弱き者よ汝の名は女なり(原著:花楽下 嘩喃さん)

「さて、どうしたものか……」

 電話して、一方的に約束を取り付けたのはいいものの、本当にアイツが来てくれる保証は何処にもない。

 花菜かな——三年前に別離わかれた彼女。

 見かけて振り返るような美人でもないし、キュートって呼ぶほど可愛くないし、目を奪うほどスタイルがいい訳でもない。だが、俺には見事なくらいにはまる女だった。割れ鍋に綴じ蓋——そんな言葉がぴったりくるほどの相性だった。

 だからある意味、俺の半身とも言える。

 じゃぁ、何故別離れたんだって話になる。

 別離れた当時、俺と花菜のことを知ってる連中は、声を揃えて訊いてきたもんだ。

「なんとなく——」

 別に説明するのが面倒だった訳じゃない。本当にただ、「なんとなく」別離れちまったんだ。

 あのときの感情。今ではもう既に忘却の彼方だが、俺の方から花菜に別離を告げたのは間違いない。

 だから、どの面下げて「逢わないか?」などと言えたもんだが、今回電話したのも「なんとなく——」なんだから仕方がない。ある意味、「邦彦おれらしい」——そう言われるかもしれない。

 ……そうだ、花菜は俺の半身だ。だから、俺が「なんとなく」逢いたくなったんだから、アイツも「なんとなく」逢ってくれるはずだ。

 こじつけ、決めつけ、買い被り——この際何でもいい、俺は待ち合わせ場所に向かうことにした。


                ◇

 花菜は来てくれた。

 ように、待ち合わせ時間五分前に。

 俺はそれを確かめて、三分前にアイツの前に姿を現した。

通りね——」

 そんな花菜の口調。懐かしかった。何故かは分からないが、ほっと落ち着く心境だ。

 だが、今は彼女じゃない。手を繋いだり、肩を抱いたりもしない。

 揃って歩き出す。

 花菜の歩調。合わせている訳でもないのに、ぴったりとシンクロする歩み。

 そして、喫茶店に入って、腰掛ける。

「——エスプレッソとカフェラテ」

 注文オーダをした。

 花菜が頬杖して、俺を見る。

「言っとくけど、ワタシはりを戻すつもりで来た訳じゃないわよ?」

「分かってるさ。……折角だから俺も本当のことを言おう。花菜に会うまでは俺も縒りを戻すつもりなんかなかったさ。三年ぶりに会って、この三年間のことを話して、それでおしまいって思ってた。だがな……んー、なんて言えばいいかな、この気持ち。……わりぃ、うまく言えねぇや」

 軽く首を傾げた花菜の口角が持ち上がった。このしたり顔は——

「——!」

 テーブルを乗り越えてきた花菜の唇が、俺のに被さった。

 瞬時に離れる軽いキス。そして、優しい視線が俺を見据えた。

「いいよ、口下手ってことはよーく分かってる。……そして、今言いたかった気持ちもね」

 俺は頭を掻くしかなかった。

「ありがとよ。……ああ、そうだ。俺が三年前に別離れた理由が、今やっと分かったよ」

「——えっ?」

「俺には花菜しかいないってことを確認するためだ」

 花菜は微笑んだまま目を伏せ、目の前に置かれたカフェラテを口にすると、小さく溜息を吐く。

「……To be or not to be, that is the question……か。結局、ワタシは『弱き者よなんじの名は女なり』、と見事に収まっちゃったってところかぁ」

 花菜が肩を竦める。

「何だっけ、それ?」

「……無教養。両方ともシェイクスピアの『ハムレット』でしょ?」

 呆れたような、小馬鹿にしたような花菜かな。だけど、薄く微笑む表情は三年前とまったく変わらない。

 俺は可笑しくなって笑い出す。

 花菜は少しだけ驚いたようだった。

「どうしたってのよ?」

「ああ。何だか嬉しくってさ。ま、今の俺の心境は『To be to be ten made to be』ってところ」

「何よ、それ? どんな意味?」

「飛べ飛べ、天まで飛べ!」

 俺たちは揃って大笑いした。


               (了)


オリジナル:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885442793/episodes/1177354054885442804

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