冴えない先輩のいじめ方


「ねえ、フェイルさん?これは一体どういうことですか?私にはにわかに信じ難い話に聞こえるんですが」


「い、いやー?俺もそう思いますよ?可笑しいですよね、俺がゴブリンの頭を粉砕したり、法級クラスの水魔法を使ったり、挙句の果てには飛んでくる矢をキャッチするなんて。本当に有り得ませんよ。そうですよね、マリアさん?いやーー、おっかしいなぁ」


「しかし、フェイルさんが助けたこのパーティーの方々は、現在注目されている新人で信頼度も高いんですよ。初層で無惨な姿になったゴブリンの死骸も見つかったようですし、どうやって言い逃れをするつもりですか?まさか今までは力を隠して~だなんて中二病なことを言ったりはしませんよね?」


俺は今、ギルドに報告しに行った際に詰問されています。助けてください。もうかれこれ一時間も拘束されているんです。マリアさんの無言の圧力が怖いです。


「いやー、それはですね?えーと、まあ、うん。そういうことなんですよ。分かりますか?」


「フェイルさん?あんまりふざけていると、ギルドマスターを召喚しますよ?」


「誰か私のことを呼んだか?」


気配を殺してピョコッと受付から出てきたのは、ギルドマスターだ。金色の髪から生えている二本の角は、龍種の血を引いている証拠で、赤色の目は溢れ出る魔力の証だ。胸に装備した二つの巨大兵器をブルンブルンと揺らしながら俺達の間に入ったギルドマスターは、俺を見下ろしてこう言った。


「よし、そんなにこいつの力が気になるなら、昇級試験も兼ねてダンジョンの五層フロアボスを討伐させよう。つー訳で今すぐに行ってこーい!!」


「いやいや、なに考えてるんですか?破天荒なのも程々にしてくださいよ?俺は行きませんからね、絶対に行きませんからね。それに、昇級試験なら対人戦闘でいいじゃないですか?」


「よし、じゃあ私が――――」


「しませんよ、しませんよ?!俺がギルドマスターと戦ったら、絶対に死んじゃいますよね?!その論理が破綻した破天荒ぶりは胸だけにしてください!!」


俺がギルドマスターに喚き散らすように叫ぶと、なぜかマリアさんが頬を赤くしてうっとりと表情を緩めた。


「フェイルさんは罵り上手なんですね。淫語の経験や知識がないギルドマスターに、エロい方向で罵倒するなんて・・・・・・。新しいタイプの言葉責めですか?新天地を開拓したんですか?」


「お前は少し自重し――――」


ガクン。後ろから肩を掴まれて体勢を崩した俺の視界に入ってきたのは、俺のことを『女勇者のすねかじり』だと知っている冒険者だ。この男の名前はギャッツと言って、現在の冒険者ランクは俺よりも一つ高いCランク。この都市に来たばかりの頃は何の関り合いも無かった奴だが、どこの情報ルートから手に入れたのか俺があの『女勇者のすねかじり』だと知ると、それをネタにして仲間と一緒に金を奪ってきたり、袋叩きのストレス発散道具にされたりと因縁深い相手だ。ギャッツはそんな俺の内心など知らないとばかりに、ニヤニヤとうざったい笑みを浮かべて俺に話し掛ける。


「なあ、お前が昇級試験とか何言っちゃってんの?一生ゴブリンとスライムだけを殺してればいいだろ、それとも何か?賢龍の涙を取ってきて『僕ちんにお金ちょーおだい!』とか抜かすのか?ギャハハハハハハハ!!!田舎に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろよ!!」


その言葉で、俺の中で何かが切れた。

それはミラを馬鹿にする言葉に対してかもしれないし、俺の覚悟を馬鹿にする言葉に対してかもしれない。只、俺の中で何かが切れた事だけはハッキリと分かる。


しかし、ここで騒ぎ立てても何にもならないし、俺にはこいつを大衆の面前でボコボコに出来る選択肢がある。落ち着こう。


「そのような物言いは冒険者として――――」


マリアさんがギャッツを注意しようとして立ち上がるが、ギルドマスターがそれを片手を上げることで制した。


「まあ待てって。確かに口が過ぎるのは分かるが、それでもギャッツが言ってることは一応本当だろ?なあ、フェイル」


「そうですね、俺はゴブリンとスライムを殺すことしか能の無い底辺冒険者ですから、昇級試験の試験官を勤めてくれるような冒険者はいませんよ。みんな俺のために時間を使ったりはしませんって」


嬉々としてその言葉に乗っかってきたのは、他の誰でもないギャッツだ。


「おいおい、お前みたいなカッスイ弱々な冒険者もどきでも、心の優しい人間は相手してくれたりするもんだぜ?」


「いやいや、そんな聖人君子が一体どこに――――――」


「俺がいんだろ?俺がお前の試験官やってやんよ。」


―――――――――釣れた。散々苦汁を飲まされたんだ。こいつには、八つ当たりくらいしてもいいだろう。


「そうですか、俺も困っていたところですし、お言葉に甘えさせてもらいましょうか。有難うございます。で、ギルドマスター?ギルドの闘技場はいつ使えますか?」


ギャッツから明確な許可を貰ったら、俺は今度はギルドマスターに話し掛けた。何しろ俺には『メイザー冒険記』を読んで、賢龍に内容を聞かせるっていう最優先の用事がある。こんな茶番劇に沢山の時間を割く余裕はない。


「今日は誰も使わないから、一日中空いてるぞ?何なら今からやるか?よし!今からやるぞ!!」

相も変わらず人の話を聞かない人だが、今だけは賛同できるな。時間は金で買えないし。


冒険者の昇級試験にも、様々な下準備があるようだ。職員に何やら難しそうな指示を飛ばしたあと、ギルドマスターは外へ出ていった。


「じゃあ、また後でなフェイル?良かったぜ、大衆の前でお前をブチのめすための口実が出来て。楽しみだなぁ?」


俺の肩にポンッと手を置いてからギルドを後にしたギャッツを見て、タールが「あのうざったいオッサン終わったな。ボッコボコにされるぞ。」と言い、マリアさんがそれに反応した。


「皆さんが助けて貰ったときのフェイルさんは、そんなに強かったんですか?」


「はい。何も知らされずにBランク冒険者と言われても、信用してしまうくらいには。


「リーダーさん、流石にそれは話を盛りすぎでは?」


尚も疑ってかかるマリアさんの前に出てきたのは、ナージェだ。あれ?他人と目を合わせても大丈夫なの?え?気絶とかしない?


「―――――――――――私達、六人で戦っても勝てなブフォ!」

あ、泡吹いて倒れた。


あ、ナージェが床につく寸前、リーダーさんが素早い手付きで拾い上げて肩に担いだ。手慣れてるなぁ。


「凄いですね。今日のナージェちゃんは十九文字も話すことが出来ました」


いやいや白ローブさんや?それって凄いのかぇ。てかあんたもあんたで水魔法の掃除の手際がいいな!!


「私にとってのフェイルさんは、ゴブリン相手に剣でペチペチやってるイメージで、ヒョロヒョロでへっぽこで周囲に流されやすい人ですから、無理はしないでくださいね。彼女を寝取られた挙げ句に、崖の上からフライアウェイしたりしないでくださいよ?」


「しませんよ!彼女なんていませんし、そもそも勝つつもりですから!」


「で、実際のところはどう思ってんのよ?さんざん言われてたけど、本当にそれだけでいいのか?」


「当たり前だろ、タール?少しだけふん縛って四肢断裂させたり、顔に攻撃を浴びせまくって第一次顔面大震災(二度目はないよ。)を引き起こしたり、みんなの前でボッコボコにして冒険者達を幻滅させて、お友達イナイイナイバーにしてあげるくらいだよ」


「お、おう。スゲーコト考えてんのな」


『あるじーはさっきボクのことをエキセントリックだとか言ってたけど、あるじも十分凄いね。いくらボクでも、そこまでは思い付かないや』


「そうか?どうせ半殺しにはするんだから、半分殺すも全部殺すも相違無いだろ?」


「フェイルさん、一応言っておきますけど、ギルドは冒険者の間でのトラブルには一切介入しませんよ?」


「ていうことは、俺は好きなだけギャッツと遊べるってことか?」


駄目だこりゃ。

その場の全員がそう思い、ギャッツの安否を懸念しだしたとか。







「なんだ、てっきり尻尾を巻いて逃げ出すかと思ったのに、よくここまで来たな?」


「――――――――」


俺の前に立って言いたい放題言ってくれているギャッツは、余裕綽々な俺の態度が気に食わなかったようだ。いきなり腰に帯剣した剣を抜いて地面に叩きつけて、ギャリリリーーン!!と音をならして脅してきた。


「んだてメェ?余裕ぶっこいてんのか!あ!!ちっ、どうせビビって何も言えねーんだろ?めんどくせーな」


「お前のかーちゃんデーべそ!」


「んあ?!!てめえ、喧嘩売ってんのか!チョーし乗ってるとぶっ殺すぞ?!」


額に青筋を浮かべて、煽り耐性ゼロの反応を見せるギャッツ。


「お前のかーちゃん有機物」


「だからてめえぶっ殺されてーのか?!ああ!!!俺のかーちゃんは有機物じゃねーよ!!」


どうやらギャッツの母親は、有機物ではないらしい。何で出来ているのだろうか?鉄分オンリー?ダークマター?


「まぁ、いいや。ギルドマスターも観客も揃ったことだし、もう始めよう?このあと大事な用事があるんだ。」


「はっ、てめえ俺に敬語を使わねーとか、マジでぶっ殺されてーんだな?」


剣をとって構えたギャッツだが、それより前にギルドマスター「まあ待てって、どうせ戦えるんだから我慢しろ。」と言い聞かせた。


「よし、じゃ今からDランク冒険者のフェイルの昇級試験を開始する!!審判は私がやるからな。ルールは、試験官とフェイルが戦い、フェイルが勝ったら昇級で、負けたら―――まあ、特に何もないな。よし、始め!!」


「へっへ、じわじわといたぶってやるから、せいぜい粘ってくれよ?」


いきなりトップスピードで俺の懐に飛び込んできたギャッツ。しかし、そのスピードは遅い。ハエがとまりそうだ。動かない俺を見て、反応できていないと判断したらしい。そのまま走ってきたギャッツは、高々と振り上げた剣を下ろすことなく俺に殴られ、数メートル程ぶっ飛んだ。


「げはぁ!いってえ!てめえ、何時までもスカしてんじゃねーぞ!糞が、まぐれでカッコつけてんな!!」


また正面から突っ込んできたから、鼻面を殴り飛ばそうとして止める。だって、顔面が血まみれで気持ち悪いから。仕方なくすれ違いざまに足を腹って転ばせ、地面とアツーイキスをさせることにした。ガツンっ!と固いもの同士がぶつかる音が聞こえ、ギャッツの歯が数本砕ける。


「うわ、今まで沢山のフェチを見てきたけど、歯が砕けるほどのキスを交わす床フェチは、流石に初めて見るわ」


両手を広げてやれやれとジェスチャーをとると、ギャッツはようやくまぐれでやっているわけではないと気付いたようだ。無意識に後ずさりを始めた。


更に、俺がサンドバッグにされるのを見に来た冒険者達も、ことの異常性になにも言えない様子だ。そんな異常な空気の中で、このまま逃げるかと思ったが、ギャッツが剣を持って襲い掛かってきた。意外だ。


右に左にと高速で振られる剣を俺は、体を僅かに反らすだけで避け続ける。その後も何十秒か剣を振り続けたギャッツだが、やがて疲れ果てて剣を取り落とした。


「で、もう終わりか?」


座り込んでゼーハーゼーハーと肩で呼吸しているギャッツに話し掛けると、ギャッツは「好きにしろ!糞が!!」と言うので、至近距離から思いっきり蹴り飛ばした、顔面を。踏み込んだ際に、地面がバキィ!と砕けた気がするけど、気のせいだろう。


数十メートルもぶっ飛んだギャッツは、血まみれになって気絶したとさ。めでたしめでたし。


こうして俺の昇級試験は、幕を閉じた。後ろで唖然としているマリアさん辺りが後でしつこいだろうけど、そんなの知らない。

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