龍誕祭1
俺には権力の詳しいことは分からないが、おそらく裏であの第二王子が何かをしたのだろう。
下手に昂った意識では一睡することすら叶わず、入院している患者達がまだ寝静まっているような早朝に退院した俺を待っていたのは、ギルド病院の院長をはじめとした、中枢人物達によるVIP待遇だった。
高々Bランク程度の小汚ない平民を相手に、社会の上流層を優遊自適に遊泳している人達が媚びへつらう。滑稽さすら感じさせない程見るに堪えない状況だが、それすら第二王子が意図したことなのだろう。俺を一方的に言いくるめて、ミラの事を何一つ話さなかったような人だ。俺の話術が足りないと指摘されればそれまでだが、第二王子ならそれくらいは躊躇い無くやってのける筈だ。
しかし一体何と仄めかせば、ダンジョン都市内でも有数の金持ちであるこいつらが、俺なんかに媚を売るのか?
纏わり付くような空気や舐め回すような視線に後味の悪さを覚えた俺は、足早にギルド病院を後にした。
病院を出て、俺はまだ見ぬ日光に備え眉を伏せるが、朝を迎えているのにも関わらず辺りは薄暗さが腰をおろしている。現在が丁度日の出の真っ最中なのだろう。地平線から顔を覗かせた程度の光では、魔物の襲撃を防ぐためにそびえ立つ城壁に囲まれたダンジョン都市内部を、照らすことは出来ないようだ。
早朝故に人通りが少ない大通りを歩いていると、普段との人の数の違いに思わず別の町を歩いているのでは?と錯覚してしまいそうになる。しかしもしそうなら、商店街に並ぶ数多くの店が開店準備に追われている光景、そして何より龍誕祭に向けての飾り付けがされている光景など、見ることはないだろう。
意図して考え事をするようにして睡魔を誤魔化しているが、一睡も出来なかったことは相当体に堪えているらしい。地を踏み締める足裏には力が入らず、思考のままならない頭がホワホワしてしまう。
赤子のような熱を放つ間接を酷使しながらなんとか宿屋に到着すると、受付台から頭だけを覗かせたセラの母親がいた。
妖精は定命の種族の中で数えても、とても長寿な生き物だ。個体によっては五百年以上生きる者までいるほどで、そのため体の成長速度はかなりゆったりしている。何時だかセラの母親は百歳を越えていると聞いたが、まだ妖精の成人とされる十四歳程の体には成長していない。だからだろうか、受付台からぴょこっと頭を出す仕草にはどこか保護欲を感じさせるものがあるが、しかし内面から滲み出る母性がそれを相殺していた。
「あらあらあら。もう退院しても大丈夫なの?ギルドからはセーフティーが赤く染まったと聞いたのだけれど」
「俺が分からない細かいところを、第二王子が代わりにやってくださったみたいなんです。だから手続きが早めに終わったんですよ。そのせいで休まらない体を、尚酷使するはめになったんですけどね」
気だるさを感じさせないように機敏な動作で腕を広げ、その場で一回転して見せる。一周を終えてブレーキを掛けた右足がふらつくのを堪えて、何とか停止した。
上手く出来たと思ったのだが、その様子を見ていたセラのは妖精特有の魔法だろうか?瞬く間に様々な色を写し出す光を瞳に纏うと、俺にこう言った。
「ふふ。軸足はふらついていて、体の中―――特に内蔵が休んだ形跡がないわ。体温も普段より高めのようね?どれも寝不足の証拠よ。私相手に強がったって、何も出てこないわよ。娘にはそれとなく伝えておきますから、今日は部屋で休むといいわ」
「・・・・・・はい、そうします」
凄いな。妖精が観察することを得意とする種族であるとは知っていたけど、流石にこれほどまでとは。こんな宿の女将さん(幼女さん?)ですらこれだけの武器となりうるものを持っているのに、俺には何一つない。
井の中の蛙―――何も知らずに弱小な力で調子にのっていた俺には、それくらいが似合っているのだろうか?いや、そもそも井の中で俺は、蛙にすらなれていないだろう。
鉛のように重たい足を引き摺りながら部屋に戻り扉を開けると、既にラーシェが戻ってきていたようで、ベッドの上でゴロゴロしていた。【人化】している状態のラーシェは、構造が人の体とかわらない。そのため今ラーシェが怪我を負っているということに、直ぐに気付いた。
「どうしたんだよ?そんなに傷だらけになって、何があったんだ?」
右腕に浅い切り傷が二つ、シャツがめくれて見える腹にも大きな切り傷があった。幸い血は出ていないようだが、かなりの重傷だろう。
「ボクからコンタクトをとったんだけど、会う前に一方的に探知されて魔法だの剣だのが凄い数飛んできてね?お陰様で会うこともできなかったよ」
俺が帰ってきたことの喜びを、両足をパタパタさせることで表すラーシェはおどけたようにそう話すが、そんな軽い内容ではないだろう。
「ちょっと待て。会うこともできなかったって言ってるけど、それが古い知人って人の話か?」
「そうだよー。ダンジョンの中にいたんだけどね、むこうはボクに会う気も無いらしいときた。つもる話も沢山有るし、また明日押し掛けようかな。・・・・・・邪魔するようなら、潰さないとね」
「お前に限って死ぬことはないと思うけど、無茶だけはするなよ?今日は疲れたし、もう寝る。ラーシェも怪我が酷いんだから、体動かすのもほどほどにして休めよ?」
はーい。と間の抜けた声を発したラーシェを一瞥して、俺は崩れ落ちるようにベッドに倒れ込んだ。
ばん!!
静寂に包まれた室内を引き裂くように、ドアが乱暴な音と共に押し開けられた。布団にくるまって寝ていた俺は当然それに対応出来ず、唐突な騒音を少しでも遮るために耳を塞ぐくらいのことしか出来ない。
断固たる防御姿勢を示すために布団に籠ると、ドアを開けたと思われる何者かが足下強く床を響かせながら、こちらに近づいてきた。
はあーー。その直後に一瞬の静寂が訪れ――――そして「起きなさいよ!!」室内をこだまし、俺の鼓膜を蹂躙する怒声が空気を振動した。
大きく鼓膜を揺さぶる音に体がすくむと、声の主はその瞬間を狙っていたかのように、手際よく俺の布団を剥ぎ取った。去り行く布団を求めて閉じていた両目を開けると、眼前には最近括れを主張し始めた腰に両手を当てて、柳眉を逆立てたセラがいる。
「起きた?」
唐突だが、人間は本当に起こったとき、大抵は二通りの反応を示すものだ。
片方は激情に任せて、思い付く限りの言葉を罵詈雑言として並べ立てるもの。
そしてもう片方は、感情の渦に飲まれることなく言葉数を少なくするもの。
訳の分からない場面で起こり出すことがしばしばあるセラの心情を汲み取るのは難しいが、それでもセラが真顔になって言葉少なになるとき――――これは、大抵ヤバイときだ。
素直に謝ろうとして視線を上げると、そこにはセラの機嫌すらをも掠めてしまう光景が広がっていた。
「セラ?その服はどうしたんだ?」
俺がそう尋ねるセラははたして――――襟や袖口がフリルで飾られた、純白のワンピースを着ていた。一体どれ程上質な生地を使用しているのか、セラや風の動きに合わせて躍動するワンピースにはきめ細かい刺繍が施されていて、値段の高さが窺える。
妖精特有の白いきれいな肌をもつセラと、純白のワンピース。胸元や膝上の露出度が高く第二次性徴特有の儚い肢体が、蠱惑的な惹き付けられ、しかし内面から滲みでるのは確かな貞操観念の固さだ。
一瞬セラに見惚れて言葉を失った俺を他所に、セラが気になる発言をした。
「フェイル?龍誕祭はきょうからよ?」
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