第31話 課題

「さあ、狭いが我慢してくれ」


 元が教会とだけあって本来は中は広々としていたのだろう。

 今は家主たるヴィクターが言った通り、本や何に使うの分からない鉄の塊や銅線、果てに複雑に歯車が組み合わされた機械が置かれており、何処を歩けば良いか迷ってしまう。


「クラーディ、足元に注意してって、クラーディ!」


 なるべく物を踏まない様にヴィクターに付いて行くパーサーだったが、後ろにいるクラーディを心配して声を掛けるが一足遅く、振り向くとクラーディは銅線の塊に絡まっていた。


「おっと、大丈夫かい?あららら、また器用に絡まっているな。ちょっと待てっていてくれ」


 先頭のヴィクターがヒョイヒョイと馴れた様に機械の間を通り、クラーディに近づいて懐からニッパーを取り出して銅線を切り救出した。


「ありがとうございます、ヴィクターさん」

「いや、良いよ。整理整頓してない僕が悪いんだから、ここにあるのは単なるガラクタだから気にせずに踏んで行っても良いよ」


 なんて事ない様に言ってヴィクターはクラーディを立たせて奥の部屋へと案内した。

 奥の部屋はパーサー達が通って来た廊下より、幾分かマシに整理されていた。


「元は助祭の牧師ブラザーが使っていた部屋なんだが今は客室として使っているんだ。この街にいる間はここを使うと良い」

「本当に助かります!ヴィクターさん」

「そうそう。僕は基本、二階の実験室で生活してるんだけど、二階には上がらないでくれ。もし、用があれば階段にベルがあるから知らせてくれ」


 パーサーは素直に分かりましたと答えたが、本音はヴィクターが作っているゴーレムを見学したいと思った。

 それに気付いたのかヴィクターは笑顔で研究はもうすぐ完成すると言った。


「研究が完成してゴーレムを作くるときにパーサー、立ち会ってもらえるかな?」

「えっ!?良いんですか!」

「勿論!この街で同じラビに会ったのも何かの縁だからね!」


 それから、パーサーは夕飯にシチューを持ってきて夜遅くまでゴーレムの話題で盛り上がった。

















 次の日、パーサーは起きると部屋の清掃をしてたまたま一階に居たヴィクターに出掛ける事を伝えてクラーディと外に出た。

 そして、マリア達の泊まっている教会の向かいの喫茶店に行くとリリスは新聞を片手にマリアは紅茶を啜りながら先に待っていた。


「リリス先生、マリア、お早うございます」

「パーサーくん、お早うございます。昨日は大丈夫でしたか?」

「マリア、大丈夫だよ。中々、ホテルは見付からなかったけど、良い人に出会えて泊めてもらってるんだ。だから、心配しないで」


 パーサーは心配そうに言ってきたマリアにそう答えると席に座り、トーストとスクランブルエッグを注文した。


「あら?ラビを泊めるなんて、奇特な人がこの街に居たの?」

「はい。僕と同じラビが居て話掛けてくれたんです」

「それは珍しいわね。この街にラビが居るなんて」


 パーサーは昨日の顛末を説明するとリリスはこの街にラビが居たなんて初耳ねと驚いた。


「なるほどね。その人のゴーレムは機械知識が必要なのね。中々、興味深いわね」

「そうなんですよ!ヴィクターはもうすぐ完成すると言っていました」

「そうなの。そうそう、興味深い話と言えばこの前の脱線事故のことで面白い事が新聞に載っていたわ」


 リリスは読んでいた新聞をパーサーに渡し、パーサーは新聞の一面を読んだ。

問題の記事はバウンティ号の反乱と題した自分達の乗って来た船の沈没を知らせる記事の直ぐ下に大きく取り上げられていた。







《聖都ヴァチカン行き、快速が脱線事故!乗客の一人が決死で徒歩で港まで知らせに走る!!

 昨夜、発生した脱線事故で列車は山岳部で事故の連絡が出来ない状態で乗員乗客含む40名が孤立していたが、男性の勇気ある行動で早期に救出が出来た。

 また、徒歩では二日は掛かる距離を男性はたったの一日で走破しており我々は男性の体力と気力に驚嘆と称賛を禁じ得ない。

 男性は現在、街の病院で療養中であり、街は男性に感謝状を授与する事が決まった。

 なを、鉄道の復旧の見込みは一~二週間掛かる見積りだ》




「二日を一日で・・・この人はゴーレムだったんじゃないですか?」

「きっと、主のご加護があったんですよ」


 まったく突拍子もない話だ。


「面白いでしょ?人間は追い詰められたり、何か目的があったら、誰もが思いもつかない事を成し遂げる可能性を秘めている。実に興味深い事だと思うわ。さて、本題に入りましょうか?私達は最大で二週間はこの街から出られない。その間、ただ待っているだけでは勿体無いわね。そこで二人には私が課題を出しましょう」


 突然、課題と言われてパーサーとマリアは戸惑いの表情を浮かべた。


「あのもしかして、簡易な動力を使用して何か物を工作すれば良いですか?」

「リリス先生、マリアはともかくラビである僕に課題って何をやらせる積もりなんですか?」


 二人同時に質問してリリスは話の続きを聞きなさいと注意する。

 そして、まずはパーサーくんと呼ぶ。


「貴方にはこの街にいる間、機械について学んで貰おうかしら」

「僕が機械について?リリス先生、僕の専門はゴーレムですよ!機械の知識なんて必要ありませんよ!」

「パーサーくん、これは前に言った。視野を広げる機会なのよ。確かに貴方はラビだけど、機械の事を知っていても損はないわよ。貴方の下宿先のラビも機械を使って新しいゴーレムを作ろうとしているみたいにね」


 そこまで言われてパーサーも反論出来なくなってしまった。

 リリスは続けて心配しなくても私への依頼で持ち込まれる機械の修理を手伝ってくれれば良いわと話した。


「そして、マリア。貴女はゴーレムに少しでも慣れなさい」

「えっ!?」


 途端にマリアは表情が少し、強張ってしまった。


「良い、世界はまだゴーレムが主流なのよ。機械はまだ発展途上で世の中、ゴーレムで溢れているの。貴女もこれからヴァチカンに引き込まないで世の中を見て回らないといけないわ。その為にもゴーレムに慣れておきなさい。ここにはクラーディが居るんだし、良い機会よ」

「あっ、あああ、あの私は、その・・・・がっ、頑張ります!」


 見ていて可愛そうなくらい震え出したマリアにパーサーは大丈夫、心配しないでと声を掛けてクラーディに小声でマリアが怖がるからあまり近づき過ぎない様に命令した。


「これで無闇にクラーディがマリアに近づいては来ないから、まずはこのくらいの距離で慣れれば良いよ」

「ごめんなさい、パーサーくん」


 気にしないでとパーサーが言おうとしたときにリリスはあら、ダメよと声を発した。


「そんなチマチマして居ても二週間なんてあっという間よ。クラーディ、貴方の好きなようにしなさい」


 その命令にリリス先生はゴーレムには詳しく無いなと内心、苦笑する。

 何故なら、ゴーレムは具体的な命令でないと動かないからだ。

 いくらクラーディでも自分で好きにしろなんて命令は理解出来ずに動かないだろうと思っていたが、クラーディはスッとパーサーの隣から立ち上がった。


「クラーディ?」

「!!」


 ポカンとパーサーがクラーディを見ているとクラーディはそのまま厨房に歩いて行き、数分後にティポットを持って席に戻って来た。

 そして、マリアの隣に立ち止まると優雅な動作で紅茶のお代わりをカップに注いだ。


「えっ!?あっ、あああ!あり、あり、がとうございます!」


 少し、涙目になりつつマリアがお礼を言うと胸に手を当てて軽くお辞儀してマリアの隣にまるで、執事用waxworkみたいに立ったまま待機する。

 どうやら、パーサーの隣に戻るつもりは無いみたいだ。


「・・・何で?」


誰もウェイターをしろなんて命令していないにも関わらず、好きにしろと言う不透明な言葉だけで勝手に動くクラーディにポカーンとした表情で一言、パーサーは呟いた。

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