第十章 答え

「普段使っているのは10進法だけれど、物を数えるときは12進法で計算するでしょ」


 太陽の気配が漂う草原でリカルダは、フィーネに数学を教えていた。隣でマリアも聞きつつ時折、相づちを打つ。


「そもそも、その進法っていうのは何?」


「その数になったら“1”が繰り上がりますって数。例えば2進法だと0、1だけで2からはくらいが“1”繰り上がるの。だから、こうなるの」


 フィーネの問いにリカルダは答えて地面に“1+1=10”と書いた。それを見てフィーネは不思議そうだけれど、楽しげに「へえ」と呟いて「じゃあ、物を数えるときは12進法ってどういうことなの」と問いかけた。


「ベスビアナイト国では“一箱”に12個物を詰めるでしょ。だから12進法」


 なるほど、とフィーネは呟いて目をキラキラさせながらリカルダの数学講座に夢中になっていた。フィーネは平民であるので文字の読み書きすら出来なかったがリカルダが道中、ずっと教えていてまるで姉妹のように仲良くなっていた。

 最初はただリカルダがお姉さんぶってフィーネに文字を教え始めたのがきっかけであったけれど、今ではすっかり打ち解けている。ついでにマリアも勉強になるので、リカルダの話を聞いていた。マリアの場合、城での勉強が嫌だったので逃げ回っていただけではあるが。けれど、ザシャの言っていた“学のある”ということは理解できた。


「というか、王子様は城で習われたのでは無いのですか」


「いや、いつも城を抜け出してばかりいたから」


 リカルダの問いにマリアが素直に答えると案の定、あきれ果てて「王子様がそんなのでどうするんですか」と告げた。マリアが笑って誤魔化しているとエリスがちょうど、昼食の準備を終えて「どうぞ」と皆に告げる。

 マリアは、話をそらすように昼食を食べ始めた。それを見て呆れつつもリカルダとフィーネも食事を始める。

 最初は、貴族の娘であるリカルダの事を思ってか一緒に食事をするのをためらっていた守人達も今では、一緒に食事をしている。リカルダ曰く、一緒に旅をしているのだから遠慮はなくていいとのことであった。


「エリスさんは、本当に料理がお上手ですね」


 フィーネは、エリスの隣にちょこんと座って告げると美味しそうに食事を頬張る。エリスも嫌な気は、しないのか「ありがとうございます」と言っていた。フィーネは敬語で無くて良いとエリスに言ったけれど、どうやら職業病みたいなもので敬語は抜けない様子である。

 リカルダはちゃっかり、ダミアンの隣を占領して恋する乙女の顔で頬を真っ赤に染めて言い寄っていた。それを眺めてマリアは苦笑いを浮かべ、ギルは少し不服そうな表情を浮かべていた。レジーとゲルト、それからジュリアは、気にした様子も無く黙々と食事をしている。

 ふと辺りを見回せばさらさらと風にながれる草原が広がり、土のニオイと草のニオイが鼻を刺激した。城に飾っている花の匂いもいいけれど、大自然のこのニオイがマリアは好きだった。レイヴァンと旅をしていた頃を思い出して懐かしい気持ちになれるからだ。レイヴァンと旅をしていた頃は、そんなに気にもとめなかったニオイではあるけれど今はこうして懐かしむ余裕すら出てくる。それに、王都が近づく度にレイヴァンへの思いも強くなってゆく。


「逢いたいですか」


 隣にいるギルがマリアに問いかけた。彼の言わんとする事が分かってマリアが素直に「うん」と答えればギルは小さく微笑む。


「きっと、“彼”も同じ気持ちでしょうなあ。彼はとんでもない心配性ですから」


 さらに独占欲のかたまりだ、とギルは心の中だけで付け足しておく。すると、リカルダがぐりんとこちらの方を向いて「あれ、王子様はギル様が好きなのでは無いのですか」と問いかけてきた。


「だから、それ。誤解だって」


 マリアが反論するとリカルダはいぶかしげに眉を寄せて「じゃあ、その“彼”とは」とさらに問いかけてくる。隠す必要も無いとマリアは「わたしの専属護衛だよ」と素直に答えた。


「そんな方が……あ、正騎士であらせられるレイヴァン様のことですね。彼の話は街でもよく聞いていましたわ。十八歳という若さで正騎士として認められ、王子様の専属護衛になったと」


 リカルダは、また目を輝かせて言葉を紡いでゆく。


「しかも眉目秀麗で文武にすぐれ、シトリン帝国からオブシディアン共和国を救ったという。まさに英雄」


 初めて聞く話にマリアは目を丸くした。そして「そうなのか」と呟けば、フィーネを除く皆の視線がマリアに降り注いだ。フィーネはというと困惑気味にきょろきょろと皆の顔色を見る。


「あの、王子。まさか知らなかったのですか」


 ギルは皆を代表するように問いかけるとマリアは素直に「うん、知らない」と答えた。刹那に静かだった草原に叫び声が響いた。


「ええーっ!」


 驚きの声をあげたのはギルとエリス、それからリカルダであった。あとの人は特に驚いた様子もなく、フィーネに至っては何のことだか分かっていない様子であった。


「ホントの本当に知らなかったのですか」


「う、うん」


 念を押すように問いかけるギルにマリアはためらいがちに答える。そこでふとギルは王妃が前に言っていた事を思い出す。


『今までほとんど監禁にも近いような境遇を受けてきたのよ』


「そういえば、王子は今まで監禁にも近い境遇だと聞きましたが」


 ギルが問いかけると、マリアは「えっと」と悩むように考え込む。それから「そうかもしれない」と呟いて答える。


「城の外へ出るのも許されなかったし。だけど、それは王族は皆、同じなのでは無いか」


「いや、それはそうなんですけどね。少し、気になる事がございまして。それで、王子。他には何かございませんか」


 マリアは「他」と呟いたまま考え込む。ギルの“気になる事”というものがいまいち、よくわからなかったが“監禁”に思い当たるようなことがあっただろうかともうすでに過去の記憶となったものを引っ張り出す。


「勉強は城に教師が来て、教えてくれて……あとは自分の部屋と中庭以外は基本的に行っては駄目だと言われてきた」


 マリアの言葉にリカルダが目を丸くした。


「教師が城まで足を運んでいたのですか」


 リカルダの言葉にマリアは「ああ」と答えると「おかしい」とでも言いたげにマリアに詰め寄って言葉を吐いた。


「だって、我が国では学び舎があるんですよ。階級がどうであれ、学び舎まで足を運んで学ぶよう教えられましたわ。国王陛下が“平等”を目指すため、その一歩として上流階級であろうと自ら足を運びなさい、と」


 今度はマリアが目を見開いて固まった。しかも、城の中を自由に行き来できないのはおかしいともリカルダは告げた。リカルダは、基本的に城の中は出入り自由で城の外へ行くにしても父親の許可さえもらえれば簡単に外出できるという。

 それを聞いてギルは納得いったらしく「なるほどね」と呟いていた。


「王妃様が仰るとおり、王子は監禁にも近い境遇だったというわけですね」


 ギルの一言にマリアは「そんな風に思った事無いけれど」と呟く。けれど、リカルダの話を聞く限り本当にそうなのだろう。


「王族と上流階級では扱いが違うのはわかりますが、ここまでとなると……」


 エリスがぼそりと呟く。けれどマリアは初代女王と同じ遺伝子を持っているというのならば何らおかしな事は無い。それに国王は娘を溺愛しているのだから余計にそうなってしまう事であろう。


「ま、誰だって自分の子がかわいい。特に何度も狙われているのだから、陛下が王子を城から出さないようにした事も頷ける」


 ギルがそう言えば今度は、リカルダが驚いたようで目を見開いて「何度も?」と問いかけてきた。その言葉にギルが「ええ」とだけ答える。


「そうだったのですか、だから国王陛下は周りに何と言われても王子様に武器も持たせず、外にあまり出さないようにしておられたのですね」


 リカルダは言ってから「でも、王子様。武器を扱えていますよね?」と問いかけてくれば、マリアが「武器が扱えないままではいけないと思ってレイヴァンに教えてもらったんだ」と答えた。その答えにリカルダは驚いて目を丸くする。


「どうして?」


「大切な人を失わないためだよ。わたしは無知で無力だと理由で誰かを失いたくなかった。だから、武器を取ろうと決めたんだ」


 呆然と呟いたリカルダにマリアは凛とした声でそう答えた。リカルダは、自ら武器を持とうとは思わない。武器は、人を傷つけるための道具でしか無いのだから。けれど、どうだろう。マリアは“守るために”武器を持つ事を決めたようだ。リカルダにとって武器を持つ事はつまり、人を傷つけるだけだと思っていたからマリアのような考えには至らなかったのだ。しかし、マリアが言うとおりただ武器を嫌い、避けてもそれでは守れないものがある。矛盾であろうが、武器は傷つけるだけで無く守るために使う事も出来よう。

 リカルダは目が覚めた思いでマリアを見つめ、満面の笑みを浮かべて言った。


「王子様がこの国にどのような存在になられるか、わたくしはとても楽しみです」


「そう?」


 マリアがリカルダを不思議そうに眺めれば、視線を受けつつも気にした様子無く笑みを浮かべていた。


「わたくし、数学という学問が好きなのです。数学は不正が横行し欺瞞の多い世界で、一人清く正しいものなのです。王子様もそうであってください。欺瞞だらけの世界で正しく、すくっと立っている。そんな人になってください」


 リカルダの言葉にマリアは、笑みを浮かべて「ありがとう」と答えた。たくさんの人が自分に思いを託してくれているとマリアは思う。自分はそんなに出来た人間では無いけれど、それでも託された思いを踏みにじりたくは無いし、何よりも自分の望みも重なるからその声に応えたいと思った。


「王子様、数学の良さも分かったところで、わたくしが数学講座を開いて差し上げますわ!」


 そういう勉強は好きでは無いマリアである。リカルダの申し出を断ろうとしたがリカルダは、「王子様がそんなのでどうします?」と言いフィーネと共に数学講座を受ける事になってしまった。

 食事を終えて草原でしばし休憩をすることになると早速、リカルダは説明を開始する。


「先ほど1+1=10と書きましたが、その理由がわかりますか」


「ええっと、“ゼロ”は1の位に何もありませんって意味で“いち”は2の位に1ありますって意味になるからじゃあないかな」


「さすが、王子様。それはわかっていらっしゃいましたか」


 なんだか少し莫迦ばかにされた気分になってしまったが、マリアは苦笑いを浮かべてやり過ごす。フィーネは何もかもが初めてらしくて目を輝かせていた。

 城で受ける勉強は楽しくないけれど、リカルダの教え方がわかりやすいからかも知れない。


「昔は“ゼロ”という概念が無かったそうです。なので今のような10進法の計算は不可能であったのですが今のコーラル国から伝わったアラビア数字をわたくしたちは使っているのですよ」


「これはアラビア数字というのか」


 はい、とリカルダは楽しそうに頷いて答えた。それから我が国は昔は、ローマ数字を使っていましたがそれでは四千以上の数字を表す事は無理だったと告げる。

 それを聞いてマリアが不思議そうに目を瞬かせ「そうなのか」と呟く。リカルダは「ええ」と答え、一から三千までの表記の仕方はあるが四千という表記は無いため三千九百九十九までは表す事が出来るのだという。


「ローマ数字はゼロが無いからXとかMとかいっぱい書かないといけなかったのです。だから、アラビア数字が伝わったときの衝撃はすごかったそうですよ」


 リカルダは地面に“0”と書いた。


「“何も無い”ということだけを表す、その数字はかければ何でも無に返してしまう。しかも、割ってはいけないという約束の下、成り立っているとても奇妙で不思議な数字なのですから」


 楽しそうにリカルダは言った。本当に数学が好きなんだなとマリアにも伝わってくるほどだ。

 フィーネは、やはり目を輝かせて話を聞き入っている。それほどまでも“数学”という学問に魅せられているようだ。


「そろそろ、出発しましょう」


 エリスに声をかけられマリアにリカルダ、フィーネはエリス達の方へ駆け寄る。そこにはクサンサイトで貰った馬がすでに鞍の用意がなされていた。リカルダはゲルトと同じ馬に乗り、フィーネはジュリアと同じ馬に乗った。マリアはそれを確認してから馬にまたがると馬を軽く足で叩いて街道を通り始める。

 まだ太陽が空に眩しいぐらいに輝く昼下がりの事だった。


***


「まだ見つからぬのか」


 玉座に座っている国王が自分に跪いている兵に問いかけた。兵は首を横に振り、「捜してはいるのですが」と答えれば国王は「そうか、とりあえず捜索は続けてくれ」というと兵を下がらせる。

 部屋に誰も居ないことを確認すると思わず深い溜息を吐き出して頭を抱えた。


(こんなことならば、行かせるべきでは無かった)


 自棄気味に心の中で呟いていると扉が開き、ソロモンが入ってきて恭しく頭を垂れた。


「ギルから手紙が届き、あさってには戻ってくるそうです」


「そうか。それまでにレイヴァンを見つける事が出来れば良いのだが」


「ええ、そうですね。しかし、ことはそう簡単ではないと思われます」


 国王がソロモンに「それは何故だ」と問いかければソロモンは、宗教の他にテロ組織が絡んでいる可能性が高いと告げた。


「マリアは無事なんだろうか」


「ええ、今のところは」


 いかがいたしますか、とソロモンが問いかけると国王は「とりあえず、報告だけはきちんと行ってくれ」とだけ告げると玉座から下りて謁見の間をあとにした。部屋に残されたソロモンは「相当、気が参っているな」と心の中だけで呟くと謁見の間を出た。すると、ちょうどクレアと鉢合わせてクレアはソロモンに問いかけてきた。


「それで、どうなの」


「いや、今のところは進展無しだ」


 クレアは目を伏せて「そう」と呟くと「早く見つかればいいけど」と言った。それは誰しもが思う事であろう。なんと言ってもレイヴァンは、この国の要と言っても過言では無い男なのだから。


「だが、まずいな」


「え?」


 レイヴァンがいない今、もし攻め込まれたりしたらこの国はひとたまりも無いだとソロモンは言った。だからレイヴァンがいないことは伏せるようにと皆には言ってある。けれど、それもどこまで持つのか。

 クレアは眉を寄せて黙り込む。ソロモンが切り札があるとすれば、セシリーの兵器だろうかと言葉を紡げばクレアはこくんと頷く。


「セシリーと連絡を取ってみましょうか」


「そうだな、頼めるか」


 クレアはこくんと頷いて手紙を出すために部屋へ戻るためにソロモンに背を向けて駆けてゆく。それを眺めながらソロモンはいくつかの“はかりごと”を巡らせていた。


(『気をつけろ』とあれほど言ったのにな。まったく、あいつには世話が焼ける)


 そんな風に思っていると兵の一人がやってきてエイドリアンが、無事にシトリン帝国を追い出して戻ってきた事を告げた。


「そうか、とりあえずは良かった」


 兵に「ありがとう」と告げてエイドリアンの場所を聞くと下がらせて城を出た。それから、少し薄暗い路地へ入り、古ぼけた怪しい雰囲気を醸し出す店の中へ入った。中は酒の匂いがつんと鼻にささり、思わず呑みたい衝動に駆られたがぐっと抑えてお目当ての人物を捜した。

 店のカウンター席にその人物はおり、浴びるように酒を呑んでいた。通風にでもなってしまいそうだとソロモンは思いながら、その人物であるエイドリアンの隣に座った。


「エイドリアン殿、お久しぶりです」


「おお、ソロモン。どうだ、おれの成果は」


 店主に酒を勧められたがソロモンは断って水を頼み、エイドリアンに「ええ、とても良い働きぶりだったそうですね」と告げた。


「そうだろう、そうだろう」


 得意げに話し出そうとするエイドリアンの台詞を斬り、ソロモンは言葉を紡いだ。


「さっそくで申し訳ないのですが、しばらくの間、王都の守備に徹してもらえないでしょうか」


「どうした」


 ソロモンの言葉にエイドリアンは、酒を呑むのも止めて酔いが一気に覚めたかのように真剣な眼差しで問いかけた。ソロモンはレイヴァンが行方不明になってしまった事と、レイヴァンの捜索に兵が出払っているため王都が手薄になっている事を告げた。


「なるほど、それでおれには出来るだけ王都にいて欲しいわけか」


「ええ、王都をあまり手薄にするわけにはいきませんから」


 エイドリアンは納得すると早々に酒を呑むのを止めて王城へ戻った。それから、報告をするために国王の元を訪れると国王はずいぶんとやせ細った顔でエイドリアンを迎えた。それを見てエイドリアンは簡潔にオブシディアン共和国での事を報告する事にする。国王は「そうか、とりあえずお主等が無事で良かった」と告げると深く椅子の上に沈み込む。

 それから、エイドリアンはソロモンの言うとおり王都の守備に回る事を告げると部屋を後にした。


(陛下、相当参ってるな。こんなにも陛下に気苦労をさせるなんて帰ってきたら絶対、酒をおごらせる)


 エイドリアンも形は違えどレイヴァンのことを心配しているようだ。

 ずんずんと廊下を歩いていたエイドリアンの目に反対側から歩いてきたクライドの姿が映った。相変わらずの表情の読めないクライドにエイドリアンは話し掛ける。


「姫様は息災か」


「はい、無事であると書簡が届きました」


 クライドはエイドリアンに淡々と述べる。そんな様子のクライドにエイドリアンは「本当は一緒に行きたかったのでは無いか」と問いかけるとクライドは一瞬、目を伏せたがすぐにエイドリアンの方を向き直って言葉を紡ぐ。


「ソロモン殿が決めた事ですから」


「おれが聞きたいのはあんたの素直な気持ちだ」


 クライドは目を丸くしてエイドリアンを見つめる。それから「確かに側にいてお助けしたかったですが、それはただの我が儘になってしまう」と紡ぐ。


「そうか、だが身を引くばかりでは無く自ら率先して行く事も大切だぞ」


 そういうとエイドリアンはその場を去って行き、残されたクライドは「率先」と呟くとぎゅと手を握り締めていた。



 二日後、予定通りにマリア達は王都へ戻ってきた。慌ただしくしながらも家臣は、マリア達を迎えてくれたが、どこか妙に思いながらもマリア達は謁見の間へ行き報告とリカルダやフィーネの事を告げた。国王はとりあえず、二人はここで過ごして貰う事にすると告げる。それを聞いてリカルダとフィーネは喜び「わかりました」と答えた。

 国王がとりあえずもう下がるように皆に言えばリカルダやフィーネ、ゲルトは謁見の間を後にしたがマリアや守人達はその場に残り、国王に問いかけた。


「父上、何かあったのですか」


「何も無いよ。マリアが心配する事は何も……」


 そう国王がやり過ごそうとしたとき、謁見の間にソロモンが入ってきて国王の前に跪く。


「陛下、やはりビリュアイトの街で消息が途絶えたままでございます。足跡も残っていないようで」


 刹那に国王は頭を抱えた。マリアの前では話して欲しくは無かったようだ。けれど、「いずれわかることですから」とソロモンは国王に告げる。


「ソロモン、それは一体どういうことなんだ」


「はい。実はレイヴァンには別の任を与えておりました」


 切り出してソロモンは、レイヴァンには妙な動きをしている宗教団体を一掃する事をお願いしていたこと。けれど、その宗教が主に活動を行っているビリュアイトでレイヴァンの消息が途絶えたことを告げた。


「そ、そんな」


 マリアは震える声でそう呟いていた。それから思わずソロモンにしがみつく。


「じゃ、じゃあ、わたしにお願いしたのは……」


「姫様にそんな危ない事、させるわけにはいかないでしょう。ですが、まさか向こうが姫様に接触してくるとは予想外でしたが」


 マリアのブルーダイヤモンドの瞳に涙が浮かんでいて今にも泣きそうな表情を浮かべていた。けれど、その涙を乱暴に拭うと「行かなきゃ」と呟く。


「どこへ行こうと仰るのですか」


「決まっている。レイヴァンを助けに行く!」


 ソロモンの問いにマリアが答えると、反論の言葉を吐いたのはソロモンでは無く国王であった。


「駄目だ」


「何故ですか、父上!」


 国王は父親の顔でマリアに諭すように言った。


「お前はこの国の姫だ。お前に何かあっては、国をつぐ者がいなくなる。何より、わたしもアイリーンもお前を失いたくは無い」


 マリアがぎゅと手を握り込んだ。その拳は震え、何かをじっと耐えているかのようであった。


「だけど」


 マリアが言葉を紡ごうとすると国王は、玉座から下りてマリアの肩に手をやって、言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「何もお前が自ら向かう必要は無い。マリアは、この城で大人しくしていてくれ。頼むから」


「申し訳ございません、父上」


 マリアは何とかそう言うと謁見の間をあとにした。その後ろを守人達も続く。部屋に残された国王とソロモンはじっと沈黙を守っていたが、ソロモンが沈黙を破る。


「陛下、やはりレイヴァンの行方は未だ掴めておりませぬ」


「そうか」


 ソロモンの報告にそれだけを答えると謁見の間を後にする。ソロモンも部屋を後にしてマリア達の元へ向かうとマリアがダミアンとジュリアをクレアとクライドに紹介していた。その輪にソロモンも加わる事とする。


「ほう、お主。ダミアンという名であったか」


 ソロモンがそう声をかけるとダミアンは嫌そうな表情でソロモンを見つめる。


「そういえば、あんた城で働いてたのか」


 二人の会話を聞いてマリアが「知り合い?」と問いかけるとソロモンは「昔、陛下から守人を集めるよう任務をいただいたときに最初に会った守人ですよ。『迷惑』とか何とか言われた」と答えた。そうだったのか、とマリアはダミアンをまじまじと見つめると「何だよ」と言われてしまい「何でも無い」とだけ答えてマリアは守人達との会話もそこそこに部屋へ戻った。約一ヶ月ぶりの自分の部屋にほっとしてベッドの上に寝っ転がる。それから、疲労でそのまま夢の中へと誘われていった。

 次にマリアが目を覚ましたとき、バルビナに夕食の準備が出来たと起こされた。そして、両親と臣下達、それからリカルダやフィーネ、ゲルトと共に食卓を囲んだ。ゲルトは最初は渋っていたものの国王が「一緒に食べようでは無いか」と念を押して言われ、一緒に食事をすることにした。

 賑やかな食事も終えるとマリアは部屋へ行き、少しの間は休んでいたものの部屋にあった地図を取りだして場所を確認するとカバンに地図やらランプやらを詰め込んだ。そして、辺りが完全な夜に変わって下弦の月が空に浮かぶころ。

 マリアはバルコニーの手すりにヒモをくくりつけて地面へ垂らすと、そのヒモからするすると地面の上へ降り立った。出来るだけ音は立てないように馬小屋へ行き、馬を一頭拝借すると蹄を付け、くつわをつけ、鞍を付けるとこっそりと持ち出して人目を避けるために森へ入った。けれど、どちらの方角へ進めば良いかわからずマリアは地図を広げた刹那。マリアに向かって矢が放たれた。慌ててマリアはそれを避け、地図をしまいこんだが気づけば周りは山賊に囲まれている。

 さすがに一人で来たのはまずかった、とマリアが思っていると山賊が瞬く間に矢で射られ、倒れていった。

 驚いて矢が来た方を振り向くと、レジーが馬上で弓をかまえていた。


「レジー!」


 思わずマリアが名を呼ぶとさらにその後ろからも矢が飛んできて、そこにはエリスが馬上から射っていた。マリアが目を丸くし「エリスまで」と驚いていると今度は剣で切り裂く音が聞こえてきて、そちらを向くとそこにはギルがおり、さらに槍の音まで聞こえてきたかと思えばダミアンがいた。

 呆然とマリアがしていると、そんなマリアを後ろから山賊がナイフで刺そうとしていたがその山賊は戦輪で切り裂かれた。戦輪の放たれた方を見ればクライドがおり、その後ろにはクレアがいて短剣で応戦し、ジュリアも馬上からナイフを取りだして山賊に向かって投げていた。

 やがて、辺りに山賊の気配が消えると後ろの方からソロモンまでもが姿を現す。


「どうして……」


「姫様がじっとしているわけがないことは我々は把握済ですから。どうですかな、ぜひお供にこの世ならざる声が聞こえる者と“変わり者の”策士は」


 ソロモンのその言葉にマリアは満面の笑みを浮かべて「ああ、もちろん。一緒に来て!」と答えた。



 翌日、マリアと策士と守人が姿を消した事によって国王が失神してしまい、家臣達の気苦労が増えたのは言うまでも無い。

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