第三十一章 帝王の秘密

 燦爛さんらんたる太陽の日差しが天蓋カーテンをつきぬけて、ベッドにまで光をとどけてくる。うらめしそうに上半身を起こすと、アレシアは目を細めた。小さく息を吐き出すとベッドから降りる。白いロングのスカートがふわりと広がった。

 ねむたげな瞳をこすり伸びをすれば、見計らったようにメイドが扉を軽くたたいて部屋に入ってくる。


「お嬢様、朝食をお持ちしました」


 事務的にメイドはガラスのテーブルの上に、スープと白パンホワイトブレッドを載せたお盆を置いた。アレシアは椅子にすわり、すんと鼻でかおりをかぐ。


「あら、これはコールラビズッペ(コールラビのスープ)かしら?」


「はい」


 メイドは淡々と答える。人間らしい表情も見たいのにな、とアレシアは思いながらさじですくって食べ始める。白パンホワイトブレッドは一口大にちぎり、スープにひたして食べる。きれいに食べ終えると、薄いピンクのレースがついたドレスに着替えた。


「本日の予定ですが、家庭教師がいらっしゃるそうです」


「あとは、何もなかったわね?」


「はい」


 アレシアはさっそく部屋を出て、家庭教師が来る部屋へ向かう。部屋には正面に壁の端から端までの長い黒板がある。中央には、金の色で周りがいろどられ赤い布が張ってある横長の椅子。その前には、大きい机が置いてあった。

 隅には本棚が置いてある。わざわざ図書室へ向かわなくても、勉強が出来るよう備え付けられている。

 図書館のおごそかな雰囲気も好きであるため、アレシアはわざわざ足を運んでいた。


(今日は図書館にも行こうかしら。でも、その前に予習をして家庭教師の授業を受けてからね)


 段取りを決めると、アレシアは部屋へと急ぐ。といっても、それほど距離はない。だから普段であれば、政治にもまったく関わりのないところで過ごしている。だが、このときばかりは偶然にも兵士達が話しているのを聞いてしまった。


「おい、聞いたか」


「ああ、聞いた。ベスビアナイト国内で小さいが暴動が起きているらしいな」


 部屋に入ろうと伸ばされた手がピタリと止まり、兵士の会話に耳をたてた。


「そのうち内戦にでも、なるんじゃないか?」


「そんなことになったら、この国はどうなる。もし別の国に攻め込まれたら、ひとたまりもないぞ」


 ピンクのドレスをひらめかせ、兵士達に近づいた。


「その話、詳しく教えて下さいませんか」


「アレシアお嬢様!?」


「も、申し訳ございません。職務に戻りますので」


「それより、先ほどのお話を詳しくお聞かせ願えないでしょうか」


 強い意志を瞳に宿して問えば、兵士二人は困惑の表情をうかべて互いの顔を見つめ合う。しびれを切らしたアレシアが「自分のせいにしていいから話して」と言えば、兵士の方が折れて話し始めた。大統領に口止めをさせられていたようだ。


「我々も詳しくはわからないのですが、城下町で暴動が起こっているようなのです」


 一部の民だけであるが、そのようなことをしているらしい。それが大きくなれば、暴動どころで済まされない。内戦へとつながる可能性も出てくる。

 アレシアは瞳をかげらせ、長いまつげを伏せる。


「教えてくれて、ありがとう」


 礼を述べると部屋へ入り、教本をひらく。頭の中では、ベスビアナイト国の暴動のことが気にかかっていた。

 家庭教師が来て勉強を終えたあとは、決めていたとおり城内にある図書室へ向かった。途中でも、ベスビアナイト国の話が自然と耳に入ってくる。あぶない状況なのだろうか。不安を覚えながら、中庭の見える廊下を通って図書館に入った。

 中には司書しかおらず、閑散としている。不安がやわらぐのを感じながら、規則正しくならんでいる本棚に近寄った。

 今日は何の本を読もうかと選んでいると、いつものように司書が話し掛けてきた。


「アレシア様、なにかお探しですか」


「いいえ、特には。なにか面白い本でもありますか」


 司書はいくつか本を持ってきた。


「恋愛小説はいかがでしょう」


 おもしろそうな本を三冊ほど手に取ると、机と椅子が置かれている場所に移動して座る。選んだ中で淡いピンクの装丁がされている本を、一番最初に開いた。題名タイトルは、「プリンセスのひとりごと」だ。童話のような恋にあこがれる主人公のお姫様。だが、政略結婚をさせられそうになってしまう。しかも相手は、主人公よりも五十も年上だ。何度「嫌だ」と言っても受け入れてもらえず、とうとう主人公の結婚の日が来てしまう。その日にお姫様は決意をして、城を飛び出して真実の愛を探しに行くお話だ。

 最後には、どうなってしまうのだろうとアレシアはすっかり物語に夢中になる。数分経って読み終えると、ため息と共に頬を赤らませた。


「どうでしたか」


 司書がといかけると、アレシアは興奮気味だ。


「とっても、面白かったわ! まさか、途中から冒険小説のようになるし。それに、最後ラストのどんでん返し!」


 物語の序盤で出てくる黒衣をまとい行く先々でお姫様を助けてくれる男性の正体が、結婚する予定の男と同一人物だったという事実が興奮させているようだ。しかも五十も年上と思っていたが、それは勘違いをしていただけだったらしい。


「五十も年上に見せかけていただけなんてね! わざわざそんな化粧までほどこして、相手の王子様も真実の愛をさがしていたなんて」


 司書は楽しげに、アレシアの話を聞いていた。趣味を共有出来るのが嬉しいようすだ。


「アディ、次の本も読むわね!」


 今度は淡い青の装丁がなされており、「ジャルダンの乙女」と表紙に記されている。“ジャルダン”と呼ばれている庭で目覚めた主人公は、記憶をなくしており自分が誰かもわからない状態から始まる。主人公を何でも知っているという謎の男性もあらわる。男性に翻弄されつつ、庭師として仕事をこなし、自分の記憶を取り戻していく物語のようだ。

 涙が頬をすべる。最後のページを読み終えたとき、しっとりとした雰囲気でぱたんと本を閉じた。


「まさか、こんな結末が待っているなんて……」


「ふふ、最後、どう思われましたか」


 司書アディが尋ねると先ほどとは、違う熱のこもり方で話し始めた。


「最後、とても余韻の残る終わり方だったわ」


 断片的でしか作中では語られない主人公の記憶に、考察を交えつつ紡いだ。


「明記されていないけれど、男は主人公の恋人ということでいいのよね? 偽名をつかって主人公に近づいたのは、記憶を失った原因であるテロ組織に主人公のことをばれないようにするためで、あっているのかしら」


 アディは「ええ」と楽しげにうなづいて、最後の男が「誰の目にもとどかないところへ行こう」と手を差し伸べる場面はどうかと尋ねた。うっとりとしてアレシアは、いとおしい人を頭に浮かばせる。


「いつか、そう言って迎えに来てくれたらいいのに」


 余韻も消えぬうちに、アレシアは最後の本に手を伸ばす。緑色の装丁がなされている本には、「ひみつの恋人」と記されている。

 貧しい家に産まれた主人公は、父親と二人で幸せに暮らしていたようだ。ある日、新しい母親をつれてきた。母親はとんでもない人間で、主人公を徹底的にいじめ抜く。そんな中でも気丈にしていたが、父親が亡くなっていじめはさらに悪化する。そんな中いつものように水くみに出かけた主人公が出会ったのは、心優しい青年だった。

 それから、なんども会う内に主人公は青年に惹かれていく内容だ。

 展開の読めそうな話であるが、たくみな言葉づかいであるからか物語の中へどっぷりと浸かる。閉じるとアレシアはまた、ため息と共に頬を薄紅色に染めた。


「最後、どうなるのかわかっていたはずなのに、主人公達に『おめでとう』といってしまうような上手な文章の書き方だったわ!」


 物語の最後では青年が王子様だとわかり、主人公と結ばれて終わったのだ。


「ですよね。展開は読めても、文章の上手な方であれば、ついつい物語に引き込まれて後味もいいですよね」


 アディが賛同すれば、アレシアは興奮気味で本をぎゅと抱きしめる。言葉にならない感動が、彼女を包んでいるに違いない。

 ほう、と桃色の吐息を零して、本の表紙をしばらく眺める。


「ねえ、今日はもう少しここにいてもいいかしら?」


「ええ、かまいませんよ。またおすすめの本、探しておきますね」


「お願いするわ!」


 頬を紅潮させてアレシアは立ち上がり、本棚に近寄った。特に読みたい本があるわけでもないが、眺めるだけも好きなのだ。また題名タイトルから内容を考えるだけでも十分楽しい。

 そうやって本棚を見て回っている内に、図書室の最奥まで来てしまった。ここには、オブシディアン共和国の歴史や勉強に関する本ぐらいしかない。そんなの面白くないと、アレシアはきびすを返そうとしたが。一瞬だけ、目に映った本が気になった。

 かなり古い本のようで、背表紙も何もついていない。ほこりをかぶっていて、かびくさいし、どうせつまらない本なのだろうけれども好奇心が惹かれて開いた。


「……ごほ、ごほっ」


 思った以上に汚くてさわるのも、まずかったかもしれない。本を元に戻そうとした。だが、本に記されている地図に目をうばわれた。


「どういうこと」


 地図にはベスビアナイト国とオブシディアン共和国が描かれており、この土地すべてが「ベスビアナイト」の地と書かれていたのだ。

 次のページを開けば、ある女性が“三人の賢者”をつれて飢饉に苦しんでいる人々を救い、王となった話が記されていた。さらに自ら民を守るために、七人の〈眷属〉の守人を天上より呼んだことも記されている。


「七つの眷属……」


 さらに読み進めれば、この地に再び災いが降りかかるとき、乙女があらわれてこの地を救うだろうとお告げまで記されている。七つの眷属と守人は、行方をくらましたと記載されていた。ただ“三人の賢者”だけは、王の意志を継ぎ、最後まで王都にいたようだ。


「どういうことなの、こんな話、初めて聞いたわ」


「こんなところにいるなんて珍しいな。いつもは、ここまで来ないだろうに……アレシア?」


 アレシアが驚いて振り返れば、そこには大統領であり自分の父であるツェーザルがいた。


「アレシア、ちょっと執務室へ来なさい」


 本を小脇に抱いて、あとを追った。執務室へ来ると重々しく、ツェーザルは口を開いた。


「読んだのかい」


 うなずくだけにとどめた。長い髪がたれて、ツェーザルにはアレシアの表情はわからない。


「この国はかつて、ベスビアナイト国と同じ国だったんだ。しかし初代皇帝が当時の王様に反発して、今のオブシディアン共和国があるんだよ」


 王様が独立を認めたので、正式に国となったらしい。


「その本は、元はベスビアナイト国にあったものだ。国を打ち立てた初代女王を皇帝は、かなり慕っていたらしい」


 それは崇拝にも似ているとも紡いだあと、独立したときに無断で初代皇帝が持ち出したものだとツェーザルはつづけた。


「それじゃあ、泥棒じゃない」


「まあ、そうだな。けど、当時の王様は特に気にもせず、口で伝えていたそうだが、本に書かれている内容とベスビアナイト国で伝わっている内容は違ってきている」


 口伝えでは、後生へと伝えるには無理があったらしい。口伝を本に記したものもあるが、オブシディアンにある内容とずいぶんと違うようだ。


「それに初代皇帝は本の存在を隠すために、ごく一部の者にしか話さなかったらしい」


「これは、元ある場所に戻すべきだわ」


「だが本を戻せば、ベスビアナイト国と対立しかねん。そんなことになれば、この国は終わりだ。かしこいお前なら、わかるだろう」


 アレシアはだまりこんで、本を抱えると執務室を出た。なにが自分のすべきことなのか、はかりかねているようだった。


***


 涙をふくんだ灰色の雲が青い空を覆っている。光をさえぎりながら、降ろうともしない不思議な天気は余計に不安をあおった。


「ああ! いったい、どうしたら……」


 部屋の中を徘徊しながら、国王オーガストは頭を抱え込む。普段であれば、いさめる王妃アイリーンであったが、口を噤んでじっとなにか思い詰めた表情をうかべていた。

 そんな二人を眺めてバルビナは困った表情をうかべる。城下町の暴動が少しずつであるが、大きくなろうとしているのだ。平定もまだしていなのに内戦にでもなろうものなら、他国に攻め込まれる可能性も否めない。ただでさえ先の戦で戦力が減っている中、こんなことになっているのだ。不安と焦燥ばかりが王都を包むのは当然だ。

 民を安心させるためにも、国王は動かなくてはならないが、兵を動かして力尽くで押さえても静まるとは思えない。むしろ、悪化しそうだ。


「こんなとき、ディアナかソロモンがいてくれれば」


 ぼやいたオーガストに、アイリーンの眉が潜められる。ここまで嫌悪をあらわにするのは初めてであるから、少なからずバルビナは驚いてしまう。


「どうして、そこでディアナ嬢の名前が出るの?」


「決まっているだろう、前の参謀が退いてから少しの間であるが参謀代理として勤めてくれた。それに彼女は、“彼”ほどではないにしても、その知略で国をなんどか救ってくれただろう」


 事実であるからかアイリーンは黙り込んだが、不快感を消しはしなかった。それどころか、言い返せない自分自身に苛立ちを覚えているようだ。


「そうね、ディアナ嬢は小さな紛争であれば、知略を駆使して救ってくれたわね」


「そうだ、この城から追い出したりしなければ、こんなことには」


 バルビナは、目を見開いた。ディアナは王の実の妹で、勅命をうけているのではなかったのか。王の言葉を聞く限り、勅命という名の「追い出し」のようだ。


「バルビナ、王妃の命令です。もう控えていなくて大丈夫です、部屋から出て行きなさい」


 これ以上聞かれてはまずいことなのだろう。メイドらしく頭を下げて部屋をあとにした。あの状況で部屋に二人きりにするのは、はばかれるが、“王妃のめい”となれば逆らうわけにはいかない。


「はあ」


 しばらく廊下を過ぎてから、ため息を吐き出した。そんなバルビナに、エイドリアンが声をかける。


「よ! あいかわらず、元気がねえなあ」


「エイドリアン様は、あいかわらず元気ですね」


 皮肉ではない。素直に出た言葉だ。エイドリアンは苦笑いを浮かべた。


「元気でいねえと、部下も心配するからな」


 彼の言葉に、たたずまいを正した。


「私が元気でいないと、いけませんわよね! 代理とはいえ、メイド長ですし」


「そう、その意気だ!」


 拳を握りしめたバルビナに、エイドリアンは乗っかって声を張った。そこへスカートを振り乱しながら、ビアンカが駆けてくる。


「バルビナ様っ!」


「お仕事、終わった?」


「はい! 無事にこちらは終わりました」


 満面の笑みを浮かべるビアンカがマリアの姿と重なって見えて、ほんわりと笑みを浮かべた。


「じゃあ、もう休んでも大丈夫よ。そもそも、ここにいる間は休むように王様や王妃様から言われてるだろうから、仕事を引き受けなくても良かったのに」


「いえ、みなさんが働いている中、一人だけ休むわけにはいきません!」


 まっすぐなビアンカに、バルビナは小さく笑う。マリアが連れてきただけあって、かしこい娘のようだ。


「でも、もう本当に大丈夫だから。今日はもう休んで」


 ビアンカは、笑みを浮かべて淑女のように「ありがとうございます」頭を下げると、スカートをひるがえして駆けだした。


「ビアンカの教育係も兼ねてるんだっけ」


「ええ。けれどビアンカはもともと宿の仕事もしていたようだから、覚えるのも早かったし手間もかかりません」


 むしろ、新人で入ってきた下女やメイドの方が手間がかかると頭を抱えた。肩をぽんとエイドリアンがたたく。


「ま、有望な人材がいてよかったじゃないか。それに仕事次第では、ビアンカが姫様専属のメイドになるんだろう?」


 その一言にバルビナは、眉根を寄せる。


「いいえ! いくら、ビアンカといえど、その座はわたしませんわ!」


 瞳の奥に闘志を燃やすバルビナに、エイドリアンが大きな声でわらった。


「なんですか」


「いや、昔から手間をかけさせられていたのに、譲りたくはないんだなあと思って」


 もちろんです、と拳を固く握り締める。


「私の主人は王妃様ですけれど、“あるじ”と仰いでるのはマリア様だけですから!」


 それに「マリア様」と呼んでいいのは、自分とレイヴァンだけだとも紡いだ。

 王族が臣下に名前で呼ばせるという行為は、「信頼」を寄せている“証”でもあるのだ。もちろんマリアはとんと知らなかったわけであるが、バルビナにとっては、飛び上がって喜ぶほど嬉しいことであったのだ。


「そうだな。守人達ですら、姫様のことを“姫様”か“王子”呼びだったしなあ」


 エイドリアンは一人だけマリアを、呼び捨てだったと思い出した。だが、バルビナには黙っておこうと決め込む。知ればどうにかしてしまいそうだと、考えたのである。


「バルビナ様にエイドリアン様!」


 元気いっぱいに声をかけてきたのは、セシリーだ。きれいなシルクのワンピースを、泥だらけに汚してしまっている。後ろにいるグレンは、あいかわらずの感情の読めない顔で、ふたりに頭を下げた。弟子の方は、汚れてはいない。


「いつも思うのだけれど、どうしてセシリーはいつも煤汚れているのにグレンは汚れていないの?」


 もっともなバルビナの問いに、グレンは隠そうともせずに答えた。


「なりふりかまわず泥沼だろうがなんだろうが、足を突っ込んで採取なさるからですよ」


 容易に想像できて、バルビナとエイドリアンは苦笑いする。


「まあ、セシリーだから、仕方ないわね」


 セシリーが「え!」と声をあげて、どういう意味ですかと尋ねた。言いづらそうにしていると、グレンが口を開く。


「もちろん、危険をかえりみないからあぶなっかしい人だってことですよ」


「ひどい! 私だって、ちゃんと考えてるよ」


「どこが考えているのですが。毎日、毎日、懲りずに泥だらけになって。洗濯をなさるバルビナさんの気持ちを考えて下さい」


 当を得ていたのでセシリーは、バルビナに素直に謝った。


「ごめんなさい、そうですよね。考えていませんでした……」


 服の洗濯は下女がしている。あとで伝えておこう。バルビナは密かに考えていた。


「と、ところで、今日は何を採取してきたんですか」


 話題をかえようとバルビナが切り出すと、セシリーがかごを開く。薬草や研究用の草花、また爆弾等に使うもののようだ。


「最近では鍛冶屋さんに頼まれて、打ちやすい形に鉄や鋼といったものを加工する仕事も受け持ったりしてます」


 エイドリアンが楽しげに笑った。


「そりゃ、すげえな。そんな仕事もやってたのか!」


「はい! 前は少数だけだったんですけど、最近は評判も良くて、よく頼まれるんですよ。今、作られている剣の鉄等はだいたい私が加工して、鍛冶屋に渡した物なんです!」


 ほとんどの加工の工程は鍛冶屋がするんですけどねと、セシリーは付け加える。だから、自分がするのは少し形を整えるぐらいだとも紡いだ。


「もしかして、鉱山にもいったりするの?」


「そうです。珍しい石も勝手に取って良いといわれるし、仕事も頼まれますから。一石二鳥だと思って」


 あぶないのではないか。バルビナが口を挟めば、エイドリアンもとなりでうなずいている。セシリーはあっけらかんとしていた。


「大丈夫ですよ、鉱山で働いている人も側にいてくれますし。それに、鉱山へ行くときは護衛として兵士も連れて行ってもいいと王様から言われてますから」


 グレンも一緒に行っているらしい。


「あたりまえでしょう。あなたは目を離すと、すぐにいなくなるんですから」


 弁解する余地はないようで、押し黙る。グレンは「仕事に戻りますよ」と、セシリーの手を引いて部屋へと戻っていった。


「あいかわらず、仲良いわね、あの二人」


「そうだなあ、なるべくして師弟になったって感じだな」


 二人は会話を交わしながら移動していいるうちに、大きく開かれた窓の前まで来た。向こうには広々とした庭園が広がっており、湖の光が太陽を反射して眩しい。そんな中、ビアンカやリカルダ、フィーネが湖に素足をつけてはしゃいで遊んでいる。三人が着ている白のワンピースは、すでに水でぬれていた。テラスでは三人のようすを見守りながら、ゲルトがタオルや替えの服を用意して待っている。

 窓から庭園へと出て、バルビナとエイドリアンは近づいた。


「おつかれさまです」


「こちらこそ、おつかれさまです。わたくしは、リカルダ様達を守るよう言われているので、たいして仕事はございませんよ」


 ゲルトはバルビナに、小さく口角を上げた。


「でも、大変でしょう。そうやって、待っているのも」


「まあ、そうですね」


 二人の会話はあまり聞いていないようすのエイドリアンが、「いいなあ」とつぶやく。


「おれも、あれに混ざろうか」


「ふざけないでください」


 バルビナとゲルトが同時に反論されれば、エイドリアンは小さく肩をすくめた。


「冗談だって。涼しそうでいいなあと思っただけで」


 胡散臭そうな顔で二人がエイドリアンを見つめていると、けたたましい金属がぶつかる音をひびかせて兵がかけてくる。兵はエイドリアンの姿をみつけると、滑り込む勢いでひざまづいた。


「ご報告します。モルダバイト国の軍が国境を越えつつあるとのことです」


 平定もままならない時に恐れていたことが起きたのか。国王がまた倒れやしないかと心配になった。

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