サイバーマン(原著:いーすとさん)

 鯖煮課。

 俺の務める職場の名前だが、断じて小料理屋でもなければスーパーの総菜コーナーでもない。

 正式名称は警視庁サイバー犯罪対策二課という。サイバー犯罪対策課は二〇〇〇年に設置されているが、俺の所属する二課は先だって設置されたばかりで、出来たてホヤホヤだったりする。

 ハイテク社会とインターネットの普及は、社会に蔓延る犯罪をがらりと変えた——ハッキングだ、クラッキングだ、ウイルスメールだ、アカウント乗っ取りだ、違法ダウンロードだ、エトセトラ……。

 流石にこの状況だと、対策課が一つじゃ足りないようで、新たな課が設立、それが警視庁サイバー犯罪対策二課だった。

 人手が足りなくなって課を増やすのはいいんだが、その人員も増やさなきゃ意味ないだろ——と考えたところで、二課の職員が増えるはずもない。

 現状、この鯖煮課には俺と課長の二人しか所属していなかった。そして、サイバー課という割りにはコンピュータは課長の机に置かれているノートパソコンただ一台。俺の前にはコンピュータはおろか、コンセントさえない有様だ。これの何処がサイバー課だってんだ?

 それ以前に、この俺がサイバー犯罪対策に何の役が立つのか、さっぱり分からない。俺はコンピュータには残念なほど門外漢の筋肉バカだ。自分で筋肉バカと名乗るからにはそれなりの腕もある。剣道五段、柔道六段、合気道四段と合わせて十五段の「十五段お巡りさん」なのだ。

 見るからに倉庫と言った鯖煮課の部屋で、俺は課長と二人だった。

 課長は眼下に広がる街並みを後ろ手に眺めている。

「さて、君にもそろそろ仕事をしてもらわんとな」

くるりと俺に振り向いた課長の禿頭がきらりと光る。

「はぁ」

 仕事ったって、知識もない、パソコンもない、コンセントもない——ないものづくしのこの状況で、一体何をやらせるつもりなんだ? この課長は。

「今日から君は『サイバーマン』だ!」

 丸っきり、ロボットアニメか戦隊モノ特撮の博士か隊長の雰囲気を醸しだし、びしっと俺を指さした課長。

「……はぁ?」

「だから、『サイバーマン』だ!」

 要領を得ない俺に苛ついた課長が、後にあった段ボールから取りだしたのは銀色の全身タイツであった。

「あの、課長。……俺にコスプレやれっつーんですか?」

「そんな単純なモノじゃない。ただの全身タイツに見えるかもしれんが、これは現在ハイテク技術の結晶! ……空間転移理論を応用した武器の格納、常温核融合を用いた熱線兵器サイバーソード、ナノマシンで君の力を数百倍にまでパワーアップするArm Related Mechanism——通称ARMアームと、Leg Expansion Gear——通称LEGレッグが君を強力にサポートするのだぁ——」

 ……俺は目眩がしてきた。つーか、この課長ひとホントに警察官か? 狂科学者マッド・サイエンティストかなんかじゃないのか?

 半ば狂気の目の色の課長は、未だに口沫を飛ばしている。

「——とにかく着てみたまえ。……ああ、こいつはフリーサイズだ。装着したら自動的に君の身体にフィットするようになっている。……いいか、勘違いするな。これは国家の安全を守る仕事なのだ。断じてコスプレなんかではない!」

 流石にここまで言われては、俺も渋々ながらでもこの全身タイツを着ざるを得なかった。これが「仕事」というのであれば。


 こうして、俺はサイバーマンスーツを着用した。

 ……ダセぇ。昔お笑い番組で見たことあるようなダサさだ。

 俺の顔には縦線が描かれていたのかもしれない。

「そんな暗い顔をするな。……ふむ、中々似合っているじゃないか。よし、まずはサイバーソードを取りだしてみろ!」

「何処にそんなのあるんですか、課長!」

「右手を横に伸ばして捻って見ろ」

 言われるままに右手を伸ばし、捻る。

「——!」

 手の中に何かが収まっている。何があるのか確認しようとするも、拳から先が消えていた。

「よし、そのまま手元に持ってくるんだ!」

 なんと、俺の手の中には黒い棒状の物体があった。

「それがサイバーソード。……あ、まだスイッチは入れるなよ? 親指辺りに付いているのがスイッチだが、ここでは入れるな。大変なことになる」

 原理も何も分からんが、確かに俺の手にサイバーソードは存在していた。

「続いてはこれだ!」

 課長が机のノートパソコンを俺に向かって投げてくる。それを受け取った途端、課長が叫ぶ。

「サイバーパワーでそいつを丸めるのぢゃ!」

 ……ぢゃ? んな、些細なことはどーでもいいか。俺は言われた通りにノートパソコンを潰そうとした。

「おお! おおおおおおっ!」

 ……驚いた。心底驚いた。さして力を入れるでもなく、ノートパソコンは見事なほどに丸くなっていたのだ。

 こ、こいつぁ……。

 俺は課長に恐る恐る訊いていた。

「……あの、空は飛べないんですか?」

「申し訳ないが、その機能は実装されていない。次のアップデートには間に合うかもしれんが」

「アップデートって……」

 一体何処のゲーム会社が作ったんだよ、このサイバーマンスーツは!

 いきなり、俺の耳元から声が聞こえる——

「——サイバーマン、出動要請です! 場所は東京都葛飾区柴又——」

「……ム! 君にも聞こえたかもしれんが、出動ぢゃ! 行け、サイバーマンよ!」

 俺はクレーン車と共に出動した。空を飛べない今、高所に行くにはこのクレーン車で吊り上げるしか方法がない。

「ご武運をお祈りします」

 敬礼をしながら装備課の警官が俺をクレーンで吊す。

 目標はこのマンションの六階。あそこに見えるベランダから侵入するのだそうだ。

 ベランダに降り立った俺はがらりとガラス戸を開ける。そして、名乗りを上げた。

「貴様のその行為は違法ダウンロードだ!!」


              (了)


オリジナル:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885337120/episodes/1177354054885337131

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