あの日、雨が降らなければ

為近(ためちか)

吉夢、あるいは

 目が覚めると、私は私の上に何かが覆いかぶさっていることに気が付いた。


 部屋は薄暗く、ものの輪郭がぼんやりと目で認識できる程度であった。レースカーテン越しに射してくる光は家の外の道路の隅に立つ街灯だけであることからまだ夜が明けていないことがわかった。カーテンが風で揺れているのを見て、窓を開けたまま寝てしまったことに気づき、不用心だったなと後悔した。そんなことを思っていると、ふいに強い風が窓から吹き込んできた。カーテンは先ほどとは打って変わって勢い良くひるがえり、街灯の光はカーテンを通さず、私の部屋に直射する。その光のおかげで私は上に覆いかぶさっている人物の顔をはっきりと目に焼き付けた。


 それは、––––––『わたし』だった。


 私と同じパジャマ姿の『わたし』は無表情で私の上に覆いかぶさっていた。私が『わたし』の顔を見たことにより、お互いの目が合った。私が目を覚ましたことに気づいた『わたし』は無表情をそのままに私の顔の横にある両手に載せていた重心を下半身へ移動させた。支える役割でなくなった両手は私の首へゆっくりと移動する。私の首まで行き着いた『わたし』の手にはぐっと力が込められ、私は『わたし』の手によって首を締められた。


「どうじっ…でっ……?」


 私は苦しくて、唸りながら『わたし』の手を掴み、必死に抵抗したが、『わたし』の手は決して緩むことがなかった。私の視界は次第に狭くなり、口からは唸り声ではなく泡がぶくぶく噴き出していた。私は遠くなる意識を必死に保とうとするが、『わたし』の圧倒的な力に為す術もなかった。

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