第13話 君の面影

 ルクスとトゥリアがミリナの用意した食事を食べ終わる頃には、陽は沈みかけようとしていた。

 夕暮れが家の中を照らし始める頃に、そっとミリナは部屋の明かりを灯した。


 「ルクス、傷の方は大丈夫?」


 腰かけた椅子の背もたれに平然ともたれるルクスは、神妙に頷いた。

 食事をしながら、自分達の立場、ウェアウルフ化、カリスの正体、全てを隠すことなく説明をした。そこまで包み隠さず喋ったのには理由があった。それは、ミリナがトゥリアの正体を知っているだろうという考えからだった。

 読み通りミリナは特別驚くこともない。最後までルクスの話に耳を傾ければ、取り乱す様子なく傷の心配をしてきた。


 「ウェアウルフになった影響かな? もう傷口は塞がっているかもしれない」


 そう言うルクスの首から下はミイラ男のように包帯でぐるぐる巻きに覆われていたので、実際に傷口は見ていないが、人間のままなら数週間はまともに歩ける状態ではなかったのは明確な事実だ。


 「その様子だと、ミリナさんも……」


 おずおずと聞いてくるカリスに、ミリナは深く頷いて見せた。


 「そうよ、私もトゥリアの正体を知っていた。いいえ、正確にはこの村の住人みんながトゥリアがウェアウルフだということを承知しているわ」


 「どうして……今まで隠していたんですか? 俺に危害を加えるつもりがなかったのは分かるんですが、目的が分かりません……」


 真意を問いかけるルクスとカリスの眼差しから逃れるように目を逸らしたミリナだったが、すぐに視線を二人に戻した。


 「最後まで隠したままだというのも、ルクスは良い気はしないだろうし、きっとトゥリアも知って欲しいと願っているはずだと信じて……全てを教えてあげるわ。そもそも、トゥリアの目的は――この村を滅びから救う為よ」


 「この村がトゥリアにとって特別だというのは分かるけど、それと破滅て……」


 「トゥリアがこの村にやってきたのは、数百年前も昔。その時、トゥリアはウェアウルフのお姫様なんて想像もできないほど、衰弱し瀕死の重傷を負っていたらしいわ。今よりももっと戦争の多かった時代で、みんな自分達の生活で精一杯でそんな誰とも知らない少女を救うなんて真似考えられなかったわ。……だけど、この村の人達は偶然発見したトゥリアを救ったのよ」


 「救った……?」


 「うん、この村は近くの街からも遠くない分、戦争に巻き込まれたり何かと問題に巻き込まれることが多かったのよ。そのせいか、若い人は村から離れ、動けないお年寄りや病人はこの村に残るしかなかった。そんな彼らだからこそ、何らかの理不尽で傷つけられたトゥリアを放ってはおけなかったかもしれないわね。何より、老人達が女の子が血まみれで倒れているのを無視できるわけないでしょう?」


 微笑するミリナに頷くルクスとカリスだったが、二人は幼い子供をいたぶることを喜びとする老人が居ることを知っていた。恐らく、トゥリアも彼らのそうした当たり前の優しさに救われたことは想像に難くない。


 「最初はお人好しな村人達を警戒したトゥリアだったけど、次第に彼らが完全な善意だけで行動していたことに気づいて、少しずつ打ち解けるようになったわ。非難されることを覚悟でウェアウルフの正体を明かした時も、村人達はトゥリアを受け入れた。そう簡単に嫌いになることが難しい程、トゥリアのことを知り過ぎていたんでしょうね」


 「ちょっと待って、そもそも何でトゥリアは瀕死の状態だったんだ? 昨日のトゥリアは、俺が大勢で向かっても勝てないぐらい強かったはずだ。……まさか」


 「ええ、多分考えた通りよ。トゥリアが死にかけていた理由は、同族によるものよ。その真相は誰もトゥリアの口から聞いた人なんていないけど、ウェアウルフの王族を裏切るような行為をした為に命を狙われたそうよ。そして、今もトゥリアはウェアウルフから命を狙われている。もちろん、シルバハルトからも」


 「それが、屋敷の周辺に結界を張っている理由……」と、ルクスは小さく呟いた。


 「そして、危険に晒されやすい村にも人除けの結界を張った……。だから、シルバハルトである私は村があることに気づかなかった……」


 先程から、考え込んでいた様子だったカリスは感慨深そうに納得していた。

 どうやら、それでミリナの話は終わりではないようで、ルクスとカリスが理解したのを確認してから改めて口を開いた。


 「村を守り続けることに成功したトゥリアだったけど、その内、人間の寿命の短さと減り続ける村人達に悩むことになるわ。トゥリアは数百年、いいえ、数千年生きることができる種族の王族、年月を重ねるごとに廃れていく村を見ていられなかったんでしょうね。そんな彼女が思いついた方法は……ルクス、後は分かる?」


 既に十分すぎるぐらいのヒントは出ていた。ルクスは昨晩から視界を覆う霧のように漂っていた疑問が解消していくのを感じていた。


 「俺のような奴隷を連れてきて、村人の一員にさせるようにした……?」


 「正解。ちなみに、私は昔からこの村に住んでいる村人の一族よ。今では、ルクスと同じ奴隷出身だったり戦災孤児だったり、他所から来た人の方がこの村は多いから、逆に私みたいなのが貴重ね。……以上、これが私の知っている事の真相全てよ」


 カリスの話を聞き、ボロ雑巾のようだったルクスをあっさりと受け入れてくれた理由が何となく理解できた。トゥリアは保護した子供を、先祖代々ミリナの家で服を綺麗にしてもらい、過去と決別させて未来へと歩ませる手伝いをしているのだろう。

 長年ルクスの中で疑問だったミリナの包容力の正体に気づけたことを嬉しく思っていると、ぐっとミリナが二人に身を乗り出してくると声を低くさせた。


 「……ところで、二人はこれからどうするつもりなの?」


 ずっとミリナの家に世話になるわけにもいかないのは事実だったが、かといって行き場もない。ルクスとカリスがどうしたものかと顔を見合わせていると、ミリナが両手を叩いて二人の視線を自分に集めた。


 「よし、じゃあ二人の門出をお祝いしてお姉さんが餞別をあげちゃいましょう! ――はい、どうぞ」


 膝の上に乗せていたらしい便箋をミリナが持ち上げると、すっとルクスとカリスの前に差し出した。


 「これは?」


 「紹介状よ。この村を出て、道沿いに真っすぐ進めば街があるから、二、三日中にそこに向かいなさい。確か、三日は街から出ないて行っていたから大丈夫とは思うけど、旅商人のマリリアを探し出して紹介状を渡しなさい。人手不足で、人を探していたみたいだし、トゥリアと面識もあるし村のことも知っている。凄く信用ができる人よ」


 願ってもみない提案だとルクスは思った。

 カリスから聞いたが、シルバハルトは裏切り者を許さないらしい。明確に敵対した訳ではないが、ウェアウルフであるルクスと行動し、トゥリアの始末を失敗したのならカリスは命を狙われることになる。無論、共に行動しているルクスも危険なのは目に見えていたが、既に運命共同体とも考えていたルクスには今さらの話だった。

 じっと机に置かれた紹介状を眺めていた二人だったが、先にカリスが紹介状に手を伸ばすと突き返すようにしてミリナの方へ押し返した。


 「あら?」


 「……受け取れません。シルバハルトである私は、全てを放棄してルクスと共に行動しています。命を狙われる危険性があるんです。確かに、旅商人はいろいろと都合が良いかもしれませんが、私達と行動すればその方にご迷惑……いえ、取り返しのつかない目に合わせてしまうかもしれません……。二人で戦うと二人で逃げると決めた以上、そんなこと……」


 押し返した手を引こうとしたカリスの右手を、ミリナは自分の手を優しく添える。


 「むしろ、マリリアなら貴女達を守ってくれるはずよ。私やトゥリアでは、貴女達を守ることは難しいけど、あの人なら……そう思ってこの紹介状を託すのよ。偶然でも、思いつきでもない。貴女達の幸せを願って、生きていてほしいから、この紹介状を渡すのよ」


 「ミリナさん、私……」


 カリスも気づいたのだろう。ミリナの手は震えていた。カリスには、とてもその手を力尽くで振りほどくことなんてきなかった。

 黙って考え込んでいたルクスはミリナの視線を感じて、顔を上げると目が合う。潤んだミリナの瞳は、辛そうに揺れていた。


 「――お願い、ルクス。この紹介状を受け取って……私には、これぐらいしかできないのよ」


 無我夢中で生きて来たつもりだったが、気づけば自分にはこんなにも大切なものがたくさん出来ていたのかと胸が詰まるような気持ちにされた。そして、ミリナの優しさを受け入れることこそが、彼女への恩返しになるようにも思えた。

 祈りにも似たミリナの言葉にルクスは頷くと、重ねた二人の手の下をくぐって紹介状を手に取る。ルクスには、ずっしりとその紙が重たく感じた。


 「……ミリナさん、ありがとう。これ、使わせてもらうよ」


 「どういたしまして、ルクス」


 カリスと重ねていた手を離したミリナは、目元の涙の粒をさっと拭った。


 その後、ミリナの提案でルクスとカリスは一泊し、明日の早朝に村を発つことにした。

 当分の食事やちょっとした衣服などミリナに用意してもらい、何から何まで世話になったことに感謝と罪悪感を感じながらも夜は更けていった。




           ※



 ――コツコツ。


 小石がぶつかるような音が部屋に響いていた。

 次はいつベッドに寝れるか分からないというのに、眠りを妨げられたことを不満そうにルクスは上半身を起こした。

 一体何の音だ、まさかあの掃除好きなミリナさんがネズミをそのままにしておくはずがない。

 ようやく暗闇に慣れた頃、ルクスは音の正体に気づいた。


 「ぁ――」


 驚愕の声を出す前に、いつしか鍵の開いていた窓から伸びて来た黒い太い腕に掴まったルクスは二階から外に放り投げられた――。

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