第2話 waxwork・golem
"waxwork・golem"《蝋ゴーレム》と言われる近代ゴーレムでもポピュラーなタイプのゴーレムである。
ゴーレムを蝋でコーティングする事で特有の成長を抑制し、本体内部の乾燥による劣化を防ぐことが出来る。
また身体に刻まれた命令文オーダーが蝋により目立たない為、商用として眉目秀麗に形成されることからウェイトレスや受付はては、使用人といったサービス業を主に従事するゴーレム。
そんなwaxwork達はウィルソン教授の前にストレッチャーを持って行くと最初っからその場あったオブジェの様にドアの前で待機した。
「諸君らの前にあるゴーレムの素体に今から簡単な命令文オーダーを刻み込んで起動するまでの工程を実施してもらおう」
そう言って学生の中から、4名の男女を選出する。
「改めて説明するが、ゴーレムは命令文オーダーなく製造は出来ない。例えば私達人間は普通に物を手で掴み持ち上げると言った簡単な動作は腕や手が自分達の一部である事を認識してどの様に動かせば良いか解っているから出来る。しかし、ゴーレムは単なる土の塊。そこに意識と言った物は無い。まぁ、無機物であるから当然の事だな。そこで使われるのが、諸君らが一学年の頃に必死に覚えさせられた"最初の言葉"、"意味ある物"、神の言語"等と言われていた言語、カバラの文字である」
そこまで言ってウィルソン教授は教卓の水差しから一口水を飲み、乾いた喉を潤した。
「このカバラの文字でゴーレムの例えば、腕にそれが何の部位であるか、どの様に動作をするのか、物を掴むには手でどうするべきか、最後にその命令はどの部位から発生されるのかを事細かく刻み込んでインプットしなくてはならない。それで初めて起動した時にゴーレムはそれが自身の腕であると認識する」
ゴーレムの命令文オーダーはその各部位を更に細分化して詳細に刻み込む事によって起動した後の動作は人間のそれと限りなく近いものになる。
しかし、それだけの情報をゴーレムに実際に刻み込むには虫眼鏡と小さな彫刻刀でゴーレムの身体の至る所に刻み込んまなければならず、莫大な労力が必要になる。
またカバラの文字事態も単語一つとっても幾何学的な形をしていて文法も難解、一文か二文程度の文章しか書けない。
結果、人間の様な滑らかな動作は不可能で比較的、人間に近いwaxworkでさえもその動きはゴーレム特有のぎこちない物しかないとウィルソン教授は説明を続ける。
「では、ゴーレムの素体を囲む様にして時計回りで頭、右腕、下半身、左腕へと命令文オーダーを刻み込んでくれたまえ。文はゴーレムがこのストレッチャーから立ち上がるまでの過程の動作をインプットしたまえ」
四人の学生は、はいと答えると頭から順にウィルソン教授から渡された彫刻刀で命令文オーダーを刻み始めた。
それから二、三十分の間、講義場はカリカリと小さな彫刻の音が響き渡り、最後にゴーレムの額に"emeth"と刻み込まれて頭部を担当した女性の学生が代表してウィルソン教授に完成しましたと伝えた 。
「うむ。もう少し時間が掛かると思っていたが、今期の学生は優秀の様だ。どれ・・・ふむ」
ウィルソン教授は刻まれた命令文オーダーを確認すると少し難しい顔をした後にドアの側に待機している2体のwaxworkを近くに呼び寄せ、起動してみなさいと学生に促した。
「シエム・ハ・メフォラシュ。ゴーレム、立ち上がりなさい」
ゴーレムの起動キーは旧約聖書の一説であり、このキーでゴーレムが起動する。
また、この一説を唱えることでゴーレムにラビ(ゴーレム製作者)=神(創造者・主)という認識を刷り込ませるといった解釈がある。
「おいパーサー、見てみろよ。あいつ凄くどんくさそうだな」
「初期のゴーレムでしかも単純な命令文オーダーしかインプットされていないゴーレムだから仕方ないんじゃないの」
パーサー達の眼下でのそりと上半身を起こしたゴーレムは緩慢な動作でストレッチャーから足を付けて床に不動の姿勢で直立した。
端から見れば、それは芸術家が手抜きに手を抜いた武骨で不気味な泥の彫像。
パーサーが観察しているとポトポトとピンと延ばしていた右側の指が何本か床に崩れ落ちている。
「自壊している?いくら初期型で耐久性が無くても自重で崩れるのかな?」
パーサーの口にした疑問と同じ事を思ったのか右腕を担当していた学生がよく観察しようと近くに寄り出した。
「アラン君、離れたまえ!」
「えっ?」
突然、ウィルソン教授が学生の肩を掴み後ろに引っ張るとブオォンと野太い風切り音と共に土の塊が学生の目先を掠めて行った。
「キャッ!?」
女性の短い悲鳴に講義場は騒然と鳴り出した。
誰かがゴーレムの暴走だと喚き立ている。
誰かが早く"e"を消すんだと怒声を上げる。
そんな中、緩慢な動作でウィルソン教授達に向き直ったゴーレムは右腕を掲げハンマーの様に降り下ろした。
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