第6話 裏

 昨日初の本戦を終え、疲れを隠せないクラスメイトが多数いる。だが、今日から本格的に授業が始まる。そして、おそらくこのクラスのほぼ全員が苦手であろう科目。体育がある。


 この学校の授業構成はこうだ。


一時間目 1時間半


二時間目 1時間半


三時間目 フルダイブ実習(連続5時間まで)


 という感じになっていてその日によって1、2時間目の科目は違う。今日はその午前の1、2時間目が体育に当たっている。


「このクラスの運動神経ってどうなんだろうな。」


「まぁ、正直言って苦手な人多いだろうね。」


「そうだな。桜はどうなんだ?」


「私はこう見えて運動は好きだよ? 中学まで水泳部だったからね。まぁ、陸上でやる競技は苦手だけど……。」


「へー。意外だな。いや、そうでもないか?」


「優月くんは?」


「俺もそこそこかな。まぁ普通にできる程度だな。」


「そうなんだー。運動できるイメージだったけど。」


 俺たちはこの後もこんな話を続け、先生を待った。


 チャイムが鳴り、教室に先生が入ってくる。


「はーい。みんな揃ってる? 今日は号令省略でいいよー。」


 立つ準備をしていた連中が一斉に力を抜き、後ろから見ていてなんとも面白い状況だった。


「今日は初めての通常授業です。君たちは体育が初の授業ですね。皆さんちゃんと動きやすい恰好をしてきてますか?」


 周りを見るとちゃんとジャージであったりある程度動きやすい恰好になっている。


「では、皆さんにこのリモコンを渡すので腕に着けてBluetoothブルートゥースで接続しておいてください。」


 ここで、Bluetoothブルートゥースについて一応説明しておくと半径約10m以内であれば障害物があったとしても端末を無線で繋ぐことができる。この規格は割と古い規格ではあるが今でもよく使われる規格で、無線通信ではなくてはならない規格の一つだ。


 配られたものは腕時計型の端末でこれと言って特徴はない。これで一体何ができるのかはわからないが言われたと通り接続する。


 接続が済み色々仕様を確認する。


「さ、体育館に行くよー」


 先生はそう言って教室を出る。


「あの人、お堅い感じかと思ってたけどそうでもないよな。」


「そだね……」


***


「さて、すでに君たちのB・Eにあるソフトをインストールしてあるのでアプリランチャーから起動してみて下さい。」


 言われた通り今までなかった、名前のアプリを起動する。


 ほかのアプリと同じような起動画面だったがそれ以外は特に何も起きない。


「あの、先生。これって何の意味が?」


 俺は単純に疑問を持ち問う。


「まぁ、それはすぐにわかりますよ。では、優月くん、桜さん。前に出てください。君たちなら何とかなるでしょう。」


 その言葉の意味は全く分からなかったがとりあえず言われたと通りに前に出る。


「何があるってんだ?」


「何だろうね。」


 俺と桜は疑問を抱えたまま前に並ぶ。


 先生は何やらメニューを操作している。


「さ、頑張ってねー二人とも。」


「はい?」


「え?」


 先生がそう言った直後俺たちの装備はSoFのものとなっていた。


 これがMR技術。俺たちの視界に入る壁などにはテクスチャが貼り付けられ、もはや仮想世界同然となっていた。そして、この光景に見覚えがあった。


「まさか……。」


「嘘だよね? これ……。」


 俺たちの目の前にSoF第一エリア、AREA BOSS 《Wind keeperウインド・キーパー》が現れたのだ。


「どういうことだ? 先生。」


「この学校の体育はこの現実世界でモンスターなどと戦って運動してもらいます。そして君たち二人にはそのデモンストレーションをしてもらいます。君たちなら倒せるでしょう?」


 無茶言うなよ。とよっぽど言ってやりたかった。このモンスターは普通のBOSSモンスターとは違う。こいつは次のエリアに行くためのAREA BOSSだ。最低でも40人は必要なレイドボスだ。それを俺たち二人で倒せと? しかも、この現実世界で。


 上等だ。やってやろうじゃねぇか! ゲーマという生き物はどうしようもない生き物だ。こんな無理難題を突き付けられても、ワクワクしてしまう。本当にどうしようもない。


「さくら。行けるか?」


「勿論。」


定石セオリー通り行くぞ!!」


了解ヤヴォール!」


 《Wind keeper》の武器は刀。正確には真空刃かまいたちだ。


 俺の武器は少し長めの片手直剣。桜の武器は3本の刀だ。


 俺たちは走り出し、剣を鞘から引き抜く。桜も俺の横で一本目の刀を鞘から引き抜く。


 俺たちはそこから目を瞑り、敵の動きに集中する。


 この馬鹿みたいに広い建物だからこそできる戦法だ。見えない刃を飛ばしてくる以上、目を使うのは無駄でしかない。視覚情報をシャットアウトし、他の感覚に集中する。桜の呼吸。敵の動きすべてに意識を集中させ、動きを完全に把握する。


 《Wind keeper》は右腕に持つ刀を振り上げ、俺たちに向かって振り下ろす。

 その切っ先から真空の刃が放たれる。俺たちは最小の動きでそれを左右に避け、同時に高くジャンプし、《Wind keeper》の腹のあたりを斬る。すぐに後方に飛び、剣を構えなおす。


「「おお!!」」


 あたりからは歓声が上がっている。だが、まだ一撃加えただけだ。それにここはリアル。ここまで動けているのが不思議なくらいだ。


 俺は剣を中段に構え、さらに走り出す。


 俺が走り出したタイミングで桜も走りだした。


 桜はさらにもう一本の刀を左手で引き抜き、二刀流となる。


 俺は少しスピードを落とし、桜の後ろに着く。


《Wind keeper》はもう一度刀を振り上げ俺たちに向け、振り落とす。


 桜は一気にスピードを上げ二つの刀でそれを止め、弾く。俺はそのタイミングで前に飛び出し、剣を弱点である胸の宝石にめがけて突き刺す。宝石は砕け散り、HPが一気にレッドゾーンまで削れる。

 桜はパリィの体制から復帰し、すぐに攻撃に入った。蹲っている《Wind keeper》の目に向かって二本の刀を突き刺し、もう一本の刀を引き抜く。俺は反動で軽く負った硬直から解放され剣を引き抜く。そして、桜の隣へ飛び剣を構える。桜は刀を左手に持ち、俺と反対側に構える。呼吸を揃え、同時に地面を蹴る。《Wind keeper》の懐に入り同時に腹を斬り裂く。


 俺たちは勢いを殺すようにスピードを落とし、剣を払い鞘に納める。


 その瞬間《Wind keeper》は光の粒子となり爆散して消えていた。


 俺たちはそれを確認したとたんどっと疲れが体を襲い、その場に膝を着く。


「お疲れ様です。二人とも。流石はSoF最強ギルドの団長を務めていただけはありますね。」


「いくつかいいですか?」


「ええ。」


「まず一つ目、なんで俺たちはここまで動くことが出来たんですか? 仮想世界には及ばないもののそれに近い動きが出来た気がします。」


「仮想の認識を現実の認識に上書きしたからです。だから、脳が勝手に錯覚を起こし、脳の制御クロックが高くなったのです。人間の脳は本来の能力の10%しか使わないと言われています。ですが、仮想の認識を現実の認識に上書きすることでその能力はオーバークロックされ、本来到達しえない運動能力を発揮できます。もちろん、先に体の限界が来てしまいますが。」


「二つ目。このデバイスが触覚だったり、武器の重さだったり、モンスターに当たっているような感覚を腕に与えているのですね?」


「その通りです。そのデバイスのおかげで剣が物体に当たったときそこで実際に当たっているように腕に抵抗感を与え、武器を握っているような感覚を与えているのです。」


「なるほど。もう一つ。なぜ、SoFのモンスターがこの学校で使われているのです?」


「それは、言えません。ですが、君たちならある程度察しはついているのでしょう?」


「そうですね。」


「そこで休んでもらって構いませんよ。流石に私としてもやりすぎたと思っているので。」


「そうさせてもらいます。」


 俺達は体育館の隅にある、ベンチに腰を下ろす。


「なんか、すごかったな。」


「うん。」


 俺たちはさっきまで盲目の中、無言で意思疎通を図っていた。そのため、疲れが異常なまでに俺たちにのしかかっている。


「桜はどう思う? SoFとこの学校の繋がりについて。」


「うん。そうだね。SoFはおそらく、この学校の運営しているゲームなんだろうね。この学校に進学できる逸材を育てるために。」


「ああ。俺もそんな気がしてる。まぁ、それ以外は特に関係性ってないだろうけどな。でも、この学校に進学させることが一番の目的なのには変わりはないだろうな。」


「そだね。じゃなきゃ完全無料なんてありえない。それに、あの本戦を経験して一つ気になったことがあった。あそこって、本当に現実と見分けがつかなかったでしょ?」


「そうだな。」


「それにあの先生の言葉。すごく気になってるの。」


 ”生きて戻ってくるのよ”この言葉のことだろう。先生のあの言葉にはすごく深い感情がこもていた気がした。普通にあの言葉を聞いても正直なんとも思わないだろう。


「そうだな。あの言葉。あの言葉で俺たちは現実を突き付けられた気がした。」


「このリアルの授業では仮想認識を現実に。あの本戦では、現実認識を仮想に。」


「全く逆のことをやっているな。」


 改めて確認してみると余計にわけわからなくなってくる。この学校は一体何なんだ? 何の目的でSoFを作り出したんだ? なんのための戦争なんだ? と尚更謎が深まっていく一方だ。

 この学校には絶対に何かがある。俺はそれを確信した。


「桜。今後の試合。勝とうな。何としても。」


「そだね。停学なんてごめんだよ。」


「ああ。」


 俺たちは小型のモンスターと戦っているクラスメイトの動きを見ながら微笑し、その光景を眺めていた。


「ちょっといいかしら?」


 突然先生が俺たちを呼び出す。


 言われるがままについていった先は、よくわからないところにある部屋だった。


「さっきの戦い。本当に見事だったわ。正直びっくりした。これからの話は完全に秘密にしてほしいんだけど、守ってくれる?」


「その顔、真剣な話ですね。わかりました。」


「私も。」


 俺たちは顔を見合わせ、お互いの意思を再確認する。


「これは本当に極秘のことだから、絶対に誰にも言わないでほしい。まず、君たちが予想している通り。SoFはこの学校。正確には国がこの学校のために運営しているの。その目的は──」


「この学校に入学できる人間を探すためですね。」


「そう。その通りです。あのゲームはこの学校で研究した成果を世界に売り出すことででた収益で運営しているの。この学校は生徒たちが戦争を行って進歩させてきた技術を大金で世界に売って、日本の利益にしているの。でも、戦争をするのはそれだけの理由じゃない。」


「それは何となくわかってます。でもその理由って何ですか?」


「すみません。それはまだ 君たちに言うべきじゃありませんね。でも、この学校は間違った方向に進んでしまっているのは確かです。それを私は正したい。この学校を正当な純粋なVR技術を学ぶことのできる学び場にしたい。どうか、力を貸してほしい。君たちに迷惑が掛かってしまうかもしれない。でも 、私は……。」

 

 先生はその場で顔を下に向け涙ぐむ。


「先生。顔を上げてください。これ以上聞いたりはしません。俺たちにできることならなんでもします。もちろん、他のメンバーには言わないで最大限協力します。」


「私も。この学校、入ったときから違和感しかなかったんです。その違和感が何なのかがわかって良かった。今はそれだけで十分です。」


「ありがとう。ありがとう。優月くん。桜さん。」


「次の試合も絶対に生きて帰ります。約束します。」


「そだね。生きて帰らなくちゃね。先生のあの言葉。正直重いものを背負った気分にはなりました。でも、悪い気はしなかったです。」


「これからはさらに戦いも激化していきます。気を引き締めてくださいね?」


「「了解ヤヴォール!」」


 俺たちは統一した敬礼をして、意志を語った。


 これからもっと激化する戦い。それに不安と好奇心の入り混じるこの感情をどうしたらいいか正直わからない。でも、ここまで言われたからにはやるしかない。


 この後、俺たちは自主的にモンスターを召喚し授業に参加した。


 次の本戦のために………。


6話 裏 完











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