女子テニス部の晴らせなかった憂鬱

 体育の授業終わりに係で後片付けを任されるから手伝ってと言われたので体育倉庫へ向かうと絵理がラケットを直しているところだった。こんな雑用係を任されるあたり、少し運がないやつだと思う。


「テニスボールがまだ倉庫まで運べてないから取ってきてー。」

「はいよ。」


 そういえば、いつもなら委員長あたりが手伝ってくれそうだが、今日は一人なのか?と疑問に思いつつもボールを取りにテニスコートへ向かう。


「いやー、さっきの授業なんだったんだろうね。びっくりしたわ。」

「ただでさえこの前の試合で惜しくも負けちゃって落ち込んでたのにね。」


 テニス部女子がいつも通り騒がしくしながら更衣室へ向かっていくところをすれ違う。俺とすれ違った瞬間、彼女らの会話が少し途切れ、こちらに視線を向ける。


「……ねぇねぇ、ちょっといいこと思いついちゃった。」


 1人がそう言いながら今度は控えめな声でボソボソと会話を始めて遠ざかっていった。何かしただろうか?と少し頭の中を逡巡させるが、特に思いつかなかった。


 テニスボールの入った箱を倉庫に運び入れると絵理もちょうどラケットなどの整理を終えたところだった。


「こんなもんだな。さっさと戻らないとHRが始まるな。」

「そうだね。」


 そんな会話をしていると倉庫の扉からカチャリと音が聞こえた。


「ん?どういうことだ?」


 体育倉庫の扉は半自動でストッパーをかけることで開けた状態を維持できる。しかし、テニスボールを運び入れたときにストッパーを解除したため、扉は閉まっていた。もちろんこの倉庫の扉はオートロックではないし、内鍵も存在しない。

 取手に手をかけて扉を開こうとすると案の定ガチッと鍵がかかっていて開かない。

 体育倉庫の鍵は体育教師が2つ管理しているはずだ。そのうちの1つは今片付けを任された絵理の手元にある。片付けを終えたら鍵を閉めて教師に返すことになっている。


「おーい。先生ですか?まだ中に人がいるので開けてくださーい。」


 扉の向こうに届くように普段は出さない大きめの声で呼びかけるが、期待していた反応はなく、代わりに教室でよく聞き慣れた女子たちの笑い声が返ってきた。複数の足音が遠ざかっていく。


「あー、これはいたずらされちゃったねー……。」

「一体どういうことだ?」


 困惑する俺を見て、絵理は言いづらそうに先ほどの授業で起きた出来事を話し始めた。


 体育でテニスの試合を行うことになり、コートが限られているため、ダブルスで試合をする人と空いてるスペースでラリーや壁打ちなどの基礎練習をする人にくじ引きで分かれることになった。絵理は女子テニス部のエースを相手に試合をすることになり、エースに勝ってしまった。先日行われた大事な試合で負けてしまい、不調が続き落ち込んでいたエースは悔しかったのか、たかが授業とはいえ泣き出してしまった。そうして最悪な空気のまま体育は終了した。

 委員長はいつものように授業の片付けを手伝うため、絵理に声をかけようとして躊躇っている様子だった。それを察した絵理は今日は大丈夫と自分から断ったそうだ。


「絵理と一緒にダブルスを組んだやつがテニスが得意だったとかじゃないのか?」

「ううん。一緒だった子は帰宅部で私より少しできるくらいであの子に勝てるほどじゃないよ。」


 つまり、女子テニス部のエースは球技が苦手な絵理に負けたということだ。いつも体育の内容が球技の時は下手すぎて笑いものにされている話を聞いている。そんな相手に負けることでプライドがズタズタになってしまったのだろうか。小学校の頃から球技の下手さを目の当たりにしてきた身としてはにわかに信じがたい話である。


「相手が絶不調な上に絵理が絶好調だったんだな。それでも想像できないけど。」

「そうだよね。私もそう思うよ。いつもは思ったように身体が動かせなくて上手くいかないんだけど、今日は思い描いたイメージ通りに身体が動かせたんだよね。」


 人体の不思議というやつなのか。間が悪すぎる。


「それにしてもこの状況をどうにかしないとHRに参加できないな。」

「そうだよね……。もう一回、今度は私が開けてみようかなー。」


 そう言いながら絵理は取手に手をかけて扉を開けようとする。先ほどと同じようにガチンと鍵がかかっていて扉は開かない。


「もうちょっと力入れたら、案外何か引っかかってるだけだったりして。んー!」


 今度は力いっぱいというような感じで開けようとする。馬鹿だなぁ。仮に何か引っかかってても非力な女子の力づくでは開かないだろう。そんな風に心の中だけで呆れていたらバギィンッと明らかによろしくない音が響き、扉が勢いよく開いた。反動で絵理は尻餅をついている。


「おいおい、大丈夫かよ……。」

「いてて……。大丈夫。でも、開いたからなんとか無事に脱出できるね。」


 服についた埃を払いながら絵理は立ち上がる。俺は扉の側面を見た。明らかに鍵の引っかかる金属部分が歪んでちぎれたようになっている。こんな状態の金属は見たことがない。一体これをどう教師に説明するべきなのだろうか。


「とりあえず、鍵を返すのは放課後でいいし、更衣室で着替えて早く教室に戻ろっか!」

「……お、おう。」


 釈然としないまま思考を巡らせていると絵理に背中を軽く叩かれる。そのまま更衣室へ向かう絵理に続き、俺も歩き出した。


 絵理の後ろを歩いていると絵理が右耳に横髪をかけるのが目に入った。現文の授業での違和感を理解する。絵理の右耳の端にあったはずのほくろがなくなっている。明らかに何かが変化している。一体何が起こっているというのか。

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