一日だけの入院


それは――――そう。


例えるのであれば、それは瞬く雷鳴。まるで暗幕に包まれたような暗さを晒すダンジョン内を照らす、衝撃の嵐だった。


暗闇をかき消し―――塗り潰すかのような白光が刻まれ、疾風迅雷を思わせる速さで地を駆ける。その直線上にはトロルの右半身あった。光の奔流。圧倒的な暴力に飲まれたトロルの右半身は、あっという間に蒸発し、後に残ったのは災害とも称すべき傷痕と、そして混乱を隠せない俺の荒い呼吸。


冷たい岩肌に血の花を咲かすトロルだったものが、ゆっくりと地に倒れ伏す。確かに俺を殺せるだけの威力を秘めていた左腕は、今や見るも無惨な状態になっており、ごっそりと肉を持っていかれた傷口からは、止めどなく血が溢れている。


金属を彷彿とさせる異臭に顔をしかめながら、俺は眼前で繰り広げられた惨状に耐えられず顔を背けた。


「お怪我はありませんか?」


俺を心配するかのように早足で近付いてくるその男は、トロルの死体を踏み越えながら、そう言った。


どこか異質で人外を思わせる輝きを放つ金色の髪は風に揺らめき、長身でスラッとした体型に似合う優しげな顔は、貼り付けられた笑顔で飾られている。


「あ・・・・・・はい。あの、えーと」


「あぁ、今のが何か?と聞きたいのですか?」


俺の目の前まで歩いてきた金髪男は、言葉にならない俺の疑問を汲み取り、二の句を継いだ。


「トロルを殺したのは僕ですよ。こっちに移動してから、試しにパーティーで十八層の探索をしていたのですが、道中で出くわしたトロルを初層に逃がしてしまいまして。微力ながら尻拭いのために助力をさせてもらいました。」


微力って・・・・・・。Bランクのトロルを瞬殺出来るようなスキルが微力なら、この人の周りの冒険者には一体、どれだけ強い人がいるんだよ。


ダンジョン内で、何時までも座り込んでいる訳にはいかない。他の魔物が来る前に移動をするため立ち上がろうとするが、力を加えた両足がふらついてしまう。そこでようやく、速まる動悸が収まらないことに気付いた。不自然なリズムを刻む呼吸に息が詰まり、酸素の供給量が足りなくると、次第に視界が明滅する。


ああ、そうか。トロルに攻撃されたせいで、HPが激減したんだ―――。


「大丈夫ですか?!」


そんな言葉を耳にして、俺はあっさりと意識を手放した。











「―――さん」


どこからか、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「フェイルさん――――――フェイルさん」


今度はハッキリと聞こえた。俺の頭の上から降りてくる声は、おそらくマリアさんのものだ。その声に誘われるように目を開くと、目の前にはこちらを窺うマリアさんの顔があった。


「ようやく目を覚ましましたか。少しだけ心配したんですよ?」


咎めるような表情の中にも幾ばくの安堵を浮かべるマリアさんは、いつも通りの声色を響かせながら、水を注いだコップを俺に寄越した。


「ありがとうございます。それで、どうして俺は――――ギルド病院に?」


俺はベッドに体重を預けながら、マリアさんに疑問をぶつけた。


ギルド病院。


冒険者とは、それなりに活動をしている限り、怪我はつきものな職業だ。それは軽い傷もあれば、入院しなければならないような重傷まで様々。毎回自腹を切っていると、稼いだ以上に治療費が掛かってしまう。それを防ぐために建てられたのが、ギルドが管轄する病院―――通称、ギルド病院だ。


必用外のお金を掛けずに建てられた病棟であるため、外見はもちろんのこと内装も質素なものとなっており、一目見ればここがギルド病院であることが分かった。


「フェイルさんは自分が気絶する直前、どれだけの傷を負っていたのか分かっているのですか?」


手元の書類を片付けながら片手間で俺の相手をするマリアさんは、書類に走らせていたペン先を俺に向けた。


「ギルドカードのセーフティーが、赤く染まっていたんです。残存HPが一割を切ったんですよ?もし第二王子がその場を通らなければ、今頃は死んでいたでしょう。私が言ったこと、何一つ分かっていないみたいですね!」


珍しく感情を露にするマリアさんの剣幕にたじろいた俺は、ばつ悪く「・・・・・・すみません」としか言えない。


「今回は厳重注意で済みましたが、次に何かあればこうはいきませんよ?それ相応の対応――――一人でのダンジョン攻略を禁止することになります。ギルドは只冒険者をダンジョンに送り出すだけの、悪徳企業ではないんです。フェイルさんのような次々問題を起こすような人を、放っておくことは出来ませんよ」


「え、でも―――「でもも何もありません!」・・・・・・分かりました。―――それで、一つだけ聞きたいことがあるんですけど、今第二王子とか言いました?言いましたよね!」


この世界において、貴族階級は絶対だ。国の法律は当代の国王が好き勝手に変更出来るし、各領地の決まりごとは領主が取り仕切っている。故に貴族の気分一つで平民の首など地に落ち、それが王族となれば尚更だ。知らず知らずの内に不敬の一つでも働いていたとすれば、ある日突然お抱え騎士に連行されかねない。


「俺が明日指名手配されていた、なんて笑い話にもなりませんよ?!しかも第二王子って、勇者パーティーの一人ですよね!そんな権力の塊みたいな人に――――」


「僕が権力の塊みたいだなんて、随分な物言いですね?」


「キャァァァァァア!!!ちち違うんです!第二王子様のそら素晴らシーい功績について話していただけで、ほんとうですよ?!」


今最も会いたくないランキング第一位を独走しているその男は、まるでタイミングを見計らっていたかのように、一番聞かれたくない会話の途中で入室してきた。


「別にそんなこと気にしませんよ。それより、体調は優れますか?」


「やっぱり貴方が第二王子なんですね・・・。あの時はありがとうございました。おかげさまで、今は大丈夫そうです。でも、右腕の指先があんまり動かなくて困ってます」


その言葉を聞いた第二王子は、一瞬だけ解ほどけたようにクスリと笑うと、俺の診察結果が書かれた紙を渡してきた。


「その右腕は一見治っているように見えますが、それは見た目だけのものです。表面は取り繕われているようですが、回復魔法のように機能までは改善されていません。なので、一週間は安静にしていてください。――――というのが、医師からの御言葉です。おそらくその右腕は゛スライムの【再生】゛のようなもので修復されたのでしょうか?表面だけを治すのは、魔物特有ですから」


俺が介入するまでもなく完璧にまとめられた、第二王子による診察結果。その次を継いだのは、マリアさんだった。


「というわけで、フェイルさん?今日から一週間の間、一切の戦い、争い事、小さないざこざを禁じます。これはギルドの意向でもありますから、破ればルールに乗っ取った処罰が待っていますよ?」


「えーー?!ちょ、待ってくださいよ!一週間もダンジョンに行けないなんて、死活問題ですよ!!」


「フェイルさんは最近、凄いペースでダンジョン攻略していたでしょう?階層の到達報酬で貰ったお金だって、相当なものな筈です。節約すれば、死にはしないでしょう?一週間も我慢出来ない人には、病院食を与えませーん。悟りでも開くまで、断食してください」


そう言うが早いが丁度配膳されてきた夕食を取り上げたマリアさんは、言外に「さぁ、どうしますか?」と突き刺すような視線を向けてきた。


「あぁ、もう!分かりましたよ!だからそれ返してください!!」


するとマリアさんは、お椀に蓋をしてなぜか逆さまにした。


「はい。返しました」


「ちょ?!何してるんですか!!幼稚ですか、中身が大変なことになってますから、早くくださいよ!!」


するとマリアさんは、お椀を上に持ち上げた。


「はい。くださいと言われたので、上げました(笑)」


「まじでいい加減にしてくださいよ!!」


ようやく返されたお椀を手に取るが、右手が少しだけ動きにくい。落とさないように左手で取ることにした。


それにしても、どうして第二王子は【再生】だとおもったんだろうか?


魔物は普通互角以上の相手と戦わない。人間と違い負けても助けてくれる人がいないため(種族によってはそうでもない)、確実に勝てると思える時にしか、戦いを挑まないのだ。故に部位欠損や病などは、絶対に相手に悟られてはならない。【再生】とはそのためにあるスキルだ。見た目だけを完璧に直し、張りぼてであることを気付かれない程度に機能を回復させる。


これはラーシェをテイムした際に知ったのだが、どうして第二王子が知っているのだろうか?いや、他の魔物使いをあたれば、それくらいは分かるか。


微笑みながら俺たちのやり取りを眺めていた第二王子は、「明日の朝には退院していいそうですよ。今日運ばれてきたばかりだと言うのに、随分と早めの退院ですね」と残して、病室を出ようと荷物の整理を始めた。


「あ、待ってください!」


声を掛けられた第二王子は動かす手を止めて、顔だけを俺の方に向ける。


何で声を掛けたんだろうか?助けては貰ったけど、それでもわざわざ呼び止めてまですることだろうか?第二王子を相手に。そもそも第二王子本人が来てくれることすら、とんでもないことだ。それなら、これ以上は止めてはいけないだろう。


パーティーメンバーにも謝ってもらいたい?いや、違う。


そうだ。゛勇者゛としての第二王子に、話を聞きたいんだ。


ミラの話を。


いつもより重く感じる口を開け、俺は第二王子に用件を述べた。


「俺と第二王子だけで、話がしたいです。出来れば第二王子のパーティーメンバーも交えたいですけど、俺は第二王子としか面識がありませんから。何の事かは、言わなくても分かりますよね。というか、゛俺゛だと知って助けました?」


第二王子の瞳が、怪しく光った。


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