龍誕祭3
洋服屋の入り口周辺には衣装を飾るガラスケースが配置されており、今年の流行ファッションや売れ残りなどの服を着用したマネキンが、その中で各々の立ち姿を魅せている。
立ち並ぶガラスケースの合間を縫うようにして店内に足を踏み入れると、洋服――――繊維独特の臭いが鼻を刺激し、続いて裏工房から響いてくるミシンを打つ音を、鼓膜が等間隔に拾い上げる。通い馴れている店なのか迷うことなく店内を進んでいくセラは、そのままハンカチや手袋などの小物を扱っているコーナーへと移動していった。
はぐれることがないようセラの位置を把握した俺は、店内をゆっくりと散策していく。大通りに軒を連ねる建物の中でも相当な大きさを誇るこの店は、端から端まで歩くのに五十秒程掛かりそうだ。
その内装は主に三つに分けられているようで、一つはスラム街と蔑称される場所に住んでいる人達が購入するような、荒く雑な作りをした商品が並ぶコーナー。主に中古品やボロい小物を扱っているようで、その種類は必要最低限しか取り揃えられていない。
二つ目は普通に住宅街に家を構えて生活している人達用のエリアで、そこに並ぶ商品は多岐にわたっている。ハンガーに掛けられた上着に、直視はしたくない婦人用の下着。ベルトやリボンなども沢山あり、多くの需要層をマークしている様子が伝わってくる。
そして、それら二つのエリアとは隔絶されたように、階上にもう一つのエリアがあるようなのだが、さっきから階段を上がっていくのは、お上品な洋服に身を包んだ貴族ばかり。おそらくはそういうことなのだろう。
一通り店内を見渡した俺は、セラがいたところへ戻ることにした。五分程掛けて⬅(結局迷った。)先程の位置に戻ると、セラは商品棚に並べられたハンカチを見比べてどれにしようかを考えているかのように、特定の位置で静止していた。
「んんー。やっぱりこの猫のハンカチが可愛いんだけど、でもこっちのシリーズの方も捨てがたいし・・・・・・あ、フェイル。ちょっとこっちに来てくれない?」
何かを呟きながら二枚のハンカチを見比べていたらしいセラが、戻ってきた俺に気付いた。
「このハンカチと、こっちのハンカチ。フェイルはどっちの方が良いと思う?私は猫が刺繍されたやつが好きなんだけど、この気持ち悪いゴブリンの顔も悪くないと思うのよね」
そう言ってセラが俺に示したハンカチは、一枚が黒い猫のシルエットが右下にプリントされたもの。そしてもう一枚は、キモカワイクデフォルメされたゴブリンの顔が、デカデカとプリントされたものだった。どちらも最近の流行らしく、セラが悩んでいる間にも数枚売れているようだ。
「そうだな。セラに似合うのは、こっちじゃないか?」
数度思考を重ねた上で、黒猫のハンカチを指差してそう言うが得心がいないらしいセラは尚も質問を重ねた。
「そう?私はゴブリンの方も良いと思うんだけど・・・・・・ほら。結構可愛くない?」
「確かにそうだとは思うけど、俺は黒猫が良い気がするぞ?」
「分かってないわね。この不細工な表情が良いんじゃない。そんな可哀相なセンスじゃ、モテないわよ?」
「はぁ。そうですか。もうめんどくさいし、二つとも買えば良いだろ」
「私もそうしたいのは山々なのよ?でもお金が無いから、出来るだけ節約しないとすぐに金欠になりそうで」
「何で金―――――」
会話を繋ぐために自然に口から零れた言葉は、途中で途切れた。セラがお金に悩んでいるのは、もしかしなくとも十中八九俺のせいだろう。あの時に俺に貸した銀貨さえあれば、セラは今頃二つのハンカチを手にしていたはずだ。
「何よ?」
「何でもねーよ」
「ふーん。ねー、知ってた?フェイルって何かを誤魔化すとき、必ず口調が悪くなるのよ」
得意顔でそう口にするセラは腰に手を当てて、意地悪そうに微笑みながら更に言葉を紡いだ。
「フェイルが何を考えているかなんて、お見通しよ。どうせ『俺が、お金を借りなければ~』とか思ってたんでしょ?私が勝手に貸したんだから、フェイルはその黒い剣を大事に使えばいいの」
どうしよう?お金を借りた後、夜中で武器屋が閉まってたからそのままダンジョンに潜って、偶々宝箱から剣がデマシターー!なんて言えない。・・・・・・口が裂けても言えない。
「ーーーー」
「まぁ、素直にお礼が言えないところも、フェイルの短所よね」
沈黙を恥ずかしさと勘違いしたセラは、やれやれとばかりに、首を左右に振った。
「ちょっとトイレ行ってくるから、先に買い物終わらせといてくれ。」
何もトイレにいく程の尿意に襲われている訳ではない。ふと思い付いた事があっただけだ。
「はいはい。そういうことにしておきますよ。」
適当に話を合わせてくれたらしいセラは、結局黒猫のハンカチを選んだようだ。ゴブリンのハンカチを陳列棚に戻し、一瞬だけそれに物欲しそうな視線を向け、レジへと足を運んでいった。俺はセラの後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認して、セラが諦めたハンカチを手に取る。
「はぁー。何で荷物持ちの俺が、こんなことをしなきゃいけないんだか───」
らしくもない感情を誤魔化すために目を逸らし、“それ”が視界に入ったのは、何のてらいもない偶然だった。しかし、“それ”は俺の双眸を釘付けにし、時間に埋もれてしまった記憶────大切で、今では苦しい思い出を、芋づる式に引きずり出した。
その、情熱的な赤色をした、ワンピースのような薄い寝間着は。
『ミラ、風呂出たぞー。────って?!何だよその格好?!』
『ほ、ほら。私達って、後半年で十五歳でしょ?そしたら大人になるわけだし、ここいらでフェイルとなら────いいかな。なんて?』
『いや待て待て待て!!そういう問題は、そういう問題じゃないだろ?!そもそも、そういう問題を今問題にするかどうかってこと自体が問題だし────てあああ!!脱ごうとするなぁ!!!』
『何で止めるの?』
『何でそんなことするんだよ?!』
『─────だって、フェイルは全然、私のこと見てくれないじゃん。何時も仕事ばっかりで、帰ってきたら仕事の会話ばっかり。私のことをかまってはくれるけど、私のこと全く見てない。だからフェイルは、私に興味無くなっちゃったのかと・・・・・・思って』
『はあ、そんなわけないだろ?例え天変地異が起きたって、俺がお前を捨てるなんて事はない』
『口だけなら、何だって言えるよ。それこそ隣国に赴いて、魔術師になる!だって、口でなら言える』
『俺は今後のために────』
『それじゃあ、約束して?』
『約束?』
『そう。もし私がフェイルより強いスキルを貰っても、私はフェイルと一緒にいるよ。だからフェイルは──────』
「何、やってんだろうな。俺」
その後しばらくの時間が経過した後、俺はハンカチの会計を済ませて、店を出た。
「おーい!何やってるんだー?」
セラは、この龍誕祭を満喫するつもりがあるのだろうか?先程よろしく、セラは余り人の出入りが盛んではないところに並んでいるようだ。俺の声に気づくとセラは体ごとこちらに向けて、遠くから『次はここにしよう!』と、身振り手振りのジェスチャーを放って来た。
その古めかしい建物の看板には、“占い”とだけ、それだけが一筆されていた。
「そうか。この年頃の女って、占い大好きだもんな」
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