第34話 工房

「パーサーくん。貴方ね、スパナとレンチぐらい違いくらい解りなさい」

「・・・すみません」


 リリスの課題という名目の手伝いを強要されてパーサーは今、教会の工房に連れて来られている。

 最初、連れて来られた時に何をすれば良いかわからずに困惑していたが、リリスが矢継ぎ早に指示を出してパーサーは工房内を右往左往するはめになった。

 ちなみにパーサーは今、工房に来たときに渡された灰色のツナギを着ている。


「パーサーくん、次にそこの時計を組み立ててくれるかしら?」

「わかりました」


 工房には色々な故障した機械が持ち込まれており、小さいのでオルゴール、大きいので動力馬車などが修理されるのを待っていた。


「え~と、この部品がこの位置で、この歯車と歯車を合わせて・・・」


 パーサーは早速、工房の片隅の机に座り、リリスから渡された『時計の基本的な組み立てと分解』という資料を読みながら、時計を組み立てて行った。


「まったく、小さい針を二本動かすだけで何でこんな複雑な仕組みがいるんだ?」


 パーサーは改めて機械の複雑さを感じる。

 初めにリリスが教えてもらった通り、全ての部品が一つも残らない様に注意しながら、虫眼鏡で組み立てる。


「あら、流石にラビは手先が器用ね」


 そこに一人のシスターがパーサーの手元を覗き込んで来た。


「えっと、貴女は」

「あら?自己紹介してなかったかしら?私はメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーよ」

「そうでした、すみません。シスター・シェリー」


 パーサーは彼女の名前を呼んで謝罪する。

 シェリーはこの教会のシスターでリリスが引きずって来たパーサーに最初は驚いたが、直ぐにパーサーを受け入れて工房に押し込んでくれた人だ。

 ちなみにパーサーがラビの学生だと聞いても普通に接してくれている。


「そろそろ、お茶にしない?パーサーくん、シスター・リリス」


 彼女はそう言って工房中央の机にティーセットを置いた。

 お茶菓子にマフィンを作ったのよと朗らかに笑った。


「メアリー、私はちょっとこのでか物を終わらせて頂くわ。パーサーくん、先に休憩してなさい」


 動力馬車の下から、リリスが声を挙げるとメアリーはお茶が冷めない内に終わらせてねと声を掛けた。

 そして、改めてパーサーにお茶に誘った。


「シスター・シェリー、頂きます」

「どうぞ、召し上がってマフィンは自信作なのよ。あと、私の事はメアリーって呼んで」

「僕はラビ何ですが、良いんですか?」

「勿論よ。私は別にゴーレムとかラビとかに偏見は無いし、専門は違っても同じ技術者ですもの」


 そう言ってメアリーはパーサーに笑顔を向ける。


「そんな事を言ってくれるのは、この街でシスター・メアリーだけですね」


 率直な感想を言ってパーサーは紅茶を一口啜ると紅茶の甘味が口に広がり、思わず美味しいと呟いた。


「フフフ、ありがとう。お代わりは持ってきてるから遠慮しないでね。それと昨日は大変だったみたいね」

「ハァー、この街の人が皆、シスター・メアリーみたいな人だったら良かったんですが」

「しょうがないわよ。この街で一番、幅を利かせてるのはボンクラな男どもなんですから」


 ちょうど、動力馬車の修理を終わらせたのかリリスが机に腰かけてメアリーの紅茶を油の付いた手で持った。


「シスター・リリス。お行儀が悪いですよ」

「大丈夫よ、ここには私と貴女、パーサーくんしか居ないからね。それより、この街のボンクラの事よ!パーサーくん、聞きなさい。この街には牧師派の教会もあるのよ。常に女は男の為にあるものだなんてカビ臭い常識に囚われたね」


 まったく馬鹿言ってるんじゃないわよと愚痴って紅茶を一気に飲んでしまった。

 結構、熱かった筈なのにとパーサーは少し驚いているとリリスは更に男尊女卑がいかに愚かなのか演説し出した。


「女性は男性の下僕では無いのよ。女性と言うだけで能力が劣っているなんて、ナンセンスよ。場合によっては女性の方が男性よりも優秀な事も多いのよ。女性は常に男性と肩を並べて社会にで生きて行かなくてならないの!その点、パーサーくんはちゃんと女性を差別しないで上手く接しているから評価出きるわ」


 貴方の爪を煎じてボンクラ牧師連中に飲ませたいわとリリスは愚痴る。


「まあまあ、シスター・リリス。落ち着いて、パーサーくんもご免なさい。一度、この話題になったら昔から彼女は止まらないのよ」

「いいえ、僕は大丈夫です。それより、リリス先生は昔に男性と何か合ったんですか?」


 苦笑してパーサーが聞くと二杯目の紅茶を注いでいたリリスが大きく溜め息を吐いた。


「合ったなんてもんじゃないわよ!パーサーくん、聞いてくれるの?私の元旦那の話」

「結婚してたんですか!?」

「遠い昔だけどね。父親が決めた結婚で初めは顔も良いし、良かったんだけどアイツがとんでもない亭主関白で、それに傲慢で一緒に寝るときだって私が上になりたいと言ったとき自分が常に上でお前はずっと下にいろとか怒り出すし!」

「シスター・リリス。パーサーくんは未成年ですよ」


 メアリーに言われてリリスが見ると耳まで赤くなったパーサーがところなさげにしていた。


「あら、ごめんなさい。まだ、貴方には早い話だったわね」

「い、いえ!そっ、そんな事は、あの、その」


 その様子にリリスとメアリーは笑いを洩らした。

 そのとき、扉から乱暴にノックする音が工房に響いた。


「うっさいわね」

「シスター・リリス、私が見てきます」


 メアリーは扉に近づき、開けると老婆が息を切らせて入ってきた。


「マウロー婦人、いったいどうしたんですか?」

「シスター!大変、大変なんです!」


 興奮して話す婦人をメアリーは工房の椅子に誘い、座らせるとリリスが水を持って来て婦人に渡した。

 婦人は一息で水を飲むと落ち着いて来たのか一度、深呼吸をして話し出した。


「シスター、大変なんです!私は公園で散歩をしていたんですが、そこに神学校の学生さんがゴーレムを連れて歩いていたんですよ!」


 パーサーとリリスはマリアの事だと気づいて婦人の話の続きを聞いた。


「珍しい事だと私は見てたんですが、そこに目付きの悪い牧師様が表れて唐突にその学生さんを怒り出したんですよ!しまいには何か鋭い物を学生さんに渡してゴーレムを壊せだなんて怒鳴って、可愛そうにその学生さんはすっかり怯えてしまって!私、あの学生さんを助けてあげたくてね。ここに知らせに走ったんですよ!どうか、あの可愛そうな学生さんを助けてあげて下さい!」


 そう言って頭を下げる婦人にメアリーは心配しないで下さいと慰めてリリスとパーサーの方を向いた。

 しかし、工房には二人の姿は消えており、扉が大きく開け放たれていた。

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