第5話 球体関節

「そうだ。君たちがこの子を連れて来てくれたという事はこの後の講義が中止になった事は知っているかな?」

「「えっ!」」


 ウィルソン教授の作業部屋に着くまでは普段、人通りの少ない廊下が続くので二人は全くもって中止になった事を知らなかった。


「やはり、知らなかったみたいだね」

「何故、中止になったのですか?」

「いや何、今日の私の講義がある前に普段、私が世話になっているラビが学校側にある情報を流してくれてね」

「情報ですか?」

「そう、本日午後に正教会のブラザー(牧師)がゴーレム関係のエリアに大規模なデモを実施するとね」









 その昔、ラビがまだ信仰の教師であったときに一人のラビ、レーヴが神が行った人間の創造を再現出来ないモノかと思い付いたのが、始まりだった。

 ラビ・レーヴが凡人で合ったならば、その発想は少々変わった試みだという程度に終わっていただろう。

 しかし、レーヴの神学者としての才は不可能と言われた神の言語、カバラの文字を解読し、神の御技の再現を成功させてしまった。

 そう、ゴーレムを誕生させてしまったのだ。

 世界は主によって創造されたり、人は主の御技によって主に似せて創られたりと説いていたラビ達は直ぐにゴーレムは主への冒涜であるとレーヴをはじめ、ゴーレム製造に関わった全てのラビを破門し、ラビという呼称すら廃止した。

 そして、時代が流れゴーレム技術が普及した今日でもブラザーなど、名を変えた元ラビ達は世界からのゴーレム技術の凍結を訴えて活動していた。












「当初は講義はする積もりだったんだがね。先程、様子見で行っていた助教授が帰って来てね。私達の予想より遥かに牧師連中が集まっていたらしい。だから、学生の安全を考慮して帰らせる事が急遽、決まったんだ」

「そうだったんですか。では、僕達も早々に帰った方が良いでしょうか?」


 パーサーの問いにウィルソン教授は少し考えた後に今からだと正教会のデモにかち合うかも知れない、今はここに居なさいと答えた。


「でも、教授!大規模なデモだったら、学校に居ても俺達は危ないんじゃないですか?」

「いや、彼らは神の道を説く牧師だ。暴徒みたく暴れたりはしないよ。学生らを返したのもあくまで万が一の事だしね。それにもう警官隊のゴーレムが展開しているそうだし、安全だと思うよ」


 ウィルソン教授はそう言うと立ち上がり、本の中を漁ってティポットとカップを三つ用意した。


「いつもはクラーディかクラウスに淹れて貰っているが、今日は私がお茶をご馳走しよう。そうだ、お茶の後にクラーディの修理を手伝ってもらえるかな?waxworkゴーレムの講義は今期末に予定していたが、予習の積もりでね。それに私のクラーディは少々、面白い子だし、良い勉強になるだろう」


 パーサーはまたとない機会だと快く快諾した。


「ああ、そうそう。ジェームズ君はアリソン教授の課題を仕上げる様に勿論、パーサー君のレポートを丸写しにするのでは無くて君自身の忌憚ない考察で書いてくれたえ。何、大丈夫!私が手伝ってやるからね」


 ウィルソン教授の言葉に午後のレポート提出が無くなり内心で喜んでいたジェームズはガクッと膝を着いた。

 そして、椅子に座っているクラーディはそんなジェームズを見て首を横に振っていた。


「さてクラーディ、まずは君のダメージがどの位なのか見せて貰おうか」


 ウィルソン教授がそう言うとクラーディは頷いて自身の上着とシャツを脱ぎ出した。

 何故かパーサーはクラーディの方から目を背けてしまった。


(なっ、何を僕は恥ずかしがっているだ!彼はゴーレムだぞ!)


 いくら中性的な見た目でも所詮はゴーレムだと思わず視線を反らしてしまった自分を反省し、改めて視線を戻すとパーサーは驚きでクラーディに釘付けになってしまった。


「教授!クラーディの、その間接部って、一体何ですか?初めて見ます!」


 初期ゴーレムから現代ゴーレムまで間接部にあたる部分は柔らかい粘土質になっている筈だった。

 しかし、パーサーの目の前にいるクラーディの間接部は粘土特有の質感は無く、代わりに駆動する部位の間に挟まるように小さなボールの様な物で接合されていた。


「言ったろう。この子は少々、面白いとね。クラーディに使われている、これは『球体関節』と言って今までのゴーレムをより滑らかに、より人間らしく動作させることが出来るシステムだ。まだ、世界でも私を含めて開発に関わった数人しか知らない事だがね」

「人間らしく。いや、でも!教授は人間みたいな動作をゴーレムにさせるには膨大な命令文が必要だと言ってましたよね?」

「その通り、従来の製造方法でのゴーレムは腕は腕として肩から手まで一体化した作りだったからね。一々、この部分は間接でどの様に作用するのかとカバラで詳しく彫らなければならなかったが、パーツ毎に分けてしまえば、実は少なく単純な命令文で事足りるんだよ。あと最初っから、稼働出来る前提の作りになっているのも理由の一つだね」


 まぁ、パーツを製作するのが難しいけどねと笑うウィルソン教授を尻目にパーサーはクラーディの腕を手に取り、間接部をよく観察した。


「凄い。従来の間接と違って稼働率が圧倒的に向上している。そう言えば、暴走ゴーレムの時は気付けなかったけど、クラーディとクラウスの動き方が普通のゴーレムと違って違和感が少なかった。そうか!だから、クラーディが暴走ゴーレムの拳を受け止めるまで無意識的に人間だと勘違いしていて気付けなかったんだ!でも、その後のクラウスが土を掃除していた動きから、多少のぎこちなさはまだあるみたいだな。それに通常のゴーレムよりも間接の強度は低くなっている?でも、凄い!ゴーレムの可能性が広がっていく!」

「フフ、君は他の学生よりゴーレムに熱心だね」


 ウィルソン教授に言われてパーサーは余りにも教授の持ち物であるクラーディを不躾に見ていたことを恥じ、申し訳ありませんとクラーディの腕から手を離した。


「ああ、良いんだよ。新しい技術を前に周りが見えなくなるのはラビとしての性みたいなものだからね」

「ハハハ。教授、そいつのゴーレム熱はいつも尋常じゃないんですよ。いつか女形のゴーレムを作って自分の嫁さんにしそうな勢いですからね。ハハハ」

「うっさいな!」


 教授のデスクを借りてレポートに励むジェームズからのヤジにパーサーは顔をしかめて、今度またレポートを忘れたら貸さないからなと悪態をついてやった。


「いやいや、私には解るな。ゴーレムを研究し、開発をする者にとって一度は考える事だからな、ハハハハハハ」

「教授まで!違いますよ!そんなのじゃありません!僕は立派なラビになるために研究熱心であって!って何で、頷いているんだよ、クラーディ!」


 顔を赤くして否定するパーサーに二人は更に笑い出したのだった。

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