1-5

バトロー街───そこは、本部で勤務していたり休暇を貰った軍人達が集まる飲み屋街。住居はなく、バーやレストランなど色々な飲食店が立ち並ぶ、喧騒の絶えない賑やかな街だ。


「それにしても、地球人ってのは扱いが不遇だよなぁ…」


そう話を切り出したのは、既にボトルを6本空けて気持ちよく酔っ払っているライ大佐だ。


「ライ、お前飲みすぎだぞ…」


「うるせぇなぁ〜、お前は俺の母ちゃんかよ!こんな話、これくらい酔ってなきゃできねぇんだよ、俺みたいな小心者はな…何だって地球人はこうも世間から恨まれたような目で見られなきゃ行けないのかね…」


ルミナート博士がボトルが取り上げると、大佐はふてくされたように話を続けた。


「そりゃあ確かに俺達が戦争しかけて、地球人を労働力として軍に入れたりしたけど…それで恨まれるのは普通俺達の方だろ…なのにお前ら地球人は俺達に文句の一つも言わねぇどころか、俺達が指示することにはいはい頷いてせっせと働いてやがる…」


「おい、いい加減にしろ、アレンの前だぞ!」


「そうやって甘やかして何になるんだよ!こいつの為になんのかよ!いいか、アレンこの国の人間は根が腐ってやがる、弱者を支配していい気になってる連中ばかりだお前はそれでいいのか?自分が住んでいた故郷を馬鹿にされて、殴られ、蹴られ、怒鳴られてそのまま黙り決め込んで!弱いと思われたままでそれでいいのかよ!」


大佐は博士の制止を怒鳴って振りほどき、僕の肩を強く掴んで問いかける。僕には、ある程度のぼんやりとした記憶しかない。それでも、自分が住んでいた地球が馬鹿にされたり、同じ地球人が殴られたりしてるところを、僕は今日一日博士と行動を共にしている中で何度も見た。見て見ぬふりをして、何度も自分を誤魔化してた。でも、そんなの我慢できるはずがないじゃないか…記憶がなくたって僕は地球人だ。偽善を振りかざすつもりもなければ正義の味方でもないけれど、それでも僕は────


「いいわけ、いいわけないじゃないですか…もし、ケンゴが僕の目の前で馬鹿にされたり殴られたりしたら、僕は多分、怒ります…でも、動けないんですよ…感情に任せて動けば歯向かったと言われて今度は僕が殴られる。そして、きっとケンゴも同罪だと言われて殴られる…そんなのが、目に見えてるんですよ…それが分かってるから動けないんですよきっと、みんな…」


「俺にはさっぱり分からんな…支配されたままでいいのかよお前らは…たまには立ち向かってみようと思わないのかよ虐げられてていいわけがないなら、殴られる覚悟で歯向かえよ、俺はそうやって歯向かった地球人を一人知っている。そいつはな、記憶を失った地球人の監視役を任された身分でありながら、そいつと友好関係になり、挙げ句の果て、国家反逆罪に触れる発言や行為を黙って見逃したどころか、協力関係でもあると疑いをかけられた、それでもその記憶喪失の地球人のことは一切口を割らなかった。」


それって…その記憶喪失の地球人は、間違いなく僕のことだ。それに、監視役を任された地球人っていうのが誰なのか、すぐに分かった。


「まさか、ケンゴが…」


大佐は、僕の言葉に静かに頷いた。あぁ…そんな…僕のせいだ…僕のせいでケンゴが…僕が、簡単にこの星を壊すだなんて言わなければ…二人で書庫を漁って、この国の地図に乗っている要所を調べたりしなければ…こんな…


「そいつは今、本部の地下監獄に収容されてる。酷い拷問を受けたりもした…けど、そいつはこう言ったんだ。『俺は何も知らないし、あいつだって関係ねぇ、疑うなら疑ったまま俺を殺してみろそれでもあいつに手を出すってなら、今この場でお前ら全員を殺してやる』ってな、すごい怒声だったぜ…正直ビビったよ…」


「そんな!ケンゴは!?」


勢いよく立ち上がった僕を、博士がまぁまぁとなだめてから、話を続ける。


「安心しろ、言っただろ、今は地下監獄にいるって、その場で殺されてなんかいないよ。それに、そのケンゴという子の処分を預かったのはライだ本当なら軍法会議にかけられてあることないこと言われて極刑になるところを、ライが無期限の労働と監視役を付けるという条件と大佐権限を使ってチャラにしたのさ。」


「それって、いつの話ですか?」


「お前がこっちに来て、気を失っている間だ」


気を失っている間…ってことは…


「昨日ってことかくそっ…僕は肝心なときに何を…!」


「昨日?いや、 もう三日前のことだぞ?」


ライ大佐が不思議そうな顔で首を傾げる。


「三日前…?そんな、僕が気を失ったのは昨日のはずですよね…?」


まさか…そんなはず…僕は昨日、博士のところに着いて、スーツの実験をして…その途中に倒れたんだ…ずっと僕はそう思っていた。けれど、ルミナート博士の言葉によって、それは覆される。


「いや、違う君がここに来て倒れたのは四日前だよ…黙っていたけど君はあのとき、二日間気を失っていたんだ。」


「黙ってたって、どういうことですか…?」


「それは…君が負い目を感じると思ったからだ…それに、気を失った君を見て、肉体的にも精神的にも、無理をさせるわけには行かなかった…すまない…だが、わかってくれ…」


僕に向かって深々と頭を下げる博士に、僕はかける言葉はなかった。僕は無言で立ち上がり、店から出ようとすると、まぁ、待てよと大佐が僕を引き止めた。


「こいつは悪気があった訳じゃない…それに、 お前の友人のことだが、明日、俺の編成する部隊で作戦行動を行うことになってる…そこで、お前にも俺の部隊に入ってほしい。」


「わかりました…いいですよ、何かの力になれるかは分かりませんが…ケンゴに会えるのなら、それで。」


僕は、ケンゴに会って一言謝りたかった。ただそれだけが今の僕にできることだった。だが、それは突然訪れた。警報音が鳴り響き、続いて警戒アナウンスが流れた。


『ただいま、調査区域荒廃都市において、大型クラスのガイナスの群れが出現中、出撃命令のある部隊は至急、応援に向かってください。命令のない部隊は荒廃都市付近の住民の避難誘導を行い、避難終了後待機してください。』


「ガイナスの群れだと!?しかも大型か…クソ!」


「ライ、君の部隊に出撃命令は出せないのか?」


周囲が慌ただしくなっていく。アナウンスを聞いた大佐がテーブルを叩くと、ルミナート博士が冷静に出撃命令の有無を問う。


「俺の部隊は、今日の作戦で大半の奴らが魔力切れを起こしちまってるし、マシンアバターも修理やら何やらで今すぐ使えるのが4機しかねぇ…ケンゴもいないってなると、ちょっと厳しいぞ」


事態は急を要する。だが状況は、応援に行けるほどの戦力は期待出来ない。せめて避難誘導だけでも、と思ったそのときだった。マシンアバターは4機しかないと大佐は言った。ならば


「大佐、使えるマシンアバターはあるんですよね?」


「あ、あぁ…そうだが、どうする気だ」


「僕が、行きます。」


「は!?お前、何言ってんだ!?確かにマシンアバターが一機でも加勢に出れば戦力的には十分だが相手は大型の群れだ一人じゃ危険だぞ!それにお前はマシンアバターに乗ったことないだろ!」


確かに僕はマシンアバターの搭乗経験はない、けれど、動ける僕がいて、使える物もあるのに行かないのは、違うだろ。


「説明なら、ルミナート博士に聞きますよ!それに、どっちにしろ明日には大佐の部隊で活躍するんですから見ていてくださいよ!」


「全くしょうがないな…マシンアバターの出撃要請はもうしてある。ライ、後は君が出撃許可を出すだけだ。」


「あぁー!ったく、わかったよ!全責任は俺が取る!」


大佐は観念したかのような口振りで、通信機を取り出した。


「至急、至急!俺だ、ライ大佐だ!マシンアバターまだ4機ほど使えるの余ってたろ?それ、今から1機だけ出せるか?あぁー、いや、乗るのは俺じゃなくて、いや、部隊のやつって言われたら…まぁ、その違くはねぇんだけど…だぁー!もうめんどくせぇ!とりあえず動かせるなら1機だけハッチにスタンバイさせとけ!」


通信を切ると、大佐は僕と博士をマシンアバターを管理しているという、第一陸部特務機関へ案内してくれた。


「これが…マシンアバター」


全長15mほどだろうか、二足歩行式の機械がそこにはいた。ゴツゴツとした固く重苦しい装甲に覆われているはずなのに、そのシルエットは細く美しいものだった。


「はやく乗れ!時間はねぇぞ!」


パイロットスーツを着ている時間はないからと、ソルジャーディスクとドライバーを渡された。ソルジャーを起動させ搭乗口付近に行くと、マシンアバターの頭部と胸の辺りが開き、コクピット部分が露出する。コクピットは不思議な形をしていて。前面にはレバーやスイッチが、そして後部分には背もたれがあり、座席の部分は背もたれ側が広く、前面側が狭く出来ている。そして、座席部分の両側には、ブースターペダルがある。


「またがるようにして乗るんだ、レバーにはまだ触らないで。両足は、ペダルに踏み込まないようにしてはめたら今度は、レバーの側面にある赤いスイッチを押して」


ルミナート博士の指示通りにスイッチを押すと、コクピットが閉まる。すると、中央に小さなモニターが出てきた。


『モニターが出てきたかい?そしたら、そのモニターに手のひらを置いてくれ。』


通信機から博士の指示が飛んでくる。手をモニターに置くと、モニターの映像に生体認証完了の文字が出てきた。


『登録は完了した。これで、この機体は今から君のものだ。次にモニターを操作して、フルスクリーンモードにするそしたら、レバーを握って体ごとゆっくりと押し倒す。』


フルスクリーンモードを起動すると、それまで、鉄の壁だったものが、徐々に映像を変化させていき、最終的に、360°全ての風景が見えるようになった。そして、レバーを押し倒しつつ前傾姿勢になるにつれ、拘束具のようなものが出てきて、僕の手首から肘にかけて徐々に囲っていく。


「これは…?」


『それは君の魔力を吸い取るためのエンクローズシステムだ。レバーを奥まではめ込むと作動するようになっている。』


なるほど、だから最初はレバーに触らせなかったのか。うっかり倒してシステムを作動させてしまったらどうなっていたのだろう…とにかく、レバーを奥まで倒してはめ込む。すると、僕の腕にビリビリとした痺れのような感触が走ってくる。


「これが、魔力を吸われてる感触なのかな…?」


『あまり気持ちよくはないだろうが、我慢してくれ、10分もすれば慣れてくるだろう。」


『いいか、アレンこのハッチを出たらすぐに右のレバーに付いてるスイッチを親指で押して上昇しろ、空の穴抜けたらそのまままっすぐ南に迎えいいな?』


『じゃあ最後に、左右のレバーをレバーをそれぞれ内側に捻ったら、ペダルを踏み込んで!』


その瞬間、僕は風を感じた。凄まじいほどの風を、辺りの風景は一瞬でその景色を変えた。すぐさまスイッチを押し、街の天井にぽっかり空いた穴を抜けた。すごいGで押しつぶされそうだったけど、今僕は空を飛んでいた。

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