雨の日は足元が滑りやすくなっているのでご注意ください

 昨夜の夢の内容を聞きながら電車に揺られていると降りる駅まであっという間だった。


「夢じゃない……軽くホラーじみてきたな。」

「そうなの。自分に首を絞められたのも、砂浜でひきずられたのも、知らない女の子におんぶされて変な施設に連れていかれたのも全部夢じゃなかったんだとしたらゾッとしちゃって。夢で着ていたパジャマも手元にないし。もし、まだ夢が続いたらどうなるんだろ?……怖くて眠れないよ。」


 昨日の異常な出来事もあり、全否定できない。元気で落ち込むようなことがあってもすぐ立ち直るような絵理であるが、今回はさすがに難しそうである。助け舟を出すか。


「まぁ、それも所詮は夢の中の話だろ?パジャマは洗濯中かもしれないし。まだ取り返しのつかないようなことが現実に起きてるわけじゃない。気にすんなよ。」


 自分でそう言いながら俺は取り返しがつかないことってなんだろうと考えていた。


 そういえば、昨日倉庫の鍵を返しに行った時に鍵が壊れていたので、施錠できなかったという話だけを教師にしたが、今日はもしかしたら面倒な呼び出しが待っていたりしそうだ。


 駅を出ると雨が降っていた。今日は終日降るとの予報だ。


 絵理は持ってきた青空模様の傘を広げる。これなら雨の日も明るく過ごせそうな気がして一目惚れして買ったのだと前に絵理が話していたのを思い出す。傘の内柄を見て心なしか少しだけ絵理の顔が緩んだ気がする。


「そうね、気にしすぎもよくないかー。」


 傘のおかげかもしれないが、少しは気が楽になったか。俺も黒い傘を広げながら、昨日のことを思い返す。


女子テニス部エースの敗北。

女子の力で壊れてしまう金属製の鍵。


そして、ほくろがなくなった絵理の右耳。


 改めてほくろについて確認しようと横に並んで歩いている絵理を見るとちょうど横髪を右耳にかけるところだった。ほくろは依然としてない。


「なぁ、変なこと聞くけど、最近右耳に怪我とかしてないよな?」


 知らない間に何かしらの怪我でほくろがなくなった可能性もなくはない。しかし、横髪を耳にかける仕草はよく見かけていたのでそんな怪我はしていなかったと自分の中で結論がついていることではある。


「えーそんなの覚えがないけど、どうしたの?耳が何かおかしい?」


 右耳を気にして触りながら絵理が聞き返してくる。


「いや、気のせいかもしれない。ごめん。」

「そんなー。心配してくれてありがと!」


 再び考えを巡らせていると赤信号に捕まった。怪我の他にほくろがなくなる原因がないか。突然苦手な球技が得意になったり、見た目には変わらないのに急に強い腕力を得ることがあるか。まるでなぞなぞのようなとんちんかんなことに思考を奪われていた。

 信号は青に変わり、横断歩道を渡り始める。こちら側から渡る人間は殆どが同じ制服を着ている高校の生徒だ。向かいからはサラリーマンや手を繋いで保育園に向かう親子、そして、傘をさしていない他校の制服をきた女子が歩いてくる。


「今日も一緒に登校してるのね。仲良しさん。」


 他校の女子とすれ違ったときに声をかけられた。自分たちに向けられたものと思わなかった俺と違い、絵理は立ち止まって目を見開いて驚いている。


「……この声は、あの…夢の…!」


 絵理がそう言ったと同時に他校の女子は走り出した。


「待って!」


 絵理は振り返って追いかけようとするも傘が他の人とぶつかりひっかかる。傘から手を離して絵理が走り出した先には左から大型トラックが曲がってきている。信号を見るとすでに青信号は点滅している。トラックからブレーキ音が聞こえるが雨で滑り、トラックの動きは止まらない。


「絵理!!!」


 激しい衝突音が辺りに響いた。絵理が飛ばされた方へ向かうとそこには想像を遥かに超える絵理の姿があった。


「きゃああああああ事故だよ!」

「警察?救急車?」

「うちの生徒っぽかったよね大丈夫かな…。」


 先ほど信号を渡り切った生徒たちがすぐそこで騒いでいるはずなのに随分遠く聞こえる。


「いてて…ぶつかっちゃった。」


 いつもの間の抜けるような絵理の発言でも目の前の光景は常軌を逸しすぎて脳の処理が追いつかない。


 絵理の左腕はひしゃげているが辺りに血が飛び散ることはなく、肌が破れ、中から金属や導線のような紐が見え、ちぎれたコードからバチバチと漏電するような音が聞こえる。

 とりあえず上体を支え起こし、濡れないように自分の傘で覆うがこれは他の人に見られたり、救急車や警察が来るとやばい状況なのではないだろうか。


「……絵理!動けるか?」

「うーん、左腕は無理そうだけど、他は大丈夫そう。」

「よし、全速力で逃げるぞ。」

「えええええ、なんでー?でも、わかった!」


 絵理の無事な右腕を肩にかけて立ち上がる補助をする。人がこちらに集まってくるのがわかる。

 急がなければと俺が一歩踏み出そうとしたところ、絵理は立ち上がるなり、預けていた右腕を肩から離し、俺の左手を掴んで走り出した。

 ものすごいスピードで走る絵理に引っ張られているおかげで開いていた傘がひっくり返る。傘といえばと振り返ってみると、先ほどの横断歩道には車に轢かれ、ひしゃげてボロボロになった青空模様の傘が落ちていた。


 絵理がどこへ向かっているのかもよくわからないが、とりあえず任せることにした。




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