分厚いだし巻き、幸せランチ

 昼休みは写真部の部室が静かで落ち着くため、いつもお邪魔している。しかし、俺は帰宅部であり、部員ではない。卒業していった先輩が過去に部費で買ったデジタル一眼レフカメラを文化祭などの校内イベントで展示する写真を撮るときにしか使わず、普段は空ばかりをスマホのカメラで撮影している。そんなゆるい写真部員の野村のむら絵理えりが部長を務めている。この部活のゆるさを考えると部外者の高間たかまさとるが昼休みに少し利用しているぐらいのことは特に問題ではないようだ。

 暇つぶしに持ってきた文庫本を読んでいると廊下から足音が近づいてくる。それが部室の前で止まり、扉が開いた。本日の昼食がやってきたのだ。


「無事にだし巻きサンド、確保ー!」

「ありがとう。居眠りに感謝。」

「えーそんなー。私に感謝してよー。」


 ゆるい部活のゆるい部長が残念そうにトボトボと向かいへ座り、買ってきただし巻きサンドを手渡してくる。からしマヨネーズとバターを薄く塗ったパンに分厚いだし巻きが挟まっている。我が高校の名物パン。食パンを斜めに切ったサイズが2切れ入って250円である。ボリュームがあり食べ応えも十分だが、野菜が足りないので教室に戻る際、自販機で野菜ジュースでも買って飲もう。栄養バランスは大事である。


「あーなんで寝ちゃったんだろう。最悪。」


 母親の手作り弁当をつつきながら絵理は愚痴をこぼした。


「今朝の夢の続きがなんとか言ってたよな。」

「そうそう!今朝は自分に首を絞められた夢だったんだけど、死んでなかったっぽい。吉夢じゃなくなっちゃったよー。」


 吉夢かどうかは重要だったのか。


「死んでなかったってことは首を絞められた後の夢が見れたのか?」

「うーん、なんかね。浜辺を引きずられてた。もう一人の私に。」

「普通におんぶとかで運ぶんじゃなく、引きずられるってなんか嫌だな。」

「そうなの!パジャマが砂だらけになって最悪だった。左腕だけ引っ張られて痛かったし。」


 夢なのに痛覚あるのかよと突っ込むべきなのか。奇妙な夢だなと思いつつも本人が別のところに不快感を示しているので余計なことは言わないことにした。


「午後の体育はテニスらしいし、今日は全然よくない日だよ。もう夢占いなんて信じない!」

「球技のセンスが壊滅的だもんな。バレーボールでキャッチするし。」

「それはもう忘れて!言わないでー!」


 過去を思い出してさらに最悪な気分になったのか、絵理は大好きなお弁当を半分ほど残して閉じ、窓の近くへ移動して空を眺めてぼーっとし始めた。だし巻きサンドを食べ終えた俺は再び文庫本を開き、読書を再開する。


 穏やかな昼休みが過ぎていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る