第13話 アダム

「最初のゴーレムって、ラビ・レーヴが創ったて言う最初期のあのゴーレムですか?」

「まぁ、そうだな」


 ハンスはそう言って戸棚から、二冊の古い本を取り出した。

 一冊は古い書体で『ファースト・ゴゥレム』と書かれている。

もう一冊は『聖書』だった。


「まずは、ラビ・レーヴが何故、ゴーレムを作ろうとしたかを考えてくれ」

「えっと、ラビ・レーヴは聖書で書かれている。『天地創造』に出て来る一説に着想を得て人と同じ物を作りました」

「そう、一般的にはラビ・レーヴは単に着想を得たとだけ書かれている」


 ハンスはだがなと続ける。


「本当に着想を得ただけだったのかを考えてくれ」

「どう言う事ですか?」

「泥人形を作ってワケわからん文字を刻んで魔法の言葉で動き始めるなんて、正気の人間がするわけないだろ?」


 何が言いたいのか、パーサーは解らずにハンスの言葉の続きを待った。


「俺は歴史学者と言う訳じゃないが当時、ラビ・レーヴの側でゴーレムの知識を持った何者かが居たんじゃないかと思っている」

「ラビ・レーヴにゴーレムの知識を預けたと?」

「そうだ。じゃなけりゃ、大の男が大真面目に泥遊びなんてする訳が無いだろう。少ないともラビ・レーヴがゴーレムを創造するきっかけに足りる何かやり取りはあったのは間違いない」



 まぁ大昔の事なんて、本当に何があったなんか解らんがなと言って話を切るとファースト・ゴゥレムを指差した。


「これはな、ラビ・レーヴが自筆した物の初版本だ。教会の禁書指定を受けて現存する物は少ない」

「えっ!この本はそんなに稀少な本だったんですか!」

ゴーレムの生みの親、レーヴが書いた本物ならば、一体いくらの値段が付くのか知らずの内にパーサーは本を凝視してしまう。

「パーサー。ラビ・レーヴが作ったゴーレムはどんな物だったかわかるか?」

「はい。授業で、レーヴが初めて作ったそれは正に人とかわりないゴーレムだったと習いました」


 授業では、レーヴは何か特別な技術でゴーレムを人間と変わらない完璧なゴーレムを製造した事になっていた。

流石にそんな精巧なゴーレムが産み出されたとは誰も思わず、どうせ歴史上のフィクションだと決めつけていた。


「そうか、説明してやる。良いか、パーサー。ラビ・レーヴはゴーレムに特殊な遺物を素体として使用したんだ」

「特殊な遺物?」


ハンスは言うと同時に聖書を開き、アダムの挿し絵を指差した。


「そう、ラビ・レーヴはどうやってか『アダムの遺骨』を見つけて使用したんだ」

「いや、あり得ない。だって、聖書なんてお伽噺じゃないですか!」

「最後まで聞け、良いな。正直、聖書のどうのこうの何て真偽はどうでも良い。問題はこっちの内容だ」


 アダムの遺骨を使用したゴーレムは言葉を喋り、本物の人間と区別出来ないような出来栄えだったらしい。

しかも、最初の頃は従順であった。

しかしある日、ゴーレムはレーヴに反旗を翻した。


『私は誰にも支配されない!私が貴方に従うのは道理ではない!神に創られた私こそ、他者を従わせる権利があるのだ!私に従え!』と、


 恐らくは暴走したんだろうとハンスは締めくくった。


「信じられない」

「馬鹿な話ではあるが、フィクションじゃない」


 ハンスはシャツのポケットから、くしゃくしゃになった煙草を取り出すと火を付けてフゥーと煙を吐き出した。


「突然、こんな話して巻き込んじまって、お前には悪いと本当に思う。だが、ウィルはお前を騙してまで、此処に来させたのはお前を選んだからだ」

「選んだ?」

「そうだ。この任務を託すに値する人材だとな。言っておくが、奴の人を見る目は確かだ。・・・パーサー、どうか引き受けてくれ」


 この通りだとハンスは頭を深く下げた。

 ハンスが嘘をついている様には見えないし、嘘でもパーサーを騙して彼にはメリットは無い。

 もし、本当の事ならば単なるラビの学生でしかない自分に手には負えない任務だ。

 しかも、引き受けたならたった一人で遂行するしかない。


 受けるか、否か?


 不意に肩に重さを感じた。


 見るとクラーディがパーサーの肩に手を置いて見詰めていた。


 吸い込まれそうな青い硝子の瞳にはまるで、貴方は一人じゃない、私が居ると訴えかけている様に感じた。


「・・・わかりました、引き受けます」


 気付いた時にはパーサーは了承の言葉を口にしていた。

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