さっちゃんって呼ぶな

 絵理に手を引かれて行き着いた先は小学校の頃によく遊びにきていた千石神社だった。


「人目につかないところってここかなぁと思って。」


 確かに雨が降っている平日朝の神社には人の姿がなかった。とはいえ今の絵理を誰かに見られると混乱が起きかねないため、ひとまず自分が来ていたカーディガンで左腕をカバーして、なるべく見つからない奥に避難する。

 あまり気乗りはしないが、俺は兄の駿すぐるに電話をかけた。駿はワンコール以内に出てくれた。出るのはええよ。


「もしもし。朝からごめん、兄貴。」

「珍しいね、さっちゃんから電話をかけてくるなんて。」

「その呼び方やめろ。申し訳ないんだが、学校に欠席連絡してくれないか?絵理も一緒に。」

「どうしたの?2人でサボり?」

「いや……ちょっと事故ってしまって……。」


 先ほど起きたことをあまり話したくはないが、俺は駿に簡潔に説明する。


「……なるほど。それは緊急事態だね。学校にはうまく連絡しておくよ。」

「……意外とあっさり信じてくれるんだな。」

「そりゃ、愛する弟の言うことだからね。」


 こういうとこが苦手なんだよ。


「今千石神社だっけ?近くにある渡辺製作所っていう工場に行くといいよ。先方に連絡しとくから住所はあとで送るね。」


 相変わらずよくわからないつながりを持つ兄である。


「……わかった。助かるよ、兄貴。」

「じゃあ、また後でね。」


 駿はそう言って通話を終了させた。後でってなんだよ。


「駿くんに電話してたの?代わって欲しかったよー。」

「……なんで代わる必要があるんだよ。」

「えー。だってしばらくお話ししてないもん。」


 たぶん、あとで会えるぞ。と言うと変にテンションが上がりそうなので心の中に留めておいた。


「……左腕は大丈夫か?なんかバチバチいってるけど。」

「事故った時は反射で痛いって言っちゃったけど、全然痛くないんだよね。」


 そりゃ機械だもんな。というか、身体が機械ってどういうことだよ。つい最近まで不注意で転けた時とか膝を擦りむいて出血してただろうが。

 ここまで行き着くのでいっぱいいっぱいだったため、抑えていた混乱が頭の中で暴走する。


「……私の身体、どうなっちゃったんだろう。今までちゃんと人間だったのに。」


 ぽつりと絵理が呟いた。俺は落ち着かないといけないことに気づいた。一番混乱しているのは絵理だ。出来るだけ冷静でいなければ。


「あれだ、事故って今ごろ生死を彷徨ってたり激痛でのたうち回ってるよりマシかもしれん。」


 ……我ながらこういう問題のすり替えは絵理ほど得意じゃない。しかし、当人には少し効いたようだ。


「……痛いの苦手だし、確かに丈夫になったと思えば悪くないかも!ありがとう、さっちゃん。」


 そう言って絵理はいつもと同じ笑顔でにっこり笑った。呼び方が以前に戻っていることをいつもなら突っ込むべきだが、やめておくことにした。


 スマートフォンから通知音が鳴った。先ほど駿が言っていた渡辺製作所の位置情報だった。


「兄貴からだ。絵理、移動するぞ。」


 そう声をかけると絵理は俺に肩を借りて立ち上がった。


「左腕ないと不便だね。利き腕じゃないだけマシだけど。」


 アンドロイドに利き腕ってあるのだろうか……。

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あの日、雨が降らなければ 為近(ためちか) @moonwings7

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