第22話 処刑人は重ねた未来で滅ぶ
ルクスがマリリア達の元から離れた直後、リックドに影人間達は襲い掛かる。
影人間達の手は、船で雑用をしていた時と違い剣や槍の形に変形していた。それは、まさしく戦う為の新しく与えられた姿であった。
十数体の影人間達は、マリリアに距離を縮めようとするリックドの進行を防ぐかのように鋼の肉体に剣や槍を押し当てるが、紙切れでも扱うように軽く手を振るうだけで影人間達はバタバタと地面を転がる。
「……この程度では、私を止められんぞ」
発言通り、通常なら串刺しにできるほどの影人間の槍の一刺しや切り落とされるはずの剣の一振りもリックドには効いている様子はない。
リックドには一切の痛覚は無く、傷つくこともない。主人の言動を行動に直結させているだけの、ただの動く鋼鉄と化している。
表情一つ変えることなく、進撃を緩めないリックドにマリリアは呆れたように肩をすくめた。
「まったく……。とんでもない物を作る奴もいるもんだねぇ」
まじまじとリックドを観察した後に、マリリアは地面を蹴って後方に飛べば、先程まで立っていた位置にリックドの投げ飛ばした影人間達が降り注ぐ。
「まず、結論から言おう。私はアンタを倒せない、アンタみたいな力技の化け物、私の専門外だよ」
次に身を低くして、宙を浮きながら投げられた影人間をマリリアは避ける。頭上を通り過ぎていく、影人間をマリリアは壮観そうに眺めた後に右手の親指と中指を密着させて頭の位置に上げた。
「でも、アンタは確実に葬る方法を知っている。その役目は、適任であるアイツに任せた。……魔術師がお膳立てをしている時点で、お前は敗北しているのさ」
右手の指をマリリアが鳴らせば、民家の影から先程召喚した影人間達の倍以上の数がぬっと暗闇から姿を現す。今度の影人間達は、腕が六本あったり翼を生やしたり爪を伸ばしたりしていた。
「――シャディバ・メナス。これが、私の魔術さ。私の作り出したマリリア様専用の香水シャディバは、私が歩くだけで自然に魔素と共鳴し、形を与え、影人間として実体を与える。ただの雑用程度なら、魔素と私さえ居ればどこでだって発動させることができる。しかし、アンタのような面倒な雑務をさせる場合は、私の魔術を行使し戦闘用に改良させるてわけさ」
その時、リックドにも変化が訪れていた。
何事もなく前進していたはずのリックドの足が明確に歩行を停止した。腕や足に影人間達が絡みつき、さらには影人間達が地面や街灯、周辺の木々に根を生やし、一人一人がリックドを拘束具の部品のように体を絡め取る。たった一体の影人間でも、地面を砕くような力が必要だというのに、それが二十体以上いるのだ。例え人間の骨を一撃で粉々に砕くことができるリックドの剛力でも突破するのは困難だった。
「シャディバ・メナスは学習するのさ。お前が影人間達を壊せば壊す程に、次に召喚した時に新たな進化をして立ち上がる。しかしまあ……無敵に聞こえるかもしれないが、魔術師相手ならこんな影達なんていくらでも対処の方法がある。でも逆にアンタのような、頑丈さと攻撃力だけに魔術を全部ぶち込んだような化け物にはピッタリな魔術てことだね」
強引に影人間達を引き剥がすリックドだったが、視界が開けたリックドの目の前には十メートル以上の大きさの影人間が拳を振り上げていた。判断の遅れたリックドを影人間達ごと、巨大な影人間が殴り飛ばす。
地面を抉りながら大暴れする影人間を爽快に思いながら、マリリアは民家の壁にもたれて傍観をすることに決める。
「少し訂正をするなら。――状況と運次第で、アンタ負けるかもよ?」
無限に増殖する影人間に手こずるリックドに肩を揺らしてマリリアは笑いつつ、ポケットから取り出したコインを弾けば、手の甲に乗せた。
「表が出るか裏が出るか。どちらにしたって、人間が関わっている以上は、ひっくり返すこともできるはずだよ」
ここにいない青年の背中を思い浮かべながら、マリリアは手の甲に乗せたコインの結果を見るのだった。
※
「――タイガッ!」
再度、大通りに飛び出したルクスの視線の先で――タイガがこちらを見つめていることに気付いた。
肩で大きく息をするルクスに冷たい眼差しを送るタイガは、不服そうに鼻を鳴らすと右手を振るう。すると、右手の中には一本の槍が出現した。タイガの持つ槍には装飾は無ければ、柄も見当たらない。一本の刀身を直接握っても表情一つ変えないタイガの様子を見る限り、それが魔術的な武器であることは間違いなさそうだった。
カリスのことももちろんだったが、残してきたマリリアのこともルクスは心配だった。只者ではなかったようだが、それでもリックドが危険な相手だということは変わりない。
焦りを抑えつつも、ルクスはタイガへと駆けだす。
「厄介な来訪者がやってくれたようだな! 小僧!」
外見上は顔に狼の仮面を装着しただけのルクスだったが、身体能力はウェアウルフと同等かそれ以上の力を持つ。
槍を構えなおすタイガの前方で地面を蹴れば、タイガの頭を超える。
「よくも騙してくれたな! 人形使い!」
着地すると同時にスピード重視でルクスは拳を振るうが、タイガは身を捻ってルクスの拳を回避すると、槍を放つ動作に移る。
「そこは、俺の間合いだ。首を置いていってもらおうか」
槍がぐんと風を切りつつ、ルクスに迫るが、動物的な動きで両手で地面を叩けば寸前と避けることに成功する。
「悪いが、俺の間合いでもあるんだよ!」
タイガの槍の下を潜るようにして、ルクスは固く握った右の拳を下から伸ばせば、拳はタイガの顎の辺りに直撃する。
「――がああっ――!」
体の浮き上がったタイガの姿にルクスは好機と考えて、追い打ちをかけようとする。
「てめえらの、身勝手な異人狩りは今日で終わりだ!」
確実に次でとどめを刺せる自信のあったルクスだが、反射的に恐怖を感じて手を引いた。次の瞬間、その予感が正しかったことに気付くことになる。
タイガの目に光が宿れば、ルクスに向かって槍を上から下にまっすぐに振り下ろした。ルクスの岩で顎を砕くような一撃を受けても、なおも戦意を失わないタイガの意思を証明するように槍がルクスの腹部に伸びる。
「そうだ、お前の穢れた血はここで終わるのだ!」
「――っ!」
タイガは槍先の感触から、ルクスの腹部に刃が沈んでいくのを感じた。その時、決して戦っている人間達にしか感じられない空気の僅かに緩むような油断をタイガはした。
ルクスは強敵が弱者に変わる油断という待ちに待った刹那を逃すことはない。
「こ――んなものおおぉぉぉっ!」
自分の肉体を傷つけつつルクスは槍先を強引に逸らそうとするが、
「――ハハッ」
笑ったのはタイガ。槍の先が、魔素の光と共に輝きだす。そこでルクスは初めて知る、先程までの油断を含めてタイガの戦法の一つだということに。
呆然とするルクスにタイガは槍先から、魔素の塊を放出する。
「魔に潰れろ。――魔槍ロードクローウド!」
魔槍ロード―クローウドは、魔素を自動生成し――それを質量として放つことのできる魔法の槍。直撃を受ければ、肉体は魔素によって拒否反応を起こして触れた場所を世界から隔絶される。即ち、消滅する。タイガの必殺の攻撃だった。
奥の手を隠していたのは、全てはこの一瞬の為だった。タイガは自分の積み上げた勝利の下準備が成功したことに内心打ち震えつつ、今度こそ勝利を確信した。
「――油断したな、今のは三回目だ」
聞こえるはずのない、絶対にその声は消えてしまったはずのもの。数年ぶりに同様で鼓動が跳ね回るような感覚を感じつつ、ルクスへ向けて放出した魔素の影響で崩壊した地面にタイガは着地した。
細い糸が落ちるような気配をタイガは感じて、本能的な直観を信じて槍を放つ。
「そこだっ!」
タイガの向けた槍からは世界を虚無に変える光が放たれた。だが、それはただの虚空を穿つだけ。
左右を見渡すが、人影は見当たらない。まさか、逃げたのかということも考えたが、自分の足元の影が大きくなっていることに気付いた。――顔を上げたタイガの前に、頭上から拳を構えたルクスが待ち構えていた。
「――俺の時間は終わらない、お前の時間は永遠にこの箱庭で完結しろ」
全力の拳がタイガの顔面を潰す。――これが、この戦いの決着となった。
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