弱き者よ汝の名は女なり(原著:花楽下 嘩喃さん)
「さて、どうしたものか……」
電話して、一方的に約束を取り付けたのはいいものの、本当にアイツが来てくれる保証は何処にもない。
見かけて振り返るような美人でもないし、キュートって呼ぶほど可愛くないし、目を奪うほどスタイルがいい訳でもない。だが、俺には見事なくらいにはまる女だった。割れ鍋に綴じ蓋——そんな言葉がぴったりくるほどの相性だった。
だからある意味、俺の半身とも言える。
じゃぁ、何故別離れたんだって話になる。
別離れた当時、俺と花菜のことを知ってる連中は、声を揃えて訊いてきたもんだ。
「なんとなく——」
別に説明するのが面倒だった訳じゃない。本当にただ、「なんとなく」別離れちまったんだ。
あのときの感情。今ではもう既に忘却の彼方だが、俺の方から花菜に別離を告げたのは間違いない。
だから、どの面下げて「逢わないか?」などと言えたもんだが、今回電話したのも「なんとなく——」なんだから仕方がない。ある意味、「
……そうだ、花菜は俺の半身だ。だから、俺が「なんとなく」逢いたくなったんだから、アイツも「なんとなく」逢ってくれるはずだ。
こじつけ、決めつけ、買い被り——この際何でもいい、俺はいつもの待ち合わせ場所に向かうことにした。
◇
花菜は来てくれた。
いつものように、待ち合わせ時間五分前に。
俺はそれを確かめて、三分前にアイツの前に姿を現した。
「いつも通りね——」
そんな花菜のいつもの口調。懐かしかった。何故かは分からないが、ほっと落ち着く心境だ。
だが、今は彼女じゃない。手を繋いだり、肩を抱いたりもしない。
揃って歩き出す。
花菜のいつもの歩調。合わせている訳でもないのに、ぴったりとシンクロする歩み。
そして、いつもの喫茶店に入って、腰掛ける。
「——エスプレッソとカフェラテ」
いつもの
花菜が頬杖して、俺を見る。
「言っとくけど、ワタシは
「分かってるさ。……折角だから俺も本当のことを言おう。花菜に会うまでは俺も縒りを戻すつもりなんかなかったさ。三年ぶりに会って、この三年間のことを話して、それでおしまいって思ってた。だがな……んー、なんて言えばいいかな、この気持ち。……
軽く首を傾げた花菜の口角が持ち上がった。このしたり顔は——
「——!」
テーブルを乗り越えてきた花菜の唇が、俺のに被さった。
瞬時に離れる軽いキス。そして、優しい視線が俺を見据えた。
「いいよ、口下手ってことはよーく分かってる。……そして、今言いたかった気持ちもね」
俺は頭を掻くしかなかった。
「ありがとよ。……ああ、そうだ。俺が三年前に別離れた理由が、今やっと分かったよ」
「——えっ?」
「俺には花菜しかいないってことを確認するためだ」
花菜は微笑んだまま目を伏せ、目の前に置かれたカフェラテを口にすると、小さく溜息を吐く。
「……To be or not to be, that is the question……か。結局、ワタシは『弱き者よ
花菜が肩を竦める。
「何だっけ、それ?」
「……無教養。両方ともシェイクスピアの『ハムレット』でしょ?」
呆れたような、小馬鹿にしたような
俺は可笑しくなって笑い出す。
花菜は少しだけ驚いたようだった。
「どうしたってのよ?」
「ああ。何だか嬉しくってさ。ま、今の俺の心境は『To be to be ten made to be』ってところ」
「何よ、それ? どんな意味?」
「飛べ飛べ、天まで飛べ!」
俺たちは揃って大笑いした。
(了)
オリジナル:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885442793/episodes/1177354054885442804
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