第17話 魔術師の待つカーリキシアへ

 当初、キャロルの話を本腰を入れて聞こうとするルクスにカリスは猛反対した。

 時間が無い、自分達だって追われる身だ、ルクスはまたそうやって自分を犠牲にする、一度もカリスに怒られたことのないルクスからしてみれば新鮮であり、黙らせるには十分なやりとりだった。

 しかし、嫁に尻に敷かれた夫のようになったルクス、それにカリスの背中を押したのはある一言が原因だった。


 ――どうか、お願いします! 私、マリリアて人に会わないといけないんです!


 偶然にも、ルクス達が助けを求めていた人物と同じ名前であり、そこにシルバハルトも絡んでいるとなれば、この場を無視することなんて到底できやしなかった。



                         ※



 魚人フィッシャーン

 それは、海の神と人間の間に生まれた者達。

 海が彼らだけの居場所じゃなくなってきたことで、フィッシャーンは陸地に適応し、徐々に血は薄くなっていった。それ故に、奴隷商人達の餌食にされやすく、自分達がフィッシャーンであることを隠して生きている者が多いそうだ。


 今回、助けたキャロルはフィッシャーンの中でも血脈を絶やすことなく、純粋なフィッシャーンの血のみで生き続けて来た一族だった。

 陸に上がったキャロルの祖父には商才があったようで、長年培った海中での経験を活かし水産物の販売から始めた事業は拡大し今では様々な分野に手を出しているフィッシャーン一族としては珍しい陸で成功した一人なのである。

 ただし、フィッシャーンであることが発覚してしまうわけにもいかないので、キャロルは普通のお金持ちの人間のお嬢様として扱われてきたのだった。


 ウェアウルフと元シルバハルトであるという事実を隠しながらだがルクスとカリスは自己紹介をすれば森の中で一泊。

 夜が明け、ルクス、カリス、それからドレスの裾と袖を切り落としお手製のワンピースを作ったキャロルと共に川沿いを進み街を目指していた。


 「……で、そのフィッシャーンのお嬢様が何で命を狙われているのよ」


 僅かに棘のある言い方でカリスが聞いた。


 「それは……」


 一度、躊躇してからキャロルはおずおずと語る。


 「……溺れかけていた子供を見つけて、フィッシャーンの力でその子を助けてあげたんです。そこまでは良かったのですが……偶然それを目撃していた人が居たようで、それ以降どこに居ても誰かの目線を感じるようになりました。おじい様は、私のことを心配して危害が加えられる前に信頼できる友人に私のことを預けようと考えたのです」


 「ふーん、そしてその道中にあの男達に襲われたってわけね……」


 悲しそうにキャロルは頷く。

 弱々しい女の子の姿は、ルクスから見れば記憶喪失中のカリスを連想させたが、昨晩野宿も文句一つなく、息を切らすことなくルクスとカリスの後ろからついてくるのは普通の女の子の枠組みから外れているように思えた。

 二人の話に一区切りがついたのを確認したルクスは、別の質問を向けた。


 「どこで、シルバハルトの名前を聞いた?」


 「私を追いかけていた三人が、シルバハルトの名前を口にして……。だから私、そういう悪い組織があるのかと……」


 「随分と口の軽い秘密組織だな」


 ふん、とカリスは機嫌悪そうに鼻で笑うと少しだけ歩く速度を上げた。


 「シルバハルトの質も随分と落ちたわねっ」


 「でも、それにしては弱すぎだったな……」


 「たまに標的の情報を得る為に、ああいう柄の悪い奴らを使って探ることもあるわ。得体の知れない相手に情報一つなく挑むよりも、遥かに合理的な作戦よ。……それにしたって、組織の名前を男達に教えるかしら……」


 元組織の一員としてカリスなりに疑問はあるようだが、ルクスはルクスなりに気になった点を聞いた。


 「シルバハルトがウェアウルフ以外を狙うことはあるのか?」


 「もともと、半分人間半分魔物みたいなのは全て排斥しようとする異端審問官がシルバハルトの始まりよ。シルバハルトはウェアウルフの専門家ではあるけど、人間以外の異種族を全て排除しようとする組織の分家みたいなものだから、フィッシャーンを狙うのもありえない話じゃないわね」


 穏やかな川の流れに沿って歩きつつ、ルクスとカリスは少し遅れて歩いてくる少女の方を見た。

 いろいろと問い詰めたい様子のカリスの肩に手を置き、ルクスは努めて無害そうな笑顔で笑いかけた。


 「俺達とキャロルの目的地は一緒だし、追われている相手も同じなんだ。面識もない俺達だけでマリリアさんに会うよりも、一度話を通してあるキャロルと共に行った方がいいはずだ。……とにかく、これからよろしく」


 ルクスの差し出された手を、緊張した面持ちでおずおずとキャロルは握った。お人好しと呼んでも過言ではないルクスの姿に呆れつつも、カリスもぶっきらぼうに手を伸ばした。


 「えーと……?」


 首を傾げるキャロルに、カリスは宙で手をぱたぱたとさせる。


 「手……握手よ。……ルクスにやったみたいに」


 納得したキャロルは先程よりも幾分か気が楽になったようで、すぐにカリスの手を握った。


 「よ、よろしくお願いしますっ。カリスさん」


 「……よろしく。それと、年もそう変わらないんだし、呼び捨てでいいわよ。ルクスも呼び捨てでいいわよね?」


 「ああ、それでいいぞ」


 キャロルはもじもじとしていたが、カリスに急かされて深々と頭を下げた。


 「改めまして、よろしくお願いします! ルクス! カリス!」


 シルバハルトに追われる少女との出会いにルクスは何か運命的なものを感じながら、キャロルを仲間に加えた一行は目的の街――カーリキシアを目指す。




                          ※




 その女は、マリリアと言った。


 派手な真っ赤なジャケットに袖はなく、濃い黄色の髪は燃え滾る炎のような長髪だ。ジャケットの下はぱっくりと胸元のラインがはっきりと分かる程に割れたシャツが一枚、足のロングブーツと膝の上から太ももにかけて裾が斜めに切れた露出の高いドレススカートを履いていた。

 外見的な何例は二十後半から三十前半。身長は百八十センチ近く、豊満なバストにくびれ、整った顔立ちは男性にも女性にも好かれる勇ましい顔をしていた。一見すると、女海賊、女盗賊、女戦士、女という言葉が似合わない職業に強引に女を付けたようが外見をしていた。

 マリリアは一人、昼前の港に足を運び出港の準備を進めていた。

 中型の木造の船は決して大きいものではなかったが、細かいところは何度も手を加えられた形跡があり、見る人が見れば大事に扱われてきた良い船と呼べる。

 予定では、今日中には昔からの得意先の令嬢がやってくる手筈になっていた。もともと世話になっていた令嬢の祖父からは、世間知らずの娘をこき使ってほしいと言われているので、望み通りに使ってやるつもりだった。


 「さてと、出ておいで”お前達”」


 蠱惑的な声で、何かを呼び口笛を吹いた。

 すると、船の影から人型の影がもぞもぞと次から次に現れる。全員目も鼻も口もないのっぺらぼうで、顔から下はメタリックなタイツを履いているようにおかしな光沢がかかっている。一応、女性男性型が居るようで、身長の高い人型や胸部が大きくなった人型がマリリアに言われるがままに仕事を始める。

 足元に転がっていたワインの瓶を掴むと、働いている影人間達を横目に栓を開けた。


 「そういや、名前しか聞いてなかったねぇ……。船で出るとは言ってあるし、港に来たらすぐに分かるだろうさ……」


 あっという間にワインを一本空にしてしまったマリリアは、近くで掃除をしていた影人間達に、空瓶を投げ渡すと大欠伸を一つ。


 「おーい、お前達。テントと敷物を用意しといておくれ。私はちぃっとばかし昼寝するよ」


 それが返事なのか、影人間達が『キュッキュッ』と窓ガラスをふきんで拭くような高音を発して頷いた。

 ぱたぱたと準備を始める影人間達を横目に、マリリアは腕を枕にして横たわる。こうしておけば、眠っている内に忠実なる下僕である影人間達によって寝床が完成しているだろうという魂胆だった。

 

 忙しなく動き回る影人間達の足音をBGMに――魔術師マリリアは眠りに着いた。




                            ※



 一方、その頃。マリリアが寝息を立て始めれば、ルクス達がカーリキシアに到着していた。


 時刻はちょうど昼ぐらい。追手に追われることもなく、目立った問題もないまま、難なく街に入ることができたルクス、カリス、キャロルの三人。

 このまま、一直線に港まで向かうかと思いきや――。


 「――カ、カリス! 見てくれ! こんな食べ物初めて見たぞ!? それに、ほら、ここの武器屋! 珍しい武器が山ほど!? この弓矢なんて、矢を装填して引き金を引くだけなんて……すげえ、すげえぞ、都会……」


 「そりゃ、森の中で過ごして来たんだから食べ物も違うに決まって……て、こらこら! 武器屋で試し打ちはやめなさい!」


 ほぼ村でしか生活していなかったルクスは目を輝かせてずらりと並ぶ店を物色するのをカリスが頑張って制止していると、


 「――カ、カリスさん! こ、この料理……フォークやナイフがありませんわ!? どうやって食べるというのですの!?」


 箱入り娘のキャロルも昨晩襲われたことなんて忘れてしまっていたかのように、物珍しそうにしげしげと眺め、下手をすれば金を払わないまま手にしてしまいそうな勢いだった。


 「串にお肉が刺さっているでしょ? それをそのままガブリと噛みつくのよ……て、ああ!? それ売り物なんだから、噛みつく前にお金払いなさい!」


 動かぬように腰を押さえていたルクスから手を離したカリスは、今度はキャロルを羽交い絞めにする。


 「大変だぞ、カリス! このおじさんが売っているこの玉、持っているだけで、億万長者になれるらしいぞ! す、すげえ!?」


 「す、すげえ!? じゃないわよ! 騙されているのよ、バカ!」


 「カリスさんルクスさん、お食事にしましょう! さっき、そこのお兄さんが一緒にご飯食べるだけでいいところにも連れて行ってくれるとお誘いになってきましたわ!」


 「陳腐なナンパに引っかかってんじゃないわよ!? 何で、街に入って数分で変態の餌食にされそうになってんのよ!?」


 あっちの手を離せば、こっちが離れ、あっちを追いかければ、こっちが行方不明になる。

 野宿よりも、息を潜めて街に向かう道中よりも、今の時間が何倍もカリスの体力を根こそぎ奪っていく。


 「――いやあああぁぁぁぁ!!! 一体、いつになったらマリリアに会えるのよおおおぉぉぉぉ!!!」


 数キロ離れた船に揺られるマリリアの耳に、もちろんそんな声が聞こえるわけもなく、街中にカリスの悲痛な叫び声が響き渡った――。




                               ※



 年相応の顔をしてはしゃぐ三人を見て、彼らの秘密に気づくものはいないだろう。しかし、彼らを見つめる複数の影は確実に彼らを警戒視していた。


 「アレが、今回の標的か」


 「どうやら、護衛を雇っているようだ。例の三人から連絡がないところを見ると、失敗したようだな」


 「まったく、ガキばかりじゃない……。お嬢様に関しては、まともに異能の力も使えないんでしょう?」


 三人の影が、後からやってきた影の出現に口を閉ざす。一人が、ボス、とやってきた人物を呼んだ。


 「いずれにせよ、俺達は異能を殺す者だ。……シルバハルトの本懐を全うせよ」


 「「「シルバハルトの本懐を全うせよ」」」


 ボスと呼ばれた男の声に三人が復唱すると、別方向に三人は消えた。

  

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