力の限界


「ねえ、フェイルさん?これは一体どういうことなんですか?私にはにわかに信じ難い光景なのですが?」


「マリアさんは、どうしてそこまで俺が強くあろうとすることを否定するんですか?」


「そういうわけじゃ無いんですよ。最近まで生まれたての子鹿みたいにガクブルしていたフェイルさんが、こんなに強くなったんですよ?信じろって言う方が無理があります」


マリアさんはそう言うと唇を尖らせて不服をあらわにすると、ギルドマスターがニコニコしながらこう言った。


「まあ、良いじゃねーか。これでまた一人Bランク冒険者が増えたんだしよ」


――――――え?


「は?Bランク?ギルドマスター何言ってるんですか?俺はまだDランク冒険者なんですよ?それをいきなりBランクにするなんて可笑しいですよ?!」


「おいおい、あそこに転がってるギャッツを見てみろよ?実はあいつもな、そろそろ昇級試験を受けさせようかって話が上がってたんだ。そいつをボッコボコにして叩きのめしたフェイルがCランクなんかに収まる筈がねーだろ?それに、これだけの人数の前で戦ったんだ、誰も文句は言わねーだろうし、逆恨みの心配もねーよ。」


珍しく論理武装して話を進めるギルドマスターに言い返せずにいると、何故か周囲から拍手喝采が沸き起こった。観客と化している冒険者達は、素直に俺の昇級を祝福してくれているようだ。俺の解体ショーを見物しに来たくせに何を今更と思わなくも無いが、冒険者という職業はもともと血の気が盛んで、殴り合いは囃し立て、一方的なリンチにはやじを入れて笑い飛ばすものだ。そこにはギャッツの様な悪意などないし、娯楽の無い中での楽しみの一つなのだろう。


「はぁ分かりましたよ。Bランク冒険者になりますよ。その代わりと言っては何ですが、スライムの討伐クエストは出来るだけ俺に回してくれませんか?」


「あぁ、それくらいなら構わないぞ。話は通しておくから、詳しいことはギルドの受付で聞いてくれ。私は報告で忙しくなるから、今日は解散だ。皆また今度な!」ギルドマスターがいなくなったのを確認して俺は、タールが手を振っていたからそっちに移動する。


「何だ見てたのか。男と男の殴り合いなんか観て、そんなに楽しい?」


「いーや?俺はそんなもん見たって何も感じねーよ。俺じゃなくてナージェだよ。ナージェが行きたいって言ったんだ。」


そう言うと、タールの後ろからナージェがぴょこっと出てきた。


「―――――――――――――フェイル強かった。ぅ、」


お?おお?!


ナージェが、ゲロらずに言葉を紡いだ。すげえ、こんなことに慣れる俺の精神がすげえ。


「ありがとうな」


ポンッと頭に手をやると、吐くかと思ったが吐かずに、「―――――――うん」とナージェが言った。しかし、これ以上は限界のようで、口元を押さえながらタールの後ろに隠れてしまう。


「じゃあね、二人とも。俺は宿に帰るから、また今度」


「じゃあな!」


あっ、その前にギルドに行かないと。

あと本も読まないと。











「あのーすみません。フェイルですけど、ギルドマスターからスライムの件は受付に聞けと言われて来ました。どなたかご存じ無いですか?」


俺の昇級試験を見に行った冒険者達がまだ帰って来てないのか、閑散としたギルドの中に入っても暇そうにしている受付嬢しかいない。


ほとんどの受付嬢が俺を無視して休憩するなか、一人の受付嬢が俺に分かりやすいように手をあげて、「その説明は、私がしますよ?」と言った。


「マリアさん仕事が早すぎますよ?俺の方が早く出てギルドに向かったのに、どうしてギルドマスターから説明を受けたマリアさんが、もうここにいるんですか?」


「それは秘密ですよ?私にだって秘密の一つや二つくらいはありますから」


「そうですか。あぁそれと、読み終わったから『メイザー冒険記』返しますよ。中々面白かったですし、最後は感動しましたよ。ありがとうごさいました。それで知りたいんですけど、この本とかどこで買ってるんですか?」


俺が本を返しながら質問すると、マリアさんは少し間を開けて答えた。


「ここからそう遠くないところにある本屋です。今度場所を教えますから、その時にでも行きましょう」


「本当ですか?!いや、俺ってこういう本読まないんで分からなかったんですけど、結構好きみたいなんですよ。只時間がないのであまり読めないんですけど、それでも『メイザー冒険記』は面白かったです!」


「そうですよね!?主人公が勇者になるために奮闘するところとか、凄く良いですよね」


「あー、序盤のひたすら努力してるところも良いですけど、俺は魔王が自分の悪意の鏡写だったことに感動しましたよ。倒すんじゃなくて自分の弱さを受け入れるのが心にきました。最後の『お前は俺で、俺はお前だ。大丈夫、俺がお前を受け入れてやる』って言いながら魔王と握手するシーンが泣けました」


「あーー、そこもキーポイントですよね?あとあそこのシーンも―――――――」



三時間後




「て言うわけで、今度また別の本を貸してください。いやー、本がこんなに面白いだなんて初めて知りましたよ」


「そうですか?それなら良かったですよ。じゃあ、そろそろスライムについての話を始めましょう」


「あ、」


「どうしたんですか?まさか忘れてたわけじゃ無いですよね?」


「へ?そ、そんなわけ無いですよ?いやー、忘れる筈がありませんよ。マジでそんなわけありませんよ?とにかく早く始めましょう?時間が無いんですから」


俺を怪しむように見ていたマリアさんだが、渋々と話を始め出す。


「分かりましたよ。まず、スライムのクエストですが、成り立ての冒険者にとってはスライムの討伐が生活費に直結します。なので、一定数は初心者に回されますが構いませんよね」


「はい、それくらいは良いですよ。それより俺が聞きたいのは、スライムを効率よく討伐出来るクエストを優先的に教えてくれるかどうかですから」


「それなんですけど、スライムの討伐クエストは常時解放されているクエストしか無いんですよ。だから、特に優先できる物が無くて強いて言えば、自分で足を運んでその場その場でスライムを殺して下さいとしか・・・・・・」


申し訳なさそうに言われるその言葉は、俺が今までの生活でしていたことと何も変わらないものだ。伊達にスライマーとは呼ばれて無いぜ!


「そんな、俺は踊らされていたのか?ギルドマスターに踊らされていたのか?え、ギルドマスターって、そんなに頭働くのかよ。普段から使えよ」


「失敬な!普段から使ってんだろ!!」


またまた受付からぴょこっと出てきたのは、やはりギルドマスターだった。運動でもしてきたあとなのか、肌に汗を滲ませながら肩で呼吸しているギルドマスターは、巨大兵器むねをはると、「ダンジョンでスライムが大量発生してるんだけどな~。今さっき私が見つけたばっかりだから、まだ誰も知らないんだよな~。今から討伐隊の編成しちゃおっかな~」と、俺をチラチラ見ながら言う。そして、「よし!今から編成を組んでスライムを討伐しに行くぜ!!」と言ってギルド職員室に行こうとしやがった。てかダンジョンに行ってたんですね。なんでダンジョンに行ってたのに帰りがこんなに早いんですか?この都市には、女だけ移動が速くなる魔法でもあるんですか?


「わーー!!待ってください!!わーーわーー!!分かりましたよ!ギルドマスターは、この世で誰よりも天才です!!ヤバイですよ、神も仏も裸足で逃げ出しちゃいます!!うわーー、天才過ぎて後光が見えてきたなー(棒)お陰でギルドマスターの顔が見えなくなってきたなーー!」


マリアさんの視線が痛いけど、そんなの気にしない。


「お?そうか?そんなに私は天才か?」


「はい!天才です!もう天才過ぎて、一周回って馬鹿ですよー!凄くないですか?これ」


「そうかそうか、それならスライムが大量発生している場所を教えてやってもいいぞ?」


得意げに胸を張るギルドマスターを白い目で見てるマリアさんなんか、俺の視界に入ってない。知らないったら知らない。


「その場所はな、――――――」








はい、その場所とはこの間スライムを沢山テイムした場所でした。俺は今、そのエリアの扉の前にいるのだが、こわい。まじでこわい。中の様子を【索敵】で確認してみると、この間よりもスライムが沢山いるんだよ。そりゃあもう今にも扉がぶち壊れそうなくらいに。


ミシミシ


「なあ、ラーシェ?」


ミシミシミシ


『どうしたのあるじー?』


ミシミシミシバキ


「これは逃げた方がいいんじゃないのか?」


ミシベキミシバキッ


『そうかなあ?別に平気だと思うけど?それよりも早くテイムしないの?』


バギャアーーーーーン!!!


「ギァァァァァーー!!壊れたよ扉が壊れたよ?!これもうスタンピートだろうが!!ギルドマスターはなんで放置しやがったんだ!!」


俺は濁流のごときスライムに押し流されるなか、こんなことを考えていたんだ。


「クッソーー!!これなら百倍はデターイートの方がマシじゃねーか!!!」


知らん!もう知らん!!スライムはデターイートが嫌いだから、俺はこのまま殺されるだろうけど、そんなの知らん!!


―――――――


――――――――――――――


――――――――――――――――――――――。


「あれ、俺まだ死んでない?」


スライムに流されて壁に激突した背中を擦りながら周囲を確認すると、スライム達(ざっと前回の三倍くらいいそう)は俺を囲うようにして鎮座していた。


遠慮するかのように、ラーシェが口を開いた。


「ねーあるじ、このスライム達今すぐテイム出来るよ。」


今にも殺されそうな状況で、ラーシェは頭がパッパラパーになっちゃったんだろうか?


「いやいや、俺達後数秒で死ぬぞ。」


その言葉に対し、ラーシェは本当に言い難そうにこう言った。

『このスライム達ね、性根の奥から―――根っからのドMなんだって。ほらあるじ、耳を澄まして聞いてみなよ』


えっ?なになに、こいつらが全部まとめて―――三千匹まとめてドMだと?そんなわけ『ゲヘヘヘヘ~ご主人様もっと罵って下さい~。』『卑しい私目にもっと鞭を打ってください!』『スッゲエ言葉攻めだぜ・・・・・・』ない…………よな?


「よし、ラーシェ。こいつら全員置いていこう。放置だ」


『あるじそれは――――』


『ハウゥゥ!なんという、今度は放置プレイか?!』『グハァ!これはこれでいいかも』『ああ、今のでイッたかも』


お前ら死ねよ。


『あるじ、でもさーこれテイムすれば結構強くなれない?無駄にするのは勿体ないよね。次のスキルもきっと使えるようになるだろうし………………』ラーシェは既にスライム達をスライムと見ずに、これ呼ばわりしている。それでいいのかスライム。


「まあ、それもそうだな」


こいつらをテイムすると考えると、自然とスライム達は光に包まれ、以前のようにラーシェに集まっていった。


それと同時に俺にも溢れるような力が漲ってきて―――――


目の前が真赤になっていき、手足が先から痺れていく。ガツン!と強烈な頭痛に襲われたところで、俺はようやく自分の体に起きている異変に気付いた。

俺の体は許容量を超えた力に耐えられず、俺は激痛に襲われて叫び声をあげる。


「ガアァァァァァアァ!!!」


身体中を蝕む溢れた力が俺の意識を落とす寸前、「あるじ?あるじ!!」とラーシェの声が聞こえたが、それに答えることはなく俺は意識を手放した。


あれ?ラーシェの声が聞こえた?!

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