第6話 修復
「...クラーディ、僕を見つめないでくれ。...やりにくいだろ」
安楽椅子の背を倒し、寝せた状態にしたクラーディの頬を薄いサンドペーパーで削りながら、パーサーはポツリと呟いた。
当初はウィルソン教授から、ヒビの入った部位を薄く削ってくれと頼まれたときは、この最新のゴーレムをもっと観察出来ると内心で喜んでいた。
しかし、このwaxworkは作業中ずっとパーサーを見ていて、まるで自分の方が観察されているみたいに感じていた。
しかも最近、若い娘に流行っているというビスクドールにも採用されている青く着色した透き通った硝子の瞳で近距離で見つめられているのが、異性との付き合いの薄いパーサーを更に居心地を悪くしていた。
「そうだ、命令だ。クラーディ、瞳を閉じろ」
ゴーレムにとって人間の命令は絶対だ。
瞳を閉じさせたら、誰かが命じるまでずっと閉じたままにすることが出来る。
最初っから、命令すれば良かったとパーサーは思った。
クラーディは『何故?』と言う様に首を小さく傾げ、命令通りに眠る様に瞳を閉じた。
その何気ない動作にドキリとパーサーの心臓が脈打ったが、フーッと息を整えた。
(何だろう?本当に、何ていうか、生の人間みたいだ。何故だろう?)
正直、パーサーはさっきからクラーディの妙に人間味のある所と言うべきなのか、小さな所作が気になっていた。
クラーディが最新型の球体間接ゴーレムで人間の自然の動作に近いからか、それともウィルソン教授から人間のように振る舞う様に命令されているのかと反芻する。
(いくら、新型で動作は自然に近くてもゴーレムは命令しないと動作しない。後者も命令しても、どんな動作が人間のようなのかゴーレムには解らないから動作しない)
「あっ」
深く考え込み、手を止めていたパーサーはいつの間にかに片目を開けて見つめてくるクラーディに気付いて声を漏らした。
(そんな、開けて良いなんて誰も言ってないぞ!命令に背いたのか!?馬鹿な、あり得ない!どう言うことだ?いや、待てよ。暴走ゴーレムのあの一撃のせいで頭部の命令文に損傷が出来たんじゃないか?)
頭部の命令文の損傷による軽微な暴走。
つまりは誤作動。
頭の混乱が渦を巻いて、もしかしていきなりクラーディが僕に対してhelloと口を開くのではないかと言う妄想に飛躍しかけて漸く、パーサーは現実的な仮説に落ち着くことが出来た。
フーッと先程よりも深く息を吐き、精神を落ち着かせる。
「パーサー君、終わったかな?どれどれ、うん。キレイに削れたみたいだね。ありがとう。ん?どうかしたかね?」
タイミングよく、ビーカーの中の液体を混ぜ合わせながらウィルソンが近付いて来た。
「いえ、教授。何でもありません。それは何ですか?」
パーサーは先程の仮説を話してクラーディの頭部を確認した方が良いのではと言おうと思ったが、寸前で口を開かなかった。
もし本当に頭部の命令文のせいでクラーディの所作に人間味が出ているなら、修復されて動きの良いだけのゴーレムに戻すよりも今のクラーディの方が良いと思ったからか、パーサーが目指す物、完全で完璧なゴーレムの創造がクラーディの先に在るように感じたからか、どっちなのか分からなかったがパーサーは違う事を口にした。
「ああ、これかい?これは耐熱性の蝋だ。waxwork・ゴーレムの弱点は熱だからね。waxworkが開発された当初は夏になるとゾンビの様になってしまいがちだったんだが、一度固まったら、約100度以上の熱でしか溶けないこの特殊な蝋が開発されて以来、この蝋が製造の主流になって、おっと。これ以上は今期末のネタバレになってしまうね」
そう言って、ウィルソン教授はこれを削った部位に塗って終わりだと耐熱蝋の入ったビーカーと刷毛を渡して来た。
「わかりました。あと、教授。クラーディの右足は修復されないのですか?」
渡された刷毛に蝋を滲ませて、薄くクラーディに塗りつつ、パーサーは気になって聞いてみた。
「うむ、私としても早く直してやりたいのだがパーツが足りなくてね。でも、この子を一緒に作った友人には連絡をとっているから、明日までには届くだろう。あっ、そうそう実は生憎と明日は大事な学会への発表があるんだった。そうだな、悪いんだが明日にでも友人から、パーツを受け取ってくれないかな?」
「はい、わかりました。任せて下さい。ところで、学会の発表とはもしかして、クラーディ達の球体間接に関する事ですか?」
パーサーの問い掛けにウィルソン教授はまさにその通りと大袈裟に答えてみせた。
その後、パーサーとウィルソン教授は球体間接ゴーレムの普及による社会的な影響、発展など憶測や期待、はてに妄想など混ぜながら、熱い議論を始めた。
途中、やっとレポートを終わらせたジェームズはその様子を見て議論に強制参加されないようにそっとクラーディの側に行き、ため息をついた。
「全く、これだからラビの頭には命令文が一文足りないなんて言われるんだよ。なぁ、お前もそう思うだろ?」
二人を見ながら、答えを期待せずに呟いたジェームズの言葉に反応したのかクラーディは大きく首を縦に振った。
暫くパーサーと教授が議論を続けているとコン、コンと扉を叩く、軽いノックの音がして教授のもう一体のwaxwork、クラウスが入って来た。
「クラウスには外のデモ隊が少なくなって来たら、知らせに来るように言っていたから、どうやら君達は帰れそうだね」
外はすっかり、暗くなり時折まだ残っているデモ隊の声が聴こえてくる。
「今日は、ありがとう。お陰でクラーディの修復が早く出来たよ。あと、これは友人の住所だ。それでは、明日はよろしく頼むよ」
「はい。任せて下さい。では、失礼します」
「失礼します」
二人は頭を下げて作業部屋から出ていった。
廊下は普段も人気の少ない分、暗くなったため更に不気味な雰囲気を醸し出していた。
「何だか、出てきそうだな」
「何がだよ?止めてくれよ。そう言うのは苦手なんだよ」
「なぁ、パーサー君。知ってるか?ゴーレムの暴走に巻き込まれた花嫁の話・・・」
「うぅ、ちょっと、本当に止めろよ!あれ?そう言えば、鞄が無いみたいだけど?」
「えっ?しまった!教授の部屋に置いて来ちまった!」
ジェームズは慌てて、ちょっと待っててくれと言い残して教授の作業部屋に走って取りに行った。
しょうがないなとパーサーは呆れかえって、薄暗く、静まりかえった廊下で一人でその場に待つこと数秒。
「ジェームズ、僕もついて行くよ!」
「あっ、あの!誰か居るんですか?」
駆け出しそうとして、後ろから声を掛けられて廊下に甲高い悲鳴が響き渡った。
誰のとは言うまでもないが。
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