

ガイナスは声を上げることも、抵抗することも出来ずに、ただその首を血を咲かせながら切り落とされ、その場にゆっくり、眠るようにズシリと倒れた。その一部始終を見ていた一部の兵士達が、しばらくの沈黙の後、雄叫びと共に両手を上げ、喜び果ては拍手や指笛を吹くものまで現れた。

だが、終わったわけではない。まだまだガイナスは残っているのだ。


「気を抜くな!まだ他にもいるぞ!俺達もマシンアバターに遅れを取るな!」


隊長が激を飛ばす。現状、調査部隊の討伐数は3体、応援部隊は1体、僕が倒したのを含めてもまだ5体、群れの数は全部で約60体程残り55体以上も残っている。


「いくらコイツで一撃で倒せるって言っても、さすがにこの数じゃ分が悪いか…」


だからと言って、戦力になる応援を呼べる訳でもなく兵力はガイナス達に削られていく一方だ。そのとき、目の一端にあるものが止まった。


「なっ、あれは…!まだ手のついていないガイナスもいるのか…」


大型のガイナスの群れに対して、こちらの戦力が圧倒的に欠落している結果だ。他の一体に集中している兵士を誰も手をつけていないガイナスが捕食行為をはじめている。

すると、アレンの元に音声通信が入ってきたため、すぐさまオープン通信をオンにし、通信を受信する。


『アレン伍長、聴こえているな?』


アヴィ副隊長の声だ。呻き声や治癒魔法がどうのと聴こえてくるため、後方の医療班のいる救護室にいるのだろう。


「この状況は非常にまずい、貴様は今から私の指示の下、単独行動を行ってもらいたい、隊の連中は君に合わせて動く。野放しになっているガイナスを優先的に討伐してくれ、特に、兵士に近い奴は最優先だ。隊長、構いませんね?」


副隊長が僕に指示を出しながら、僕を指揮下に置き、単独行動を行わせる許可を隊長に求める。


『構わんよ、それよりお前、体は大丈夫なんだろうな?』


『はい、ありがとうございます。もう大丈夫です戦闘に復帰します。アレン、貴様は貴重な戦力だ、頼んだぞ』


隊長と副隊長の間で短いやり取りが行われ、副隊長から激励の言葉をもらってしまった。これはかっこいいところ見せなきゃなぁ…


「はい!アレン・ハーヴェン、推進します!」


ブースターペダルを思い切り踏み込み、高速でガイナスの群れに突っ込む。

ブレードを使い、すれ違い様にガイナス達を切り刻み、串刺しにし、削ぎ落とし、地に伏せさせる。

一体のガイナスが、一人の兵士を対象に進路を変え、真っ直ぐ向かっていくのが見えた。


「捕食か…!?さァァァせるかァーッ!!!」


急いでマシンアバターを方向転換させ、捕食に向かった一体を追いかける。ガイナスは図体の割に足が遅く、人力であれば逃げるのは困難でも、車などであれば、逃げ切れるほどの速力だ。マシンアバターに乗っている僕は、1秒も待たずにガイナスに追いつき、ブレードを横腹から刺しこみ、側頭部まで一気に切り抜ける。ガイナスはもちろん横真っ二つになり、上半分は勢いのまま空中で半回転してから地面に叩きつけられ、2、3回転がり、下半分は足だけ動いたまま、一人の兵士の目の前で止まり、地面に力なく倒れた。

アレンが30体程倒した頃、調査部隊と応援部隊は7体ほど討伐していた。


「合計で、42体…あとは…」


絶望的と思われたガイナスの群れの討伐もマシンアバターと、みんなの協力のおかげで終わりが見えてきた。残ったガイナス達はしっかり数えられる数まで減っていき。その数、残り16体


「あいつらを倒せば、終わる!」


ガイナス達の出現から、約1時間半が経とうとしていた。懸念されていたオグドルブウォの惨劇の再来の様子は見られない。早くここにいる全部のガイナスを倒して、調査部隊の人達や、南都に住む人が安心して過ごせるようにしないと。そう思った矢先のことだった。


『緊急通信!突然、高速でそちらに向かってくる飛行物体の反応をキャッチしました!気をつけてください!この速さだと、もうそちらに──』


突然、そいつは僕達の前に現れた、風を振り切るのが見えるほどの速さで飛んで向かってきたそいつは、その勢いを殺すことなく地面に降り立ち、轟音をあげ、地面を砕き割りながら進み続け、十数名ほどの兵士をその巨躯の下敷きに巻き込んで、ようやく止まった。


「なんだよ…あれ…」


兵士の一人が、ポツリと呟く。その口は言葉を吐き出したまま閉じることはなくポカンと開いたままになっている。他のみんなも、口を開け、唖然とする者や目を丸めるもの、恐怖にとらわれる者、眉間にシワを寄せ、歯を食いしばるもの、そいつを睨みつける者。みんな人それぞれの反応をしていた。

音を立てながら、そいつはゆっくりと立ち上がる。黒い、見える全てが黒く大きく、そして重たい。僕の手が震えているのがわかる。そいつは、機械のようでもあり、生き物のようでもあった。


「…えっ?」


そいつは、僕の方に首を向け、その目元部分から放たられる黄色い光が僕を捉えていた。


『お前が、アレン、アレン・ハーヴェンか。』

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