第4話 仮想と現実

 先日の訓練で各分隊間の連携が大体物になってきた。今日は初の本戦の日だ。


 俺は、ここに来て二回目の朝を迎え、支度をする。支度を終え、食堂に向かう。


「はぁ、なんか疲れたな。」


 俺は昨日の訓練の疲れを感じため息をうつ。


「おはよー優月くん。」


 後ろから聞きなれた声が聞こえ振り返る。


「おはよ、桜。」


「ん?なんかお疲れみたいだね?」


「ああ、昨日の訓練でみんなの団結力が高まったのはいいんだけどまとめるのにちょっとね」


「確かに、なんかギルド結成当初のこととを思い出すよね。」


 俺たちは食べるものを注文し、席に座る。


「今日の試合、どうする?」


「そうだな。まだ、あまり前には出ない方がいいとは思う。今日は上位学年の先輩たちから自営を守ることに専念した方がいいんじゃないかな。」


「そうだね。じゃぁ、今日の作戦会議で分隊の構成とか決めようか。」


「ああ、武器も調達しなきゃいけないしな。」


 俺たちは食事を済ませ、教室に向かう。


「本戦って確か、サーバーが違うんだよね?」


 ここで本戦に使われるサーバーについて説明をしよう。


 本戦のサーバーは学内のどこかに位置するスーパーコンピュータによって制御されており、その中には俺たちが入った世界のフルデータの世界が広がっている。


 破壊不能なオブジェクトは一切存在せず、すべては完全な物理演算によって制御されている。そして現在の主流の上位言語である推進型Propulsion Typeではなく、昔ゲームにおいて主流だったオブジェクト指向型のプログラムが動いているためすべての”物質”にはパラメータが与えられている。


 オブジェクト型は細かくパラメータを与えることが出来るため便利でああるが、フルダイブ型のゲームだとサーバーやクライアント側の端末が負荷に耐えられなくなるため現在ではあまり使われていない。そのため、推進型と呼ばれる、オブジェクト型のさらに先の言語が生まれた。


 とまぁ、ある意味ではもう一つの現実世界、別現実Another realityというわけだ。


「ああ、おそらくあのサーバーとは比べ物にならないだろうよ。」


「なんか、この学園って謎が多いね。」


「なんか、裏があると思うんだよなぁー」


 そんな話をしているうちに教室に着いた。


 しばらくして、先生が教室に入ってくる。


「はーい。ホームルームを始めるよー。」


「起立! 気を付け! 礼!!」


 俺はこのクラスのリーダーとしてあいさつをする。


 俺の合図で立ち上がり、みんなで統一した敬礼をする。


「着席!」


「皆さん、そろっていますね? では、今日の本戦に向けて作戦会議を行います。今回は私たちの領土を防衛することが目的です。新入生である君たちは先輩方のいい獲物です。そして、今回の戦闘で2年生のクラスが私たちの領土に攻め込もうとしていることがわかっています。そこで、君たちには先日組んだ編成で配置についてもらいます。」


 そう言ってマップを表示する。


 全体的に一定間隔で拠点の占領区域を囲む形で並んでいて、俺と桜の特別作戦班は占領区域内に配置されている。


「一ついいですか?」


 俺は席を立ち発言をする。


「何でしょう? 優月くん?」


「俺たちは区域内で何をすればいいのでしょうか? 特に俺の班は遊撃に特化した班です。自由に動けたほうが護衛をするには最適ではありませんか?」


「確かにそうですね。ですが、君たちは私たちの軍の言わば隠し刀。君たちがこの早い段階で暴れてしまうと今後の作戦に支障が出てしまいます。」


「なるほど。では、俺たちの班は基本武器を使って援護、という形でよいということですね?」


「ええ。流石ですね。君たちにはアサルトライフル、サブマシンガン、スナイパーライフルを使ってもらい、通常の戦闘を行ってもらいます。ですが、君たちはこのクラスの中の精鋭班に当たりますので、スナイパーは主に索敵と狙撃。それ以外は装置の護衛に当たってもらいます。」


「わかりました。」


 俺は席に座り、もう一度作戦を確認する。確かに、全学年が一斉に参加する本戦は入学したての俺たちはいい標的だ。何せ、楽に領土を広げることが出来るからな。


 ある意味この本戦は新入生に対する、洗礼のようなものなのだろう。だから、最初から攻めてくることがわかっているということだろう。今後の戦闘の参考になるかもしれない。しっかりデータの収集をしていこう。


 ***


 本戦開始まであと、2時間。

 俺たちはフルダイブポットで本戦のサーバーにログインする。


「「ブレイン・コネクション!!」」


 掛け声と同時に現実の視覚や聴覚などの体感覚が失われ、突入感に襲われる。少しすると体感覚が戻っていき、違和感がなくなる。


 俺はゆっくりと目を開けあたりを見渡す。


「な、んだ……これ……。」


 俺は驚愕のあまり言葉を失った。


 そこに広がっていたのは現実とは全く見わけの付かない、場所だった。明確に違う点を上げればそこら辺にホロディスプレイが浮いているくらいでそれ以外は現実と何ら変わりない。空気の香りすらも感じられるくらいに情報量が多い。


 よく言われている、現実と仮想の違い。それは、情報量の違いだと。


 現実では地の音、空の音、地の匂い、空気の匂い。そういった情報があるが仮想には存在しない。


 だが、この世界は違う。むしろこっちの方が情報量が多く感じるくらいだ。


 俺はこの衝撃にしばらく立ち尽くし、我に返る。辺りを再度見渡し冷静に観察する。


 やはりここは仮想世界だ。現実とは違う。何もかもが出来すぎている。


 現実と仮想の違い。それはやはり、情報量の差だったのだ。現実離れしたクォリティの世界。ついに仮想世界は現実を凌駕したのだ。


 俺は右手のこぶしを軽く握る。興奮のあまり、少し汗まで出てきている。


 俺はこの世界に、仮想世界に新たな可能性を感じた。


「凄いねこれ。本当に仮想世界なの?」


 後ろからの突然の声に少し体をビクッとさせ、振り向く。


「そうだな。これが仮想世界の行きついた最高レベルの世界なんだろうな。」


「うん。こんな世界で戦闘をするんだね。」


「ああ。正直怖いわ。」


「そだね。ここまでリアルだと、剣を握ったり銃を構えたりするだけでも少し腰が引けちゃうかも。」


「ああ。本当にこんなもの握っていいのかって疑問になるレベルだな。」


 あえて言わなかったが俺には怖いことがもう一つある。


 それは、仮想の認識が現実世界に持ち出されることについてだ。


 今までは、明確な違いが仮想世界と現実世界にはあった。だが、それがもはやないに等しい状態になってしまった。


 そのせいで現実と仮想の堺が曖昧になり、現実世界に仮想世界の認識を持ち込んでしまう危険がある。


 俺は少し考え込み、黙り込んでしまう。


「どうしたの? 月影くん?」


 俺の顔を覗き込むようにして俺に問いかけるさくら。


「あ、ああ。すまん。少し考え事をな。」


「なんかあったんだったら私に教えてよ? あまり一人で抱え込んじゃだめだからね?」


「わかってるよ。ありがとう。」


 俺はこの恐怖を頭の片隅にしまい込み、一歩前に出る。


「さ、行くぞ。さくら。ここからが本番だからな?」


「わかってるよー」


 俺たちは全員が揃うまでホロディスプレイの前でみんなを待つ。


「さ、みんな集まったな? 早速だが、まずは武器などを用意しなければならない。各分隊に分かれて、必要な武器を手配してくれ。」


 俺がそこまで言い終えると、後ろから先生が現れる。


「少し待ってください。その前に君たちに朗報です。」


 先生のその言葉に少しざわつく。


「今日から、君たちが今までいろんなゲームで使ってきたアカウントをコピー使用できるようになりました。なので、ステータス、ストレージなどをこの戦闘を含め授業で使うサーバーにコピーできるようになりました。」


 その言葉に少々疑問を浮かべるクラスメイト。俺はクラスメイトの代表として質問をする。


「それはつまり、今までやってきたVRゲームのステータスをこっち側でも使えるようにし、かつそのゲームで持っている武器を使えるということですか?」


「その通りです。つい昨日、日本で運営されている全ゲームのプレイヤーデータを揃えることが出来ました。なので、今日からすべてのゲームからのプレイヤーデータの共有が可能になったのです。」


 俺たちは俺たちのクラスが保有する領域内にある、司令部基地のコンソールから手続きをした。


 詳しく内容を説明すると、他の仮想世界で使っていたキャラクターの容姿、ステータス、ストレージをこの世界のフォーマットに変換し使えるようにするということだった。アイテム類は一切引き継げないが、武器、防具類は引き継ぐことが出来る。


 何より運動能力に影響を及ぼすステータスである、敏捷力、筋力、正確さ、三次元機動力などのステータスを引き継げるというのは本当に助かる。


 この世界のステータスに違和感を持っていた俺にとっては使い慣れたステータスを使えるのは本当にありがたい。


「では、改めて作戦概要を説明します。」


 A、B隊は俺たち特別作戦班。俺たちは領地内の中央にある占領装置の死守だ。これを取られてしまったら、俺たちはこの学園を去ることになる。なぜなら、国が一つなくなるのと同じことで、クラスの持つ領地が全て無くなれば俺たちはいる場所が無いわけだ。そのため今回の作戦は絶対に失敗できない。


 そして、他の分隊は半分はこの領地より外側で待機、並びに索敵。スナイパーを中心とした狙撃部隊だ。あえて街の中に侵入させ、後ろから狙撃、強襲してもらう。


 もう半分の分隊は占領装置より少し外側に待機。残党を排除してもらう。絶対に一人も欠けてはならない。


 そしてこの本戦のルールには、ある規制がある。まず下位学年の領地に攻める場合。最大、10人までしか攻めることが出来ない。そして、そのクラスの領地が一つしかない場合、そのクラスに宣言しなくてはならない。

 さらに、領地が一つしかないクラスは二回連続攻められることは絶対にない。システム的に守られているのだ。これには抜け道は一切ない。

 一度でもその領地に自軍以外のプレイヤーが侵入した瞬間次の戦闘時の占領装置が機能しなくなる。そして、それをもし破ったとしても学校側で無効処理となり、それを行ったクラスの二回分の試合の出場を停止する。 

 その間、そのクラスの占領装置は普通に動作するため、全クラスの格好の的となる。


「では、配置についてください。10分後、戦闘が開始されます。開始と同時に索敵を開始し、いち早く敵を見つけてください。」


 俺たちはその合図で司令部基地から飛び出し、配置に就く。


「俺はそこのビルの5階に潜伏する。ゼロさんは左側のビル屋上に待機してくれ。」


了解ヤヴォール。」


 俺はあえて、スコープを外に向けておく。そうすることでスコープのレンズに反射する光で相手にわざと俺を見つけさせる。俺に気を取られている隙に、ゼロさんに狙撃してもらう。普通おとりの近くにはメイン狙撃手を置くなんてことはしない。その固定概念を崩すための作戦だ。


「本戦開始1分前。気を引き締めて!! あなた達はここで終わるようなたまじゃない。”生きて戻ってくるのよ”」


 先生の声はいつもとは全く別物だった。これは戦場だ。これは現実だと、突きつけてきた。


 一体なんだ? この感覚は。なんだこの感情は。俺は”生きて戻ってくるのよ”という言葉に畏怖すら感じた。


 その言葉でここは仮想世界から一瞬で戦場へと変わった。俺は固唾をのみ、気合を入れる。


「本戦10秒前!!」


 カウントダウンが始まる。


「5!」


 一秒一秒が数十秒に感じられるほどに高まる集中。


「4!」


 ”生きて戻ってくるのよ”その言葉の意味。


「3!」


 それは俺にはわからない。


「2!」


 だが、この初の本戦。絶対に負けられない。


「1!」


 ゲーマーとして、1ギルドの団長として。1クラスのリーダーとして……。


「作戦、開始!!」


 絶対に!!



4話 仮想と現実 完







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