第18話 シルバハルトの追手達

 首輪の繋がれていない犬のようにそこら中を駆け回るルクスとキャロルの首根っこを掴まえ、路地裏に強引にカリスは引きずり込む。


 「――二人とも、いい加減にしなさいっ! はしゃぐ気持ちも分からなくはないけど、私達は追われる身なのよ!? 自制心を持って行動する! 分かった!?」


 「お、おう……」


 「え、ええ……」


 「ちゃんと、返事しなさいっ!」


 「「はい」」


 警戒心の甘さをくどくどと説教をしたいカリスではあったが、そんなことをしていたら時間の無駄だ。下手をしたら、命取りになる危険性だってある。

 自分の説教のせいで、二人に危害が及ぶのは本末転倒だと考えたカリスは二人を一喝してさっさと歩き出す。


 「もう一度、表通りに出るから、出た後は絶対に足を止めちゃダメよ。港まで一本道の表通りなら人通りも多いし、襲われる可能性も低いはずよ」


 はーい、と生返事を返す二人に怒る時間も無駄にはできないとせかせかと一行は表通りに出た。


 「――え?」


 口元を押さえて驚いたのはキャロルだった。そう、素人キャロルでさえも気づく異変がそこには広がっていた。

 先程まで賑わいの中心だった通りは、ひっそりと静寂に満ちていた。それこそ、ルクス達が互いの呼吸の音すら聞こえる程の異常な静けさ。

 この状況で、まだ悠々と露店を冷やかして回ることのできる者がいれば、よほどの豪傑だろう。しかし、彼らにはそういう余裕はない。


 「――走るぞっ!」


 ルクスの声に背中を押されて、三人は地面を蹴った。

 店の通りには様々な露店が左右の間隔を狭くしていたが、露店は最初からなかったかのように忽然と姿を消し、後にはただ広い通りが続くだけだ。

 ルクスとカリスは恐らく最初に狙われるであろうキャロルを間に挟んで、視界に映るあらゆる場所を警戒しつつスピードを上げる。


 「ルクス、何か聞こえる!?」


 ウェアウルフの力を頼りにカリスがルクスに聞くが、眉間にしわを寄せて首を横に振るしかなかった。しばらく走っていると、ルクスは舌打ちをした。


 「……一つだけ、はっきりしたことがあるんだがいいか?」


 「それ、多分……いい話じゃないわよね?」


 「正解。……どれだけ走っても、俺達の視界の先にある港には近づいていないぞ」


 カリスもキャロルも薄々とは気づいていたのだろう。すんなりと、三人は足を止めた。


 「はぁはぁ……で、では、どうするのですか?」


 息一つ乱れていないルクスとカリスと違い、キャロルは自分の胸を押さえて苦しそうにしている。フィッシャーンという種族は、あまり運動が得意そうではなさそうだ。


 「この状況を引き起こした原因が必ずどこかにいる。そいつをどうにかするしかないわね……」


 「どうにかって言っても……。これだけの結界使えるなんて、下手したらトゥリアに匹敵するぐらいの魔術を使えるんじゃねえのか?」


 「なに、弱気になってるのよ。それでも戦うしかない。……それが、私達が選んだ生きる道でしょ?」


 守るつもりだったカリスから、勇ましい言葉を言われてルクスは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。

 自分の両頬をめいいっぱい叩けば、弱気になっていた自分に喝を入れる。


 「そうだ、俺達の選んだ道だ。どれだけ格上が来ても、倒して、逃げて、生き続けてやる」


 決意を露わにするのを待っていたかのように、


 「――良い心がけだな」


 静まり返った空間に、野太い声が響いた。

 ルクス達が声のした方向を向くと、向かっていた港の方向から三人の人物が立つ。


 「何者だ、お前達……」


 身を低くするルクスは、内に眠る獣の血がざわつくのを感じていた。

 恐らく、先程の声を発した男だろう人物が鼻をすんっと鳴らす。茶色のローブに鎧を着た男の年齢は四十代ぐらい、黒い長髪に、顎の周りには無精髭が生えており、筋肉の鎧に固められた男のたくましさをさらに強く見せているようだった。


 「俺の名前は、タイガ。お前達を追う相手は、そう多くはない。思い当たる節もあるだろう。……我らはシルバハルト、世界中の異人を狩る者達だ」


 そう答えた男の右隣に女が立つ。

 女は二十代後半、ミリアと近い年齢だろうが、甘い花の香りのような色気を持つミリアと違い、香水を直接顔に押し付けられるような品の無い色気があった。よほど自分の体に自信があるのか、胸部と腰の辺りに下着のような鎧を付けてはいるものの腹部も太ももから膝下まで剥き出したの服装をしていた。


 「私は、アーキラ。私達の言う通りにしたら、らくぅ~にしてあげるわよ。すっごい快感でら、く、え、んいっきよぉ」


 身をくねらせて、ボリュームのある紫の髪をかき上げつつ、真っ赤な口紅を引いた唇でルクスへと女が投げキッスをした。


 「……ルクス、鼻の下伸ばしてないわよね」


 「失礼な、下品なのは嫌いだよ。……だから、その、疑いの目を向けるのやめてね。個人的に今のカリスすげえ怖いんだけど」


 すると、タイガの脇に立つもう別の男が一歩踏み出した。


 「我は、リックド。……ただ狩るだけだ」


 リックドと名乗る男の肌の色は浅黒く、顔には無数の傷跡があり、特に左目は瞼の上から鼻の下にかけて深々とした傷が残されており片目は見えていないようだ。服装は、肩から足まで長いベール状の白い服に覆われており、安物のドレスのような服装に傷だらけの顔は妙なアンバランスさがあった。

 三人が並び立てば、かなりの実力者であることをルクスとカリスには伝わった。キャロルも例外ではないようで、突如現れた三人組が異質であることは薄々自覚しているようだった。

 緊張感が高まっていく中、カリスは空気に一石を投じるような質問をした。 


 「本当に貴方達は、シルバハルトなの?」


 応答したのはタイガだった。


 「愚問だな。そもそも、シルバハルトを名乗ることこそ、いいや、その名を知っていることこそがシルバハルトの証明なのだ」


 断言するタイガをカリスは訝しそうに見つめた。


 「シルバハルトにしては、やり方がちょっと大胆過ぎる気がするのよね。これだけ大掛かりな結界魔術を使えば、別組織の標的になる危険性だってあるんだし……」


 「――さっきから、ぶつぶつとうるさい小娘ね」


 アーキラが吐き捨てるように言えば、何か言いかけていたカリスは口を閉ざした。


 「ねえぇ、タイガァ。どうせ、標的を捕らえる為には、こいつらを始末しないといけないんでしょう? だったら、さっさとやってしまいましょうよ。あの方のやり方を部外者にとやかく言われるなんて、我慢できないわぁ」


 「同意。タイガ、もう良いだろう」


 カリスの疑問が、アーキラとリックドの琴線に触れてしまったようで、戦意を滾らせる二人はタイガの返事を待つことなく大きく前進を始めた。


 「キャロル、どこかに隠れておいてくれ」


 ルクスに言われるがまま、キャロルは物陰へと駆け出した。

 結界魔術が使われている以上、使用者をどうにかしないとこの街から出られないのでキャロルがどれだけ逃げようとも同じことなのだが、少なくとも直接戦闘に巻き込む危険性は多少なりとも下がることだろう。


 「ルクス、すぐに第二獣化使える?」


 声を小さくして顔を寄せるカリスに、ルクスは無言で頷けば右の手の平を広げて顔を覆うように被せた。


 「任せろ、ウェアウルフをすっ飛ばして仮面の姿で行く」


 「うん、そうして……。奴らがシルバハルトなら、ウェアウルフの姿を見せたら弱点に気づかれる可能性が高い。でも、ルクスの第二獣化なら、誤魔化して混乱させることができるはず」


 頷いたルクスは、一歩も動くことのないタイガに視線を移す。


 「アンタは、何もしないのか」


 タイガは無表情で一言。


 「ああ」


 とだけ呟いた。

 得体の知れない相手に対して、少なくとも戦力差は拮抗しそうなのは朗報だ。先に二人を片づけて、カリスと二人でタイガと名乗ったリーダー格の男に挑むという理想図がルクスの中に描けた。


 「女……アーキラは私がやるよ。――行こう、ルクス!」


 銀のナイフを懐から取り出したカリスは、腰を低くすると一直線に駆け出した。


 「きたきたぁ。ちょうど、ぶっ殺したところだったのよ!」


 口の端を歪めたアーキラが、道の脇の民家のドアを蹴破るとそこに飛び込んだ。カリスを誘っているのは誰が見ても明らかだったが、カリスは一切の躊躇なく誘われるがままに民家へと追いかけた。

 残されたルクスにゆっくりと歩み寄っていリックド。ルクスよりも頭二つ分も長身のリックドは、巨人のような威圧感を与えてくる。

 殺意とも憎悪とも言えないような圧力を前に、ルクスはただ勝利を願い意識を集中させる。


 『ウオオォォォォ――!!!』


 咆哮を発したルクスに、リックドは足を止めた。何らかの攻撃方法だと思ったようで、警戒した様子だった。そして、ルクスは自分の人間としての顔を引きちぎるようにして頭から手を離した。


 「いつの間に……仮面……?」


 狼の仮面を装着したルクスに驚愕したリックドを睨みつけたルクスは、拳を硬く握りしめて、スキップをするように軽く飛ぶ。


 「リックド! しっかりと受け止めやがれええぇぇ――!」


 たった一歩のスキップがリックドまでの距離をほぼゼロに変え、地面を蹴った勢いのままにルクスは渾身の一撃をリックドへと見舞った――。 


  

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