第3話 暴走

誰もが血の噴き出す光景を想像した。

 しかし、寸前でウィルソン教授とゴーレムの間に何者かがスッと入った。

 瑞々しい果物が潰される音の代わりに講義場に響いたのは鈍い質量のある者同士の衝突の音。

 見ると間にはwaxworkの一体が初期ゴーレムの拳を受け止めていた。

 かなりの衝撃からwaxworkの眉目秀麗な顔には無数にヒビが入っている。


「クラーディ、ご苦労。悪いが、しばらくその右腕を押さえていてくれたまえ」


 何でもないようにウィルソン教授が命令するとコクっと首を縦に振り、両手で固定した。

 暴走ゴーレムは右腕を引き抜こうとするが、しっかり固定したクラーディと呼称されたwaxworkは微動だにしない。

 しかし、顔のヒビが少しずつ広がり出してパラパラと蝋の粉が床に撒き散らされていっている。


「クラウス、これでゴーレムの"e"を消して土へと還しなさい」


 ウィルソン教授はいつの間にかに隣に立っていたもう一体のwaxworkに学生に渡していた彫刻刀を渡すとクラウスと呼称されたwaxworkは一体目のクラーディと同じ様に首を縦に振って散歩に行くように暴走ゴーレムに近づいて行った。

 暴走ゴーレムは近づいて来るクラーディには気にも止めずに固定された腕を引き抜こうとしている。

 程なく、クラウスは暴走ゴーレムの目の前に立つと彫刻刀を逆手に持って勢いよく、額の"emeth"の頭文字の"e"へと突き刺した。

 時が止まった様にピタリと暴走ゴーレムが止まるとボロボロと土へと還り、その場にはちょっとした土の山が出来た。

「クラーディ、君はとりあずはメンテナンスだな。作業部屋に行って待機していなさい。クラウスはこの土の掃除だな。

 さて今さっきの暴走だが何故、起きたか解る者は?」


 平然と講義を再会しだしたウィルソン教授に学生達はただ呆然としていた。

 特に先程の四人の学生は中央で腰を抜かしている。

 パンパンと手を鳴らし、ウィルソン教授は注目させる。


「諸君、ゴーレムは暴走しやすいと言った筈だ。現在のゴーレム製作の方法が確立するまでに先人のラビ達が暴走させたゴーレムは百も下らない。そんな中で先人達の格言では暴走させるのは一人前の第一歩と言うのがある。つまりは今日、ゴーレムの暴走を目の辺りにした諸君らは一人前のラビの一歩目を踏み出したと言う事だ。さぁ、君たちも立ちなさい」


 そう言うと腰を抜かした学生はヨロヨロと立ち上がって自分の席に戻って行く。

 その様子が先程のゴーレムみたいだと、パーサーは半分浮かせた腰を椅子に戻しながら思う。


「さて時間も少ないので答を言うと暴走の原因だが、ある部位の命令文オーダーでスペルミスが一ヶ所あった。ゴーレムは見た目より、繊細な物だ。たった一文字のスペルで全体に影響を及ぼしてしまう。命令文オーダーをインプットするときにカバラの文字を注意深く彫らないと行けない」


 そこまで言って講義場にヂリヂリヂリと講義の終了のベルが鳴り響いた。


「では、諸君。次回は近代ゴーレムの製造について講義を行う」

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