第29話 悪いニュースと悪いニュース


 人の営みは国や人種まして、宗教が違っていても変わらない。

 馬車で港町の中心部近くのシスター派の教会に到着したパーサーは向かいの喫茶店の一角でゆっくりとコーヒーをすすって周りの様子を監察していた。

 喫茶店の中では本を広げ、ノートにペンを走らせる学生風のお客に女性の店員に話し掛けて気を引こうとするお客など、パーサーの学校の近くにある喫茶店と変わりない風景があった。

 違う事があるとするなら、ウェイトレスは人であるという点と明らかに店員を含めてお客もパーサーとその隣に座るクラーディから距離を置いている事ぐらいだった。


「コーヒーはどうですか?」


 ぼんやりと観察をしていると向かいに座るマリアがにっこりと訪ねて来た。


「久しぶりに飲んでるけど、中々おいしいよ」


 パーサーはマリアの笑顔に答えてカップをソーサーに置いた。

 そして、はっと気付いた。


(お洒落な喫茶店でマリアと二人っきり・・・この状況って!つまりは、デッ、デート!)


 意識し出したパーサーだったが、不意に隣から視線を感じた。


「そうだったね。君も居たんだよね、クラーディ」


 パーサーは溜め息を付いて呟くとクラーディはようやく、自分の事を思い出したかと言う風に首を上下に振った。


「みんな、待たせたわね」


 しばらくパーサーとマリアが雑談していると店にリリスが入ってきてそのまま、マリアの隣に座った。

 そして、直ぐにウェイトレスが来てリリスの注文を聞くと一分もたたない内にコーヒーが運ばれて来た。


「ありがとう。貴女に主のご加護を」

「ありがとうございます。シスター様」


 リリスがお礼を言うとウェイトレスは深くお辞儀をして戻っていく、まったく自分の時とはサービスが違うんじゃないかとパーサーは呆れてしまった。


「さて、取り敢えずはパーサーくんに聞きたいんだけど、良いかしら?」

「何ですか?」

「貴方を送り込んだ、教授のお名前を伺って良い?」

「ウィルソン。ロバート・ウィルソン教授です」


 パーサーはリリスの質問にすぐ答えた。

 リリスはそうと呟いてコーヒーに口を付けた。


「パーサーくん。私達にとって悪いニュースと貴方にとって悪いニュースがあるんだけど、どちらを先に聞きたいかしら?」

「いっ、良いニュースは無いんですが?」


 良いニュース、あえて言えばここのコーヒーが美味しいことかしらとリリスは答えてパーサーにそれでどちらを先に聞きたいのと質問した。


「それじゃ、私達にとって悪いニュースからお願いします」

「そう、私達にとって悪いニュースはしばらくこの街から離れられない事よ」

「離れられない?」

「リリス先生、どうしてですか?」

「列車の脱線事故よ」

「「えっ!!」」

「幸い、死者は出なかったらしいけど、復旧には数日は掛かるそうよ」


 死者は居ないという事にマリアはホッとした様子だった。


「問題は、その数日の間に私とマリアは教会に泊まるけど、パーサーくんとクラーディを何処で寝泊まりするかなのよね」

「リリス先生、僕達はホテルにでも泊まるので大丈夫ですよ」

「あのね、ここは教会の街なのよ。ラビとゴーレムに偏見をもった人が多いのよ。泊まる所が簡単に見付からないわよ」

「それじゃ、どうすれば?」

「そうねぇ、マリア」

「はい」

「貴女の替えの制服を二着、パーサーくんとクラーディに渡しなさい」

「!?」


 さらりと言ったリリスにパーサーはまさかと思った。


「貴方達はマリアの制服を着なさい。そして、教会に泊まるの。大丈夫、私が上手く誤魔化すわ」


 リリスの提案にマリアは少し顔を赤くして、パーサーは何をとんでもない事を言っているのかと思ってしまった。

 そして、クラーディにいたってはゴーレムの癖に嫌そうな風に見える。


「リリス先生、僕達は自分で泊まる所を見つけます!」

「あら?そんな事しなくても良いのよ。せっかく、直ぐに泊まれる場所があるのに」

「いいえ!大丈夫です!」


 パーサーは断固として断った。


「それじゃ、無理だと思うけど、泊まる所が決まったら知らせるのよ。良いわね」

「パーサーくん、無理はダメですからね。本当に泊まる所がなかったら、直ぐに教えて下さい」

「僕達は大丈夫だよ。マリア」


 パーサーはマリアに心配を掛けない様に気楽に答えた。

 まだ、このときはいくらなんでも一つくらい泊まれるホテルがあると思っているのだった。


「さて、それじゃ、次に貴方達にとって悪いニュースね。良い、気をしっかり持って聞きなさい」


 真っ直ぐ、自分を見詰めるリリスにパーサーは姿勢を正した。


「数日前、ゴーレムの学会でウィルソン教授が最新型waxworkの発表をしようとしたのは知ってるわね?」

「はい、僕達はその日に旅に出たのでよく覚えてます」

「ウィルソン教授と新型ゴーレムが学会の舞台に上がったときに突然、舞台の近くに居たゴーレムが暴走しだしたの、それも複数ね」

「えっ!う、ウィルソン教授は大丈夫だったんですか!?」


 パーサーは動揺して腰を浮かせて詰め寄ろうとしたが、マリアが落ち着いて下さいとテーブルに乗せているパーサーの手を掴んだ。


「パーサーくん、取り敢えずは最後まで聞きましょう」


 ゴーレムの暴走と聴いて少し強張った顔でパーサーを宥めるマリアを見てパーサーは少し冷静さを取り戻した。

 そして、その様子を見てリリスは続きを話す。


「ひどい暴走だったらしいわ。建物の柱を何本も破壊して最終的に講堂が倒壊したそうよ。勿論、すぐに救助活動が開始されて何人も助け出されているわ。でも、壇上の中心にいたウィルソン教授とゴーレムは行方が分からなくて今も捜索が続けられているらしいわ」


 語り終えたリリスはすっかり冷めたコーヒーに口を付けた。

 パーサーは呆然と椅子にもたれ掛かり、クラーディは普通のゴーレムの様に一ミリも動かずに椅子に座っていた。

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