突きつけられる現実


彩り豊かに飾られ、人で溢れていた商店街。そこに軒を連ねた数多の店は現在シャッターを降ろしており、昼間の喧騒と比較するまでもなく、不気味さを感じさせる静寂が辺りを包んでいる。


ダンジョン都市の城壁前では、黒を基調として機能美に優れた鎧に身を包んだ、王都から派遣されてきた駐屯兵が門番の交代を始めている。不幸にも夜勤となってしまった兵は、仲間に小言をのたまっているようだ。


冒険者ギルドが管轄する病院の屋上。


俺はそこで夜風に当たりながら、第二王子に話を切り出すタイミングを掴みかねていた。


夜景に目を向けて風情の魅力を感じている俺と、そんな俺を微笑みながら見つめている第二王子。一見何でもない――――むしろ安心感すら覚えてしまう光景だが、そんな傍目とは裏腹に俺達の間の空気には、絶対零度を感じさせるような重圧が込められている。


「それで、僕に話とは一体何でしょうか?」


最初の一言――――その選択を誤れば、この緊張感は感情という名の導火線に導かれて破局するだろう。爆弾とでも称すべき空気が、第二王子の言葉によって切り裂かれた。


「何故俺のために、これだけのことをしてくれるんですか?」


「何故、ですか。何故とはどういうことですか?」


第二王子は、あくまでもはぐらかすつもりのようだ。今も有らぬ方向へと視線を向け、我関せずを貫いている。


俺はそんな第二王子に、俺の診断書を突き付けた。


そう、聞きたいことは一つだけではないのだ。


「トロルが五層に現れたのが第二王子様の過失だとして、一応被害者になってしまった俺に、病室を紹介するのは普通の措置でしょう。でも、この診断書を見てください。支払いの枠に押されたこの調印。これって王家の紋章ですよね?複製を見たことがあるので、間違いではないと思います。従者に任せて終わらせるところを、どうしてわざわざ第二王子樣ご本人が支払いを?」


第二王子が、そこまでする理由。もしかしたら、スライムのテイムが何処かから漏れたのか?


――――俺の中に、どんな価値を見出だしているのか?


一つ形が違えば、王家の血筋の者が俺にひいきしているとも取れる状況。それ故に第二王子が何を考えているのかが分からないことに対して、うすら寒さを覚える。


しかし、この事を話さなかったとすれば、それを盾にして少しでもミラの話が聞けるかもしれない。逆にしっかりと話してくれるのであれば、早めに不安要素を摘み取れる。付け焼き刃にもならない拙い話術だが、どう出る?


「あわよくば少しでも多くの情報が欲しいのですね。しかし、僕は王族です。そんな程度の浅知恵では、権力でねじ伏せられますよ?知恵を振り絞るのであれば、極限まで。相手の全てを剥ぎ取って奪い取る覚悟を持たなければ、逆に全てを奪われます。フェイルさんは平民ですから、一度は見逃しましょう。次にこの舞台に上がるのであれば、その時は僕に奪われる覚悟を持ってくださいね?」


「なっ?!そんな――――」


俺が激昂して言葉を発した直後、第二王子は眼差しに無言の圧力を込めた。


「―――不敬罪。何か勘違いしていませんか?そもそも平民が王族と同じ目線で話すことすら、投獄沙汰なのですよ?僕がどれだけフェイルさんのために妥協してあげているとお思いで?その上で二物を掴もうとするのですか?さぁ、選んでください。調印の理由か、別の話かを」


「調印の事は諦めます。ですから、ミラの話をしてください」


自分よりも強力な権力、知恵で武装した第二王子に何も言い返せず、俺は素直に従わざるを得ない。そしてそうなるべく話を展開した第二王子は、薄ら笑いを浮かべた。


「そうですか。ではまず、フェイルさんはミラさんのことをどう思っていますか?」


「どうってそれは――――」


いきなりの率直な質問にたじろくと、第二王子はどこまでも冷たい目を向けてきた。コールタールの底、奈落の底、深淵。どれも暗さや深さを形容するものだが、今の第二王子の瞳のそれは、そのどれよりも暗く深い。


「好き。そう思っているのであれば、今すぐにでも諦めてください。」


俺の言葉を遮ってまで、伝えることを是とした激情。平坦な口調とは裏腹に込められた感情の渦は、言うなれば清流に潜む肉食魚だ。ストレートにぶつけられる感情より、ある種の恐怖を覚える。


「ミラさんから少しだけ話をうかがいました。フェイルさんは、ミラさんと別れるまでは人一倍努力していたとか。好きな人の隣にいるために頑張る。素晴らしいと思いますよ」


「それならどうして諦めるんですか?」


「本当に本心から言っているんですか?それなら聞きますけど、ミラのさんと別れてからは、何をしていましたか?まさかゴブリンとスライムだけを討伐して、それで努力していたとでも言うつもりですか。はっ、笑わせないでください。そんなこと、多少剣の心得がある五歳児でも出来ます。もし僕がフェイルさんと同じような境遇に立たされたのなら、毎日寝る間も惜しんで剣を振り続けますよ」


そんなことも出来ずに諦めた人が、何を言っているのですか?そう繋げた第二王子は、更に言葉を重ねた。


「本当に諦めたくないのなら、自らが置かれた状況に行動を左右されたりはしません。好きと言うのは、心が欲する。体が欲する。であればこそ、それが無くなる環境を、許容は出来ません。できる筈が無い。僕自信がそうですから。今も死にたいほどに苦しい。だから今のあなたを見ていると、腸が煮えくり返ります。無くしたものを取り返す努力をせず、只状況に流されて。そんなことで、フェイルさんはミラさんに何を見ているのですか?」


「俺は・・・・・・どうして?」


自分の中でも、自分の答えが出てこない。そしてその逡巡を見透かした第二王子は、鼻で笑いながら答えを述べた。


「フェイルさん。あなたの行動は、あなた自身の意志の元ではないでしょう?別れろと言われたから別れた。現実を突き付けられて、途方に暮れて諦めた。そして―――」


ここで一拍置いた第二王子は、俺との間に広がった1歩分の距離を詰めると、最後の言葉を吐き捨てた。


「ある日ポッと強い力を手に入れたから、何となく頑張ってみることにした。ね?どれもこれも受け身の行動です。」


「で、でも」


「そんな言葉を並べなくても良いですよ。フェイルさんの言葉を求めている訳ではありませんから。分かりにくいのなら、もっと分かりやすく詩的な言い方にしましょう。いまフェイルさんが進んでいる道は、フェイルさんの物語ですか?フェイルさんの意志のもと、フェイルさんが刻んだ道筋ですか?違うでしょう」


第二王子の言っていることは、どれもこれも正しく―――そして俺という人間の核心を突いていた。何もかもを見透かしたような言葉は全てが完璧に研ぎ澄まされ、反撃する隙間すらない。


そして、そこから生まれるのは、俺が黙り込むことによって生じる静寂だ。


「話はそれだけでしょう。だとしたら、僕はもう戻りますよ」


俺の返答すら待たずに屋上を後にした第二王子の背中を見て、俺は迷っていた。俺は何をしていたのだろう?何をするのだろう?


後ろを見返しても道はなく、前を見てもとてつもない距離の先に賢龍がいるだけ。そして、その道は苦難続きだ。俺が自らが選んだと勘違いして、何も考えずに突き進んでしまった道。


これはダンジョンで気を引き締めるとかの次元ではない。根底から間違っていると、俺の行動理念を全面否定されたのだ。そして、それは間違った指摘ではない。


――――――ベッドに戻って考え続けたが、思考は堂々巡りをするだけで、結局何も解決しなかった。

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