どこにでもある登校風景

「今日ね、なんだか変な夢をみたんだ。自分に殺される夢。」


 絵理えりはそうしていつもと変わらぬ明るい声で俺に夢の話を始めた。夢の内容を事細かに語る表情豊かな絵理の横顔をぼんやりと眺めながら、俺も何か夢を見た気がすると頭のなかで「昨夜の夢」と検索をかけてみた。しかし、特になにも思い出すことはできなかった。当たり前のことである。なにせ、今日の俺は徹夜明けで学校に向かっているのだ。


「お前、よく夢の内容なんかを覚えてるな。俺はとんでもない悪夢かとんでもなくいい夢を見たときぐらいしか覚えてないぞ。それもそんなに明確には思い出せない。」


「いやいやいやいや。待って、これってそのとんでもない悪夢じゃない!?」


 俺はここでひとつ咳払いをした。絵理が不思議そうにこっちを見ている。


「そうでもないぞ。ほら、今お前が右手に持ってるその文明の利器で夢の意味でも調べてみるんだな。」


 頭の上に疑問符を浮かべながら、絵理はスマートフォンのロックを解除し、ブラウザアプリで検索エンジンを立ち上げた。先程まで明るい声はスマホに夢中で口からお留守になる。


 某私鉄にある千石葦原せんごくあわら線の終着駅にして、始発駅である千石港せんごくみなと駅に止まっている電車には眩しい朝日が差し込んでいた。夜通しの読書で疲れた目をその攻撃的な光で刺激しないようにそっとまぶたを閉じた。そのまま私鉄独特のふかふかのシートに身を沈める。ああ、今にも眠りに落ちそう。


「へぇー!殺される夢って吉夢きちむなんだ!新しい自分に生まれ変われるかもしれないって!あ!どうでもいいけど、吉夢ってキムチに似てるねー。 …って、ちょっと、さとる、きいてるのー?」


 朝からやかましい。まぶたのように外界からの刺激をシャットアウトするような器官が耳にもあればいいのに。


「……聞いてるよ。俺、徹夜明けなんだよね。ちょっと寝かせてよ。」

「もう!そんなこと言っても次の駅ですぐ降りるからそんなに寝れないよ?」

「その些細な時間だけでも睡眠時間として割り当てられたら授業中の俺がその分頑張れるんだからいいだろ。」

「そんなこと言いながら、結局寝ちゃうんでしょ。」

「うるせぇ。」


 そんなやり取りをしていると、車掌が聞き取りづらいアナウンスで扉を閉める旨を告げ、ずっと開いたままだったドアが閉まる。発車の合図が響く。程なくして、ゆっくりと2つの連なった車両が動き出し、千石港駅を去っていく。そうして、電車は俺たちの住む千石町せんごくまちから都道府県の県庁所在地へ向けて出発した。


 県立の千石せんごく高校は俺たちの住む海沿いの町から最寄りの千石港駅の隣、千石せんごく駅から徒歩10分のところにある。毎朝、絵理と俺は千石港駅の駅前に集合してこの電車に乗り、千石駅で降りてからは徒歩で高校に通っている。俺たちはこの生活を小学生の頃から数えて約10年半も続けている。千石駅から歩く道のりは小学校、中学校、高校と行き先を変えるごとに変化してきたが、電車で隣に座る絵理の横顔はずっと変わらなかった。きっと、高校を卒業するまでこの光景はずっと変わらないのだと心のどこかで俺は思っていた。

 先程の夢の話はどこへ行ったのか。絵理はいつもの調子で勝手にしゃべり続けている。その様子を見て、俺は呆れながらもう一度目をとじた。電車の揺れは心地よく俺を眠りの淵へ運んでいった。

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