悔恨 ~ Re:g-Re:t ~(原著:武論斗さん)

 ——ここはどこだろう?

 真っ白で何も見えないよ? 自分の手も足も見えない。深い深ーい霧の中なのかなぁ。ちゃんと手はあった。顔の近くにまで持ってきたらしっかり見えた。

 ここはどこ? 何処かは分からないけど、どんなところかは分かる。素足に伝わる感覚で分かる。ここは芝の上だ。足の裏がちくちくする。それに匂い。草の香りだ。小さい頃原っぱで嗅いだことがある。

 この真っ白がなかったら、きれいな緑の絨毯が広がっているんだろうな。でも、見えない。残念。

 だから、少し歩いてみるよ。もしかしたら、霧が晴れるかもしれないもの。

 ちくちくちく——足の裏がこそばゆい。

 てくてくてく——足は少しずつ前に進んでいくよ。

 歩く、歩く、歩く。でも、ちくちくは続いたままだ。目の前は見えないまま。草原から出られない。

 あれ? 足の裏がごつごつするようになった。ちょっとしゃがんで、手を地面に付けてみる。指に触れたものを掴んで、目の前に持ってきた。

 石だ。丸い石。

 石を手の持ったまま歩く。歩く歩く。やっぱり足の裏はごつごつ。ここは河原なのかなぁ。目の前は相変わらず真っ白だった。

 耳を澄ましてみる……何も聞こえない。

 だから、歩いた。歩け、歩け、分かるところまで歩くんだ。

 うわっ!

 転んだ……でも、痛く……ない?

 どうして? 痛みを感じることが生きている証明だった。痛みを感じることで、生きていることを実感してたんじゃなかったっけ?

 でも、今は痛くなかった。それじゃぁ、アタイは……。

 うわっ!

 いきなり目の前の真っ白ににテレビみたいな画面がいっぱい並んで、いろんな番組が流れ始めたよ! ……あれ? 全部アタイだ。右上も左下も真ん中も右から五番目もぜーんぶアタイだ。

 ……。

 そのすべてがアタイの中に流れ込んできた。そして、アタイは全部分かっちゃったんだ。

 アタイは死んだんだ。ベランダから落ちて。

 でも、死にたくて死んだんじゃない。自殺したんじゃない。

 あのとき、アタイはベランダでアイツにもらった服を着て、アイツ——ざんにもらった指輪を眺めてたんだ。指輪の裏には気障ったらしく<永遠に>なんて、彫ってあったんだ。でも、嬉しかったの。だから、その言葉が見たくて、指輪を外して眺めてたの。

 そろそろアイツが帰ってくる。お迎えしてあげよう。今日は笑顔でできるかな。今まで何度もやってみたけどうまく出来なかった。アイツはそれでもアタイの頭に手を撫でてくれたっけ。また、撫でてもらうんだ。

 そのとき、嵌めようとした指輪が逃げ出したんだ。

 アタイは指輪を追い掛けた。

 やっぱりバカなんだよね、アタイ。今居るところが九階のベランダだってことをすっかり忘れてた。

 でもね、逃げ出した指輪は頑張って捕まえたよ。だって、これは大切なものだもん。それを大事に胸に抱いて。

 バカだよね、アイツに会えなくなっちゃうのに。アイツに頭を撫でてもらうことも、甘えることもできなくなっちゃうのに。

 そう考えると悔しいことがいっぱい。両手にも持ちきれないくらい。でも、その中で一番悔しいのはアイツに誤解されちゃったこと。多分、アイツは誤解してる。絶対に。間違いなく。

 アイツはアタイが自殺したって思ってるよ、きっと。でもね、違うよ、それは違うの。間違いだよ。

 アタイはアンタのお陰で少しずつだけど、笑えるようになっていたもの。うまく出来なかったけど、アンタのために笑おうと思っていたんだもの。

 だから、それが悔しい。凄く悔しい。だって……だって、アイツがそんなこと考えたら絶対に——

 うわっ!

 目の前が真っ暗になった。でも、目元から伝わってくるのはほんわかした感覚。知っている温もり。

 思いっきり振り返った。

 真っ白がなくなっていた。

「見つけた。何処行ってンだよ! 捜したぞ!」

 アイツだった。あの笑顔だ。また見ることができて、すっごく嬉しかった。

 だけど……。

「どうして来たの? 嬉しいけど、悲しいよ。……アタイの所為だね。アタイが間違って落ちちゃったから。……でも、信じて! 自殺しようとしたんじゃないよ? アタイはアンタに助けてもらったんだから!」

 アイツはいつもみたいに大仰なポーズを撮りながら、手で顔の半分を覆った。

「あっちゃー! もしかして俺の早とちり? mjで? かぁーっ! 俺もヤキ回っちまった。オメーのことだからぜーったい、自殺だって思い込んでた」

「ごめんね、ごめんね……アタイ、バカだからさ、アンタまで巻き込んじゃうなんて、やっぱりダメなんだ」

「これでいいのさ。俺にゃオメーが必要。オメーにゃ俺が大事。だったら、俺があっちで一人で生きてたってよ、仕方ねーじゃん? やっぱ、俺もバカなんだよ。……あ、だったら、あっちに残したbot……ま、いっか。アレはアレで役に立つだろ——」

 そう言いながら大笑いする。私も大きな口を開けて笑ってた。

 ……笑って……た? ちゃんと笑えた! 笑えたよ、アタイ!

 ザンがアタイの頭を撫でる。凄く嬉しかった。

 急に目の前が開ける。真っ白が完全に消えていた。

 そして、目の前には大きな川。凄く広くて、きれいで、浅そうな川。その向こうには緑の草原が見える。

「渡ってみっか?」

「うん! 新たなはじまりリスタートだね」

 アイツとアタイは手を繋いで川を渡り始めた——


                 ◇

 

 懺が残したbot——それは彼が生きていたときのように、チャラくRe:を返し、大口を叩いてた。

 だが、それがあるときから同じことしかレスをしなくなった。


 命を大事に!


 それはザン残滓ざんし……いや、懺思ざんし——懺の切実な思いに違いない。


                 (了)


オリジナル:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885333947/episodes/1177354054885334079

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