第1章【記憶を失くした青年】

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自分が誰なのか、ここが一体どこなのか、今自分の周りにいる人間が誰なのか、信用できるのか、何も分からない、何も思い出せない。ただ漠然とした不安が押し寄せて来るだけで、記憶の手がかりとなるはずの僕の名前や出身地、その他の僕の身分を証明するものが記されたこのIDでさえ、僕にとっては記憶ではなく情報でしかない。そこに記されているアレン・ハーヴェンという名前も思い出したのではなく分かったということに過ぎないのだ。

隊長と呼ばれていた大柄な男は、さっきの女の人とは違う部下の人に、僕を連れて部隊の施設とやらの案内をするよう任せ、軍の本部という場所に僕の報告をしに行った。


「お前、倒れる前のこと何も覚えてないのか?」


彼の名前はカネモトケンゴ、案内役兼監視役を任された隊長の部下で、僕と同じ第4期団の地球人らしい。案内の途中に僕に話しかけてきた。隊長から彼を紹介されたときに知ったのだが、彼は僕が倒れているのを発見し、応急処置を施してくれたらしい。


「うん、何も…あっ、でもなぜか倒れる瞬間、何かに吹き飛ばされたのだけは覚えてる…でもすぐに意識を失って…」


思い出そうとすると、頭痛が激しくなって記憶にモヤがかかってしまう。けれど、さっきまでは断片的な映像すら出てこなかったけど、今はぼんやりとだけ、あの記憶を失う瞬間の出来ごとを思い出せる。


「おい、大丈夫か?顔色悪いぞ…一旦寮に戻って休もう、俺も付いていくからよ」


僕が頭痛に顔を歪ませてると、ケンゴは僕の体を支えて寮まで送ってくれた。


「ありがとう…もう大丈夫…ねぇ、地球とこの星について、詳しく聞かせてくれないか?地球がダイトラーク星が起こした戦争に負けて、僕達地球人が労働力としてこの星に来たのは何度か聞いて分かったけど、僕らはフランテイク王国に来たわけだけど、ほかの地球人はこの星のどの国にいるの?」


素朴な疑問だった。星同士の大きな戦争なら、地球人はこの星にあるそれぞれの国に分けられているはずだと思った。でも、僕の考えはどうやらハズレのようだった。


「俺達地球人は、ダイトラーク星に負けたんじゃない…ダイトラーク星にあるたった一つの国に負けたんだよ…地球人達はみんなその国に労働力として軍隊に入隊させられたりこき使われてる。」


地球が星ではなく、たった一つの国に負けたという事実、そして、その国だけに地球人達が住んでいる…もう答えは出ていた。


「じゃあ…その国って…その、地球に攻めてきたのって」


ケンゴは俯いていた顔をゆっくりと上げ、僕の目を見て頷いた。あぁ、やっぱりそうなのか…ずっと勘違いをしていた。僕はてっきり星同士の戦争だとばかり思っていたんだ。だから他の国にも地球人がいるものと錯覚してしまったんだ。


「そうだ…俺達がこの国にいる理由を作ったのは、他でもない、8年前に地球に攻め込んできたのは、俺達が今いるフランテイク王国軍だ」


「そう…だったのか…教えてくれてありがとう、ケンゴ…そういえば、まだ僕は、君の故郷を知らなかったね、教えてくれるかな?」


暗い顔をしていたケンゴがふっと表情を和らげると、勢いよく立ち上がり自慢げに親指を自分に向けて言った。


「ニッポンだ!」


「ニッポンか、じゃあいつか、二人でニッポンに行こう!それと、僕の故郷のアメリカってところにも!」


僕がそう言ってはしゃぐと、なぜかケンゴの表情には、また暗い影が落ちていた。


「どうしたんだよ、そんな辛気臭い顔して」


「帰れないんだよ…この国、いや、この星から地球に戻ることは、まだ許されていないんだ。だから…」


ケンゴは下ろした拳を固く握り、唇をかみしめている。


「だったら…だったら、僕が地球へ帰れるようにしてやる二人でニッポンとアメリカに行けるように、この国をいや、この星をぶっ壊してやる!」


ケンゴは、僕の言ったことが理解出来ないのか口を開けてしばらく固まっていた。するとプッと吹き出し大きな声で笑いながら床を転げ回った。


「なんだよ、僕は本気だぞ!」


「いや、お前、どうやって星を壊すんだよ…あー、腹いてぇー…それって、国家反逆罪だぞ誰かに聞かれたらやばいんじゃねぇのか?」


「僕は記憶喪失だからな、国家反逆罪なんて知らぬ存ぜぬで押し通してやるさ。」


いつの間にか、記憶喪失に対する不安は消えていた。ケンゴの故郷を聞いたとき、あの自慢げな表情に、僕は勇気づけられたのかもしれない。


「バカだなお前は…けど、気に入った!俺も乗るぜその話」


そう言ってケンゴが拳を前に突き出してきた。僕が首を傾げると、ケンゴは僕の腕を掴んで同じように拳を作るようにジェスチャーで伝えてきた。拳を作って前に突き出すと、ケンゴが僕の拳に自分の拳をコツンと当てるとニヤりと笑って


「仲間の証ってやつだ」


「仲間の証…うん、いいな…気に入った」


僕の処遇が決まるまでの短い間だけだけど、ケンゴと同じ部屋でどうやって地球へ帰るか、ニッポンという国がどんな場所なのか毎晩のように話合った。とても充実した日々だった。


記憶を失ってから10日ほど過ぎた頃だった。僕はケンゴと一緒に、本部から戻ってきた隊長に呼び出された。僕のこれからの処遇が決まったのだ。


「アレン・ハーヴェン伍長…君を本日付けで本部直属の技術部へ転属とする。詳しいことは転属先で伝えられる。以上だ、分かったらすぐに寮に戻って、荷物をまとめて出発の準備をしろ」


技術部、確か第2期団も所属しているという装備や兵器などの開発部隊か、あそこでなら、何か地球へ戻るための術を得られるかもしれない。


フランテイク王国軍第18師団所属第4期団荒廃都市調査部隊の拠点がある荒廃都市から、空路で約2時間、ようやく本部のある王都が見えてきた。

輸送機が着陸すると、迎えが来ているようだった。白衣姿に、白く長い髪を後ろで一つに結んでいる。年齢的には地球人で言うと、20代後半辺りだろうか。


「やぁ、君がアレン・ハーヴェン君だね、今日からよろしくね、ボクのモルモット君」

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