第32話 マリアとクラーディ

マリアはどうすれば良いか困っていた。

 先程の話し合いの結果、パーサーはリリスに引きずられる様に教会の工房に連れていかれて、クラーディと二人っきりになってしまっていた。


「あっ、あの!」


 マリアは意を決して話掛けてみようとしたが、硝子の瞳が自分の方に向かうとどうしても身体が萎縮してしまい上手く話す事が出来なくなってしまった。

 マリアはwaxworkのその人工的に作り出されたその瞳が怖かった。


 物では無く、


 人でも無い。


 その存在は確かに有り、人の命令を思考し、実行するが魂は無い。

 貴方はいえ、貴方達は何なのか、生き物なのか、道具なのか、主の創造物なのか?


(私はどうしてこうなんだろう?クラーディは何も悪くないのに、ゴーレムだからって怖がってしまったら、失礼な事なのに)


 全てのモノに慈愛と良心で接する事を旨とするシスターとして、これでは失格だと思うと自分が情けなくなる。

 クラーディと眼を合わられずにうつ向いてしまったマリアは不意に向かいにクラーディが座る気配を感じて顔を上げる。


「?」


 するとクラーディは何故か眼をナフキンで隠して座っている。


「クラーディ?」


 意味が判らずにマリアがクラーディの名を呼ぶとクラーディは答える様に軽く手を振る。


(あっ、もしかして)


 クラーディは自分の硝子の瞳で見られるのを怖がっているのに気づいて自ら眼を隠してくれたのだとマリアは思い至った。

思えば、先程からいや、クラーディと会ったときから彼の瞳が目に入らない様に視線を外していたのだ。

これでは嫌でも相手は気付いてしまう。


「クラーディ。私は大丈夫ですから、ナフキンを取っても良いですよ」


 クラーディに気を使わせては申し訳ないと思いマリアはそう言うがクラーディは首を横に降って取ろうとはしない。


「でも、眼を隠していては不便じゃないですか?」


 心配してマリアは聞くが、クラーディは大丈夫と言うようにトンと自分の胸を叩いた。

 その拍子にナフキンがずれて片眼が出てしまい、その様子が何だが可笑しくなりマリアはプッと笑ってしまった。

 ゴーレムを怖がっている筈の自分がゴーレムで笑ってしまうなんて不思議な感じがした。


「本当に大丈夫ですから、クラーディ。一日中、喫茶店にいても、つまらないですから街の散歩でもいきますか?」


 マリアがそう言うとクラーディは立ち上がり、スッと腕を差し出した。

 どうやら、エスコートしてくれるみたいだ。

 マリアは差し出された腕を見ておそるおそる手を出すが触れる寸前で手が震え出してしまい、手を引っ込めてしまった。


「・・・ごめんなさい」


 クラーディは気にしていないと言うように首を振り、マリアが立ち上がり安い様に道を空けた。






























 マリアとクラーディは喫茶店から出てブラブラと街の公園を歩いていた。

 その間もマリアは何とかクラーディに慣れようと積極的に話掛けて、クラーディは一言一言に相づちをうって答えていた。

 通りすぎる人々は教会の神学生がゴーレムと共に歩いている姿にギョッとして注目するが、パーサーの時とは違って誰も不躾に嫌な視線を向けることはない。


「クラーディ、あれを見て下さい!あの公園の中央にある井戸なんですが、この街が出来たときに初めて導入した水を汲み上げる装置でポンプって言うんです!この街は最初、港が発展するまでこの井戸を中心として栄えて行ったんです!」


 今では街のシンボルになっているんですよと嬉々として説明するマリアにクラーディはフンフンと首を上下に振る。

 最初は上手く話すことが出来なかったマリアだったが、クラーディの存在に慣れてきたのか普通に話せる様になって来ていた。


(もしかしたら、このまま普通に接することが出来るかも)


 それからも主に機械関連の話題をマリアが話していると一人の白いローブを着た男性がマリア達の前に立ちはだかった。


「牧師様、こんにちわ。あの、何かご用ですか?」

「ご機嫌よう、君は神学生の娘だね?」

「はい。私は聖ヴァチカンの神学校二年生マリア・リベラと言います」


 マリアはその男性が教会の牧師だと気付くと両手を組み合わせて軽くお辞儀するシスターの挨拶をした。

 対する牧師は片手で印を切る教会の礼をする。


「先程、私の教会に敬虔な信徒から神聖な神学の徒がゴーレムと共に居ると通報があってね」


 最初は何かの冗談かと思っていたが本当とはと、牧師は大袈裟に手を額に当ててマリアを咎める様に睨み付けた。

 唐突に告げられたマリアは動揺してしまった。


「ブラザー、私は」

「何も言わなくても良い、リベラ聖徒。君も何か事情があるのだろう。しかし、どんな事情があっても主に仕える者がゴーレムと共に歩いているとは嘆かわしいことだ」


 ゴーレムは不浄な物、それを君も解っているのだろうと牧師はマリアを問い詰める。


「土は土に還さなければいけません。ゴーレムは見つけ次第、壊さなければなりません。さあ、これでそのゴーレムを元の姿に戻しなさい。大丈夫、どんな事情があろうと私が奴の持ち主に説明してやるから」

「そんな!」


 いきなり、牧師は懐からアイスピックを取り出してマリアに押し付けてきた。

 マリアは顔を青くしてアイスピックを牧師に押し戻そうとする。


「待って下さい!私はそんな事出来ません!」

「例え、学生の身分とはいえ、主の伝道師たる者が出来ないとは何事か!主の意思に反すると言うのですか!」

「主はすべてを尊ぶことを望まれています!例えゴーレムであっても、この世に生まれたならば、いきなり滅するなんて間違ってます!それこそ主の意思に反しています!」


 牧師の怒りに恐怖を覚えて身体が震えるがマリアは反論した。

 二人の周囲には牧師の言う通りだとヤジを飛ばしたり、マリアを心配そうに見つめたりする人で人垣が出来はじめていた。


 何故、私はゴーレムを庇うのだろう?


 クラーディがパーサーのゴーレムだからか、クラーディに好感が芽生えてきたからか、それとも牧師の一方的な教義こそが間違っていると思ったからなのかマリア自身も分からなかったがどうしてもクラーディを壊させてはいけないとマリアは思った。


「シスターの、それも半人前の分際で私に反論するとは!」


 突然、牧師は怒りに任せてバッと手を挙げてマリアの方へと振るった。

 マリアはぐっと歯を食い縛り、牧師から眼を反らさずに見詰めた。

 眼は剃らさない、私は間違った事は言っていないと言う思いを込めて牧師の暴力を受け止めようとした。

 しかし、牧師の手がマリアの頬に当たる直前にクラーディがマリアの前に進み出て牧師の腕を掴んだ。

 そして、ゴーレム特有の握力で牧師の腕を締め上げだした。


「あっ、あああああ!はっ、離せ、ゴーレムめ!」


 痛みのあまり牧師が叫ぶが、クラーディは更に力を入れ出したのか牧師の腕から軋む音が鳴り出した。


「ぐぅ、くそ!」


 牧師がアイスピックを握っている腕でクラーディの頭を刺そうとするが、ゴーレムではあり得ない俊敏な動作で牧師の手を掴み、力を入れて握り締めて牧師の手からアイスピックを落とさせる。


「あああああ!誰か、このゴーレムを、悪魔を止めてくれ!」


 叫び声が絶叫に変わり出し、助けを求め出した牧師だったが、人垣からは誰も出てこようとしない。

 見た目が華奢な少年が大の大人を締め上げている姿に人垣の中には聖句を唱えている者がいたり、仕切りに視線を剃らしたしており、皆がクラーディを怖がって牧師を助けだそうとする者は居るはずもなかったのだ。


「クラーディ、辞めてあげてください。主は暴力を最も忌避します」


 そんな中、クラーディの手の上にマリアが手を置き、優しく話掛け出した。


「クラーディ、貴方は私を護ろうとしてくれているんですよね。ありがとうございます」


 クラーディは顔をマリアに向けた。

 クラーディの硝子の瞳が自分に向けられたときにマリアはクラーディの瞳の中にマリアへと向けられた気遣う気持ちと牧師への怒りの感情を感じた。


「さあ、手を離して下さい。私は大丈夫です」


 クラーディには感情がある。

 マリアはそう確信して普段、リリスが多くの人に対して教会の信義を講話する姿を思い浮かべて優しい口調で話掛けた。


「暴力は何も生み出しはしません。クラーディ、貴方なら、分かりますね」


 マリアの説得にクラーディはパッと両手を離した。

 牧師は転がる様にクラーディから距離をとると一目散に逃げ出して行った。


「クラーディ、もう暴力は駄目ですよ」


 マリアはクラーディの手をそのまま、両手で握るとしっかりと視線を合わせてクラーディに話掛けた。

 クラーディは首を上下にも横にも振らずにただ傾げて返答した。


「そこの君!」


 不意に人垣から、人が表れた。

 また、牧師が来たのかとマリアは身構えたが出て来て人物はクラーディを見るとやっぱり君かと声を掛けてきた。


「貴方は?」

「僕はヴィクター。君はパーサーが話していたマリアだろ?ここは人が多くなって来ている。またトラブルになるかもしれない。僕に付いてきて!」




 ヴィクター。




 確か、パーサーを泊めてくれているラビの方だと覚えていたがマリアはこの人に付いて行っても大丈夫だろうかと思案した。

しかし、クラーディがマリアの手を引き大丈夫と言うように頷いた事でマリアは決心してヴィクターに付いて行く事にした。

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