第14話 軍服
「そうか、ありがとう。じゃ、まず最初の仕事だ」
そう言ってハンスはスーツカバーを手に取るとパーサーに渡して来た。
「こいつを着ろ」
更衣室はあっちだと、ハンスに促されてパーサーは狭い部屋に押し込められる。
「何に着替えろって言うんだ?」
パーサーは首を掲げ、カバーを開けてみる。
「ちょっと、待ってよ!これって‼」
中から出てきたのは黒の背広にシルバーのモールが吊るされた軍隊に服するラビのみが着用する制服が入っていた。
「ハンス!これを着るんですか?」
「そうだぞ、早くしろ」
「でも、これって軍服ですよね?僕は軍人じゃないです!学生です!」
「心配すんな。その服も一応は、学生服だ。軍の技術士官学校のだかな」
軍に所属するラビは通常、ゴールドのモールを付けて士官になる。
パーサーに渡されたシルバーならば、士官学校の二年兵、準士官待遇、一年兵は下士官待遇になる。
主に戦闘用ゴーレムのメンテナンスや敵に破壊されたゴーレムを修復するのが任務になり、パーサーも一時期は受けようとしたが、試験項目に体力テストがあった為、あえなく落ちた苦い思い出があった。
ハンスに再度、急かされてパーサーは溜め息と共に軍服の袖を通した。
軍服は正にパーサーにあつらえた様にサイズがぴったりだった。
実際、パーサーが着る前提でこの服は作られたのだろう。
(教授達は一体、いつから準備していたんだ?)
ふとパーサーは疑問に思った。
昨日の今日でこの様な軍服は作れわしないだろう。
ひょっとしたら、ウィルソン教授はパーサーが思っていた以上に前から自分に目を付けていたのではないかと思った。
「終わったか?」
ハンスがカーテンを開けて来ると、ヒューと口笛を吹いて中々似合ってるじゃねーかと囃し立てた。
「クラーディも準備が終わったから、ちょっと待てろよ。こっちも準備してくるからよ」
ハンスはそう言って二階に上がって行った。
パーサーはクラーディを見るとパーサーと同じデザインの軍服を着ていた。
ただ、クラーディの軍服にはモールが吊り下げておらず、『(G)No.1013』と書かれた腕章を付けていた。
「クラーディ、似合ってるよ」
パーサーが誉めるとクラーディは首を掲げて返答した。
待つこと数分、その間にパーサーはさりげなく写し見に近寄るとサッとポーズを決めてみた。
写し見に写る軍服姿にちょっと、はにかみながら見ていると、クラーディがじっと見ているのに気付き、別に良いだろと顔を赤くして言い訳する。
「待たせたな。じゃ、出掛けぞ」
ハンスは外行きの小綺麗な服装に着替えてパーサー達に促した。
「出掛けるって、軍の基地ですか?」
「いや、違う。港だ。詳しいことは馬車の中で話す」
三人は店から出ると近くで待機していた馬車に乗り込んだ。
「さてと、パーサー。今から、お前はマルセイ・ベルメールだ。俺の甥で陸軍技術士官学校の二年生で学校のカリキュラムで将校付きの補佐官として経験実習を命じられた」
「待って下さい!僕には軍隊の知識なんてありませんよ!補佐なんて出来ません!」
「心配すんなよ。お前が付く将校は協力者だ。事情は全て知ってる。お前はただ話を合わせろ」
それでなくては軍隊に何ぞに入り込めるかとハンスは言うと、煙草を口に加えた。
「ハンスさん。こんな狭い所では吸わないで貰えますか?」
「はいはい、わかったよ。で、話を続けるぞ。クラーディは実習生の補佐として随行する秘書型のwaxworkだ」
「ハンス、質問しても良いですか?何故、軍隊に潜入するんですか?普通に渡航すれば良いだけじゃないですか?」
パーサーの疑問にハンスは大きく息を吐き、窓の外を見た。
「ダメだ。奴の目が何処にあるか分からないからな、まだ限られた人間しか接触しない軍隊で目的地に向かった方が奴の目から、隠れらる」
「奴・・・、わかりました。じゃ、僕が付く将校って誰ですか?あと、任務で外国に行くって事は大使館の駐在武官ですか?」
「お前が付くのはイアン・ハミルトン。階級は大佐だ。そして、あー、まぁ、最終的には駐在武官になるが、その前にちょっと寄り道というか、ついでの任務があってな」
「何ですか?はっきり言って下さい」
何か煮え切らない態度のハンスにパーサーは不信に思った。
「ハァー、わかったよ。ハミルトン大佐は日本の駐在武官の任に付くが、その前に中東で観戦武官の任務に付く予定だ」
「なっ!?観戦武官!僕に戦場に行けって言う事ですか!?」
冗談じゃないとパーサーはハンスに詰め寄ったが、ハンスは落ち着けと椅子に座る様に促した。
「良いか、観戦武官と言っても前線に出ることはない。安全な後方から戦場を眺めるだけだ。心配すんなよ。それにお前の安全くらい大佐なら確保してくれるさ」
気軽に言われたが、パーサーの不安は消える事は無かった。
「もっと、安全なルートは無かったんですか?」
「無い。良いか、これが今一番ベストなルートだ。良いじゃないか、軍のゴーレムとか見放題だぞ」
「・・・軍のゴーレム。主力ゴーレムのタロースとか、あの最新鋭のダイタロスとか見れるかも!いやっ、でも中東の紛争なら旧式のポーンとかありそうだな!」
「盛り上がってるとこに悪いが、もうすぐ着くぞ」
いつの間にかに馬車は港に程無く到着していた。
そして、二人と一体が馬車から降りると軍の海軍事務所の建物から、一人の男が出てきた。
カーキ色のトレンチコートと軍服に身を包み、軍帽を深く被っている。
「貴様がマルセイ・ベルメール候補生だな。自分はイアン・ハミルトンだ」
イアンは両手を後ろに回してパーサーを見た。
イアンの印象は正に規律に厳しい厳つい軍人と言った雰囲気の人物だった。
「上官を前に敬礼しないのか、候補生?」
「す、すみません!」
パーサーは慌てて敬礼するとイアンは眉間の皺を更に深めて敬礼の時には手の平を見せるなと注意した。
「マルセイいや、パーサーだったかな。貴様は今、軍服を着ている。それが一時的なものであっても、着ている以上は軍人として貴様を扱う。良いな」
「イッ、yes、sir」
そこまで言ってイアンはハンスに向き直り、右手を差し出した。
「久しいな、ベルメール」
「イアンの旦那。お久し振りで、あまり甥を苛めないで下さいよ。そいつはウィルのお気に入りでも有りますからね」
「ハン。ワシには関係無いな。まぁ、しっかりこいつを目的地まで連れていってやるとウィルソンに伝えておけ」
お互いに握手を交わして、イアンは立っているパーサーに目を向けた。
「何をしている?案山子の様に立っているだけか?そこのゴーレムに自分の荷物をあの船に運ばせて、貴様は私の荷物を持っていくんだ。荷物は海軍事務所に置いてある。さあ、行くんだ」
「yes、sir!」
駆け足だとイアンに言われてパーサーは慌ててクラーディに指示して事務所の建物に走って行った。
「旦那」
「心配するな、彼らは私が守る。ベルメール、貴様はしっかりウィルソンを助けてやれ」
ハンスはよろしくお願いしますと頭を深く下げ、イアンは敬礼して返答した。
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