龍誕祭2
その後俺に怒り散らすセラを何とか宥めることに成功し、十五分程で支度を整えて宿を後にした。
宿にはセラの母親が発動した防音の魔法が張られているため、外の音が聞こえることはないのだが、一歩敷地を出ると聴覚の世界が一変した。宿内に響き渡る音といえば精々、冒険者達が必要でする雑談程度だ。しかし外に出て鼓膜を叩いてくるのは、壁とも感じ取れる――――物量すら感じ取ってしまうのでは?と疑ってしまいそうなほどに圧倒的な音量だった。
ダンジョン都市の住民が発する生活音は勿論のこと、それ以上に目や耳を引くのは外部からの観光客だ。各町、他の都市部から来た様々な人々が大通りを埋めつくし、早朝から開かれていたであろう屋台や、商店街の店に長蛇の列を形成している。道の端に停まっている多数の馬車には、有名な貴族の家紋が彫られているものもあり、やはり年に一度の大きな行事なのだと実感させられる。
更には他の種族とは関わりを持たずに、森の奥深くでひっそりと暮らしているエルフや、近年まで戦争をしていたため未だに人間から差別を受けている、獣人までもがその姿を現せていて、思わず驚愕に目を見開いてしまう。
祭を楽しもうと言って宿を出た矢先、一歩目で立ち止まってしまった俺。そんな俺の手を急かすように引っ張ったセラは、「ほら、行くわよ!」と言って肩に掛けたバッグから、龍誕祭のパンフレットを取り出した。
「パンフレットなんて何時貰ったんだよ?」
「うちは宿屋なのよ?観光客用のパンフレットなら、百枚や二百枚は配布されているわよ」
「それって大丈夫なのかよ?」
「んーー。まぁ、どうにかなるでしょ」
手にしたパンフレットをヒラヒラさせるセラは、何でもないようにさらりと言ってのける。
「それって大丈夫じゃないだろ・・・・・・」
「えっ?!いい今からでも、戻してきた方がいい?」
「いや、もうしょうがないだろ。何処から行くんだ?いつまでもそれを気にしてられないぞ」
ようやく納得したらしいセラは、パンフレットに目を通して行きたいところにチェックを始めた。やがて何となく目星がついたらしく、パンフレットを仕舞ったセラは笑顔になって「ほら、早く行くわよ!」と言って自然に俺の手を取った。
びっくりした俺がその手を見つめて解こうとすると、セラはそれを拒否するかのように強く手を握り締める。
「これだけの人数がいるんだから、小さい私じゃはぐれるかもしれないでしょ?」
「俺は【索敵】を使えるから、別に手を繋がなくても大丈夫だけど?」
「うっさい!私は、はぐれてからじゃ遅いからそう言ってるのよ。ほら、早くしてよ」
内面からにじみ出そうな感情を誤魔化すかのように、セラは語尾に圧を込めて大通りの端にある屋台を指差した。
「いや、でも俺は・・・・・・はいはい、分かったよ。あの屋台は・・・・焼き鳥か。あんなのでいいのか?」
「ふふん。フェイルもそう思うでしょ?でも、あの屋台は隠れた名店なのよ」
珍しく人を食ったかのような笑顔を浮かべるセラに続いて、屋台の前まで移動すると、数人の列越しでも甘いタレの匂いが漂ってきて、腹の虫が不満を訴えるかのように音を鳴らす。
更には気前の良さそうなおじさんが、年期の入れようを感じさせる手さばきで多種多様な食材を焼いていて、音を立てて焼き目を付けていく色どり豊かな食材を見ていると、より一層空腹感を掻き立てられる。
「本当だ。確かに、これはかなり美味しそうだな」
「だから言ったでしょ?このおじさんは元Aランク冒険者で、引退後は王都で焼き鳥屋を経営している人なのよ。龍誕祭が近くなるとそれにあわせて食材を集めて、毎年こうして屋台を開いているの。」
冒険者とは常に戦っているイメージが強いが、実際はそうでもない。目的の魔物を討伐するために何日も歩くなんてざらにあるし、ダンジョン内を探索するだけの時だってある。そういう時どうしても持て余してしまう暇があり、それをいかに潰すのか?というのが、割りとポテンシャルに関わってくるのだ。
そして食事というのは、その中でも代表的なものである。だからこそ、元Aランク冒険者が作る食べ物であるならば、食べてハズレということはないだろう。
香ばしい匂いに釣られながら、俺は網の上に並んだ食材に目を通していく。
表面にいくつもの凹凸が浮かんだ、気色の悪い何かの肉――――おそらくは魔物の肉だろうか?
十センチメートル程の大きさのピーマン、その下部には大きな口が開いていて、細長く綺麗な歯が生え揃っている――――これもおそらくは魔物だろう。
脱力して半開きになった口から串を刺されて尻まで貫かれた、翼の生えた小さいトカゲ――――こいつはドラゴンの幼体だろう。
最早形容すべき言葉が見つからない―――って?!この屋台は魔物専門かよ!!そりゃ数人しか並ばねーだろ!!
色や姿形様々な食材を焼く炎は、まるで躍り狂うようにその勢いを増していく。
そしてその様子を前に一歩後ずさった俺に対して、屋台のおじさんが口を開いた。
「これだけの魔物が焼かれてる光景は、やっぱり珍しいか。何、俺は趣味でやってるようなもんだからな、嫌なら買っていかなくったって構わねえよ。そっちの嬢ちゃんみたいな常連さんが出来れば、それで嬉しいってもんだ」
「え?お前、毎年この屋台に来てるのか?」
「そうだけど?」
こともなげにそう言うセラは、嘘を言っているようには見えない。せっかく一緒に来ているのだから、何も買わないのは失礼だろうか?
しかたない。
「ゴブリンの肝臓を一つ・・・・・・いや、半分とかって出来ます?」
屋台のおじさんが、動かす手を止めた。
ゆっくりと食材から俺へと顔を動かしたおじさんは、こちらをじっと見つめてから、ニカッと破顔一笑する。
「はっはっはっは!!お前、すげえやつだな!!店主を前に半分下さいなんて、食べたくねえって言ってるようなもんだろうが。よしよし、そんなお前には、おまけで三つくれてやるよ」
「えっ?!ちょっ?!」
ゴブリンの肝臓を六個袋詰めしようとするおじさんを止めようとするが、おじさんは無駄なところでAランク冒険者の実力を発揮させる。手元が霞むような速さで袋詰めを終えたおじさんは、こちらに手の平を差し出した。
「ほら、ゴブリンの肝臓一つが銅貨二枚だから、銅貨一枚だぞ?」
こちらをおちょくるようにニヤニヤ笑うおじさんだが、完全にしてやられた。
「分かりましたよ!美味しく頂きますから!!」
失礼にならないよう丁寧にお金を渡し、ニヤニヤと笑うおじさんとニコニコと馬鹿にしてくるセラから逃げるように、俺はその場を後にした。
「でも良かったじゃない?もしあのおじさんが酷い店主だったら、周りにも聞こえるような声量でフェイルを糾弾してたところなのよ?そうすれば、嫌でも謝罪しなきゃいけなくなってたんだから」
「そうだけどさーー」
次の目的地に行くために大通りを行く俺たちは、さっき買った焼き鳥?を食べながら談笑していた。
マンドラゴラという叫ぶキノコを買ったセラは、器用にそれを食べ進めていく。その様子を見ていた俺と目が合うとセラは、袋からもう一つのマンドラゴラを取り出した。
「ごめん。全部食べられそうにないかも。まだ食べたい物とかあるし、これ食べてくれない?」
「別にいいけど?」
何か仕組まれているのかを警戒しながら渡されたマンドラゴラを手に取るが、特に異常はないようだ。
安心した俺はゴブリンの肝臓を食べ終えると、マンドラゴラに食らい付く。マンドラゴラの固い食感と香ばしいタレの匂いが口一杯に広がり―――――
『キャァァァァア!!!!』
突如俺の口の中から、けたたましい悲鳴が鳴り響いた。その音に吃驚してマンドラゴラを喉に詰まらせた俺は、水を流し込んでから笑いを堪えているセラを睨む。
「お前わざとやっただろ!!」
これは後で知ったことなのだが、マンドラゴラの悲鳴は意図的なものではなく、声帯を刺激すると勝手に出てきてしまう物らしい。セラが器用にマンドラゴラを食べていたのは、声帯を避けるため。つまり、わざとやったということだ。
一足先に逃げていたセラは大きな声で「知らなーーい!」というと、洋服屋目掛けて走っていった。
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