第21話 不屈の男の倒し方
(これで、十二回目だ)
ルクスとリックドの戦いは、あれから全く動きはなかった。
第三者にもリックドからして見ても、何一つとして変化は訪れていない。だが、明らかにルクスの方が確実に消耗をしていた。
それもそのはずだ、ルクスは既に十二回もリックドの戦いで敗北している。
死を覚悟するごとに、時間を逆行し、再度最初に戻る。その繰り返しの中で、ルクスの魔素は消耗し精神的な疲労が色濃く出てきたのだ。
何度も挑もうが、何度戦法を変えても、リックドの鋼のような肉体を破ることはできない。攻撃は届いても、リックドにとっては子供の戯れと変わらない。
自分の考えの甘さにルクスは頭を抱えたくなるが、必死に意識を集中させる。
やり直しを続け、いずれは勝利できると思っていた。だが、肉体そのものが強力な存在なら、どれだけ繰り返そうが打開できない可能性の方が高いに決まっている。
逆に言ってしまえば、時間を戻すこと以外は特別な強みはルクスには無いのだと思い知らせた気分だった。
「どうした、動かぬなら我から行くぞ」
リックドのその台詞は前回と同じだった。
痺れを切らしたリックドが、あの重たい足音と共に前進してくる。
一撃一撃が神経を引きちぎられるような痛みを思い出してしまったルクスの足は思わずすくむが、鋼の肉体を連れた執行人は距離を詰める。
「ちくしょう!」
吐き捨てたルクスは、大きく後退し再び距離を作る。
「我から行くぞと言ったが?」
もう何度か聞いた固い地面を強引に掘り返す鈍い音がルクスの耳に届いた。
猪のように突進してくるリックドにぶつかってしまえば、戦闘不能になるほどの骨を砕かれることは既に予習済みだったルクスはすぐさま横転し回避する。
「ほう、避けたか」
呟いたリックドはすぐに止まれないようで、裸足で地面にブレーキを掛けて足元を抉りながら動きを止める。
次の行動もルクスは学習済みだった。
今度は肉体を一つの飛び道具にして、両膝を曲げた後にぐっとリックドは伸ばした。すると、頭突きするようにリックドは猛スピードでルクスへと飛来する。
「厄介なら体しやがって!」
やけくそ気味に路地に飛び込んだルクスがつい先ほどまで立っていた場所には、頭からリックドが地面に突き刺さっていた。両手を地面につき、むっと声を漏らしたリックドが己の肉体を引き抜いてゆらりと立ち上がる。
「身体能力は、人間を超越しているようだが……まだまだのようだな」
リックドの発言に、やり直しを続けて十二回の間に安い挑発に乗って殴りかかったことをルクスは思い出した。その時は、ルクスが数十発の拳を叩き込んでもびくともしなかったリックドの一発の拳によって戦闘不能になったのだ。
まともにやり合えば敗北は必定。そう判断したルクスは、身を低くして路地を駆けだす。いずれにしても、路地は満足に歩けるのは大人一人分程度の余裕しかないのだから、先程のような人間弾丸のような攻撃をされてしまえばルクスは一たまりもないのだ。
背後からゴッと音を立てて何かが飛んでくる音、それから気配を察したルクスは路地の反対側へと滑り込むようにして転がり出る。
「――うがっ!?」
完全に逃げ延びたつもりだったが、リックドが通り過ぎた衝撃波に突き飛ばされるように出てきたばかりの通りをルクスは転がる。転がった先の壁に背中をぶつける形で、何とか回転が停止する。
「逃げていては、話にならぬぞ。我を倒したいのだろう? 我を止めねば、お前が必死に守るとしている者達の命は無いことと思え」
「俺やキャロルは人外だからという理由だけで殺すのか!? カリスは裏切り者だからという理由で命を奪うのか!? てめえら、人間や誰かを守るためにシルバハルトになったんじゃないのかよ!?」
「――ぬるいぞ」
既にリックドはルクスの目の前に接近し、後頭部をわしづかみすると地面に叩き付けた。
ぎりぎりと骨の軋む音がルクスの耳に届けば、ほんの少しもリックドが力を入れてしまえば自分の頭なんて簡単に潰されてしまうことが分かった。
顔面が顔に押し付けられたせいで、"戻す"ことのできなかうなったルクスの頭にリックドが顔を近づける。
「お前やあの女は、我ら人間の敵だ。生まれた瞬間から穢れているのだよ。お前らは生きるためという大義名分を掲げて、人を殺し、人を欺き、世界を壊す! 人間である裏切り者の女も同じだ! 我は、我らの障害を徹底的に排除する!」
リックドの肉体と重なるように精神面も強固な意思を持っているようだった。間違いなく、この男は自分を殺すに違いないとルクスは考えた。
必死に腕を振るい、足を伸ばして、リックドに打撃を当てるが、叩けば叩くほどルクスには命のない岩を叩いているような気になってくる。
息が上がるほどに抵抗を続けたルクスだったが、次第に手足からは力が消えていく。
「何故、力が抜けていくか疑問なのだろう? それもそのはずである、お前は我と戦い、そして絶望をしているのだ。戦えば戦うほどに、お前の力は抜けていく……底なし沼で抗っているだけに気付くのだ。いいや、もうお前は気付いているはずだ! 小僧!」
頭を完全に地面に固定されているので、まともに喋ることのできないルクスは涙がこぼれそうになる。
悔しくて歯がゆくて、全てを奪われる覆せない現実を前に泣きたくなった事実に、さらにルクスの気持ちは沈んでいく。
「そうだ、諦めろ。お前のような無謀を口にする奴は、ちゃんと諦めてから……死ね」
リックドの声に真実味がこもることで、ルクスは自分の命がもう幾ばくも無いことを察した。
頭に浮かぶのはカリスの姿ばかり、今さらになってルクスは自分を気にかけ続けていたトゥリアの優しさを知った。恐怖はなかったが、ただただ無力さに後悔だけが募る。
ルクスの頭に重ねたリックドの右手に力が入れば――。
「――私の地元で、やかましんだよ。満足に寝られもしない」
「何者だ……」
聞いたことのない女の声が聞こえれば、ほんの一瞬だけリックドの腕の力が緩んだ。事態を飲み込めないルクスだったが、これを好機とばかりに左右の手に力を入れて地面から頭を起こした。
「うおおぉぉ――!」
頭を起こした勢いのまま、ルクスは体を強引に捻って手の中から転がり出た。
すぐさま追撃があるかと思ったルクスは身構えるが、その視線は既にルクスには向いていなかった。
リックドの視線を辿れば、外見も服装も派手な見た目をした炎のような赤髪の女が仁王立ちしてそこには立っていた。
何者だ、と再度問いかけるリックドを無視して泥で汚れた仮面を拭うルクスに女――マリリアが視線を移した。
「坊主、面白い仮面を付けてるじゃないか。けどな、その仮面だって素人が装備しちまえば、ただの飾りになっちまう」
「一体、どういうことだ……」
「まあ、黙って聞いておくれよ。そもそも、坊主は勘違いしているんじゃないかい? 見てみなよ、あの大男。全身に魔術を満たして、生身の体を武器に変えるだって? 魔術をちゃんと使おうと思えば、それなりの手順が必要なのは坊主も分かるだろう?」
「アイツが、化け物だっていうのは嫌ってほど分かるよ。アンタが何者か知らないけど、敵ではなさそうだし……どうしたいんだよ」
「どうしたいもこうしたいも、私は眠りたいだけなんだよ。ワインをかっ食らって、それでぐーすか眠るなんて最高じゃないか。それを邪魔する奴がいるんだから、私は静かにしてほしいだけなんだ」
「俺の味方……?」
いやらしいほどに男前な笑顔と共にマリリアはルクスに親指を立てて見せた。
「そうさ、坊主の味方さ。理由は簡単、どう考えてもあっちの大男が安眠妨害の結界の原因だし、お前の方がいい奴に見えるからね」
立ちな、と言いながらマリリアの伸ばした手をルクスは握ると、女性とは思えないほどの強い力でルクスを引き上げて立ち上がらせる。
「男ならシャキッとしな! 私からの助言だよ、その仮面に頼りすぎるからアンタは負けんだよ。もうちょっと周りをよーく見てみな」
「周りがどうとかいう問題かよ……。あのリックドて奴、化け物みたいに力もあって攻撃も通さないんだぜ」
やれやれといった様子でマリリアは頭を抱える。ムッとするルクスだが、頼れる人間がマリリアしかいない以上黙っておくしかなかった。
「生粋の魔術使いは人間しかいねえんだよ。そんな人間が、魔術の手順を無視してあんな馬鹿みたいな力を使えてたまるかっての! おそらく、あの大男は人じゃない」
「え、ウェアウルフとか……そういう異種族……?」
「本当に馬鹿だねぇ! もう答えは教えちまうが、アレは人間の形をしたお人形さ! ただのオモチャだよ! あの大男を操っている奴が、他にいるはずだよ!? その操っている奴に、最初から最後までお前も操られていたのさ! さあ、思い当たる節も出てきただろ!?」
ルクスが答えに到達しようとしたが、思考は強制的に中断させる。
「――危ない!」
ルクスはマリリアの体に飛びつくと、地面を転がった。先ほどまで、ルクスとマリリアの立っていた中間地点が空から落下してきたリックドによって崩壊する。
「だ、大丈夫……うおっ!?」
マリリアの胸元に顔を押し付けていたルクスが慌てて動こうとするが、その首根っこを掴めて強引に胸の谷間にマリリアは押し付けた。最初は、意図が不明だったルクスだったがマリリアに囁かれて緊張感を取り戻す。
「言ってる場合かっ。……大男は私がどうにかするから、お前は本体を倒してきな。でも、仮面の力に頼りすぎるんじゃないよ。そんな力なんてなくても、お前は十二分に強いんだから。頼れば頼るほど、弱くなるよっ」
そのまま首根っこを引っ張られれば、マリリアは強引に反対方向の路地にルクスを突き飛ばした。
「急ぐんだよっ!!!」
尻を蹴飛ばされるような声にルクスは、マリリアへの疑問を中断して本体だと思われる――タイガの元へと走り出す。
正体が気付かれたことで急に口数の少なくなったリックドが、じりじりとマリリアに歩み寄れば、リックドが放つ殺気などどこ吹く風で大欠伸をする。
「よお、大男。――今日はアンタが、私の憂さ晴らしに付き合ってくれるんだろう? このマリリア様のな」
マリリアが指を鳴らせば、民家の陰から人の姿をした黒い影がリックドへ向かって飛び出した――。
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