第22話 脱出

なんとか修復したタロースの手に包まれて甲板に戻ったパーサーはクラーディの上で馬乗りになり、ナイフを突きつけている男が目に写った。


「クラーディを離せ!」

「ぐうっ!?」


 パーサーは叫んでタロースの手からジャンプした。

 そして、呆然としていた男に体当たりしてクラーディから引き離した。


「ああ、良かった!爆発したみたいな音がしてやっと出てこれたら、君がナイフを突きつけられていて本当に無事で良かった!」


 どこか損傷はないか等をパーサーはクラーディの身体を観察する。


「良し、ヒビとかも入って無いね。そう言えば、さっきの人ってもしかして、あの人が『アダム』なの?」


 パーサーが聞くとクラーディは首を横に振った。


「じゃ、今の人は誰だったの?」

「うおら!!」

「うわっ!」


 突然、横から衝撃が来てパーサーは床に投げ出されドンとお腹に重みを感じた。

 見ると先程の男が体当たりして顔の前にナイフを突き立てた状態でパーサーに乗りかかっていた。


「このやろー!囮なんて味なマネしてくれるじゃえか!俺はガキでも容赦しねぇぞ!さっさと、ゴーレムどもを止めやがれ!」

「くっ、苦しい・・・。うぅ、退いて」


 男は宣言とおりパーサーを容赦なく締め上げてくる。


「おら!早く止めやがれ!」

「ぼく、じゃない・・・カハッ」

「ああ!何だよ!声が小さいぞ!」

「僕じゃない!」

「ああ?嘘言ってんじゃねぇよ!」

「嘘じゃカハッ・・・クラーディ?」

「あ?」


 気付いたら、クラーディが男の背後に立っていた。

 その手には先程、体当たりされたときに落とした拳銃が握られている。


「ああ?なんの真似だ?はっ、知ってんだぞ。軍の戦闘用以外のゴーレムは人間に危害を加えられないってよ」


 男は自信満々に言い切った後にだよなと、少し拘束を緩めてパーサーに小声で話し掛けた。


「ゲホッ、ゲホッ!え?ああ、はい。普通のゴーレムならですね」

「あ?」


 ゴーレムは人に危害を加えられない様に頭部の命令文でインプットされている筈だった。

 だが、クラーディは男から拳銃を外すことなく引き金に指を掛けている。

 しかも、男の頭にしっかりと狙いを定めたままカチリと撃鉄を上げた。

 男の顔が引き吊った。


「おい、撃たねぇよな?」

「いや、僕に言われてもわかりませんよ。そもそも、クラーディみたいなゴーレムが貴方の頭に照準している、出来ている時点で僕が知りたいです」

「おいおい!てめえのゴーレムだろ!命令でもして銃を退けさせろよ!」

「わっ、わかりましたから、首を絞めないで下さい!クラーディ、銃を下ろすんだ」


 パーサーは命令したが、クラーディは男から銃を外さない。


「・・・ダメみたいです。多分、貴方が退いたらクラーディも銃を下ろしてくれると思いますが」

「冗談じゃないぞ!てめえが船を無茶苦茶にしやがったんだろ!自由にしてたまるか!」


 男がそう怒鳴ったとき、パンと乾いた音が木霊した。

 クラーディが発砲したのだ。

 狙いを僅かにすらしたのか銃弾は男の頬を掠めて海の向こう側に飛んで行った。


「撃った!?撃ちやがった!こいつ!」

「クラーディ、止めるんだ!」


 男は慌ててパーサーが飛び退き、顔面蒼白でクラーディを見た。

 パーサーは思わず起き上がり、男とクラーディの間に入り男を庇った。

 クラーディは男がパーサーから退くのを見ると硝煙がまだ立ち上る銃を下ろしてパーサーに手渡して来た。


「クラーディ。お願いだからもう、こんな事はしないでよ」


 パーサーは拳銃を貰うと改めて男に向き合った。


「僕の名前はパーサー・フロイツって言います。僕はラビですが、あのタロースを暴れさせたのは僕じゃありません。もし疑うなら、この拳銃を貴方に渡します」

「・・・いや、必要ねぇ。さっき、あんたは俺を庇ってくれたろ?わりぃ、俺の勘違いだったみたいだ。俺はエドワード・ヤング。まぁ、ネッドと呼んでくれ」


 二人は握手をして立ち上がった。

 そのとき、船が大きく揺れた。


「ヤベェ!すっかり、あいつを忘れてた!おい、パーサーのタロースで奴を破壊してくれよ!」

「大丈夫です。まだ、あのタロースがこっちに来るのには時間が掛かる筈です!今のうちに脱出挺に乗り込みましょう!」


 暴走したタロースはネッドの爆発で片足を失いまた、残った片方の足を床から生えた腕に拘束されていた。


「あらかじめ、二体のタロースを起動して片方に時間を稼ぐ様に命令してたんです!」

「あっ、だから今まで此方に来れなかったのか!あんた、やるな!」

「でもあの子じゃ、そろそろ持ちそうに無いので早く行きましょう!」


 拘束をしているタロースはよく見ると上半身だけで暴走タロースを止めている。

 しかも、何度も頭に攻撃を受けたのか装甲が大きく凹んでいる。


「そうだな、船もそろそろ限界だからな」


 二人と一体は急いで脱出挺に乗り込んだ。

 そして、乗り込んだ事を確認するとパーサーは待機していたタロースに金具を引き千切らせてロープでゆっくりと海面に下ろさせた。


「良かった。脱出、出来た!」

「まだだ!少しでも船から離れないと引き込まれるぞ!漕げ、漕げ!」


 ネッドに言われて備え付けのオールで漕ぎだした。

 その間も甲板上でタロースの激しい格闘が続けられていた。

 そして、パーサー達が船から離れると轟音を響かせてバウンティ号は中心から真っ二つになり、海の底へと沈んでいった。


「ハァ、ハァ、ハァ、助かった」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、もう腕が上がらない」


 二人は疲労で脱出挺に寝そべった。

 もう、起きる気力も無かった。

 ネッドはそうそうにイビキをかき始めた。


「さっ、寒い。」


 制服が濡れているパーサーは寒さに震えているとクラーディが脱出挺にあった毛布を見つけてパーサーに掛けてきた。


「あっ、ありがとう。・・・クラーディ、僕は寝るよ。近くに船が通るか見てて」


 そう言ってパーサーは眼を閉じた。

 クラーディはパーサーに寄り添いながら、言われた様にじっと海面を見つめるのだった。

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