第12話 自分で選んだ道と『さようなら』
カリスが
目まぐるしく変化する状況にいち早く対応したのは、意外にも当事者であるカリスだった。
「バンドラーアドッ」
体内に残っていた魔素を頼りに灼熱の右手がトゥリアの手を焼いた。衝撃を受けた犬のような甲高い悲鳴を発したトゥリアの手の力が緩み、転がるようにして手の中からカリスは脱出した。
闇雲に転がったわけではなく、ウェアウルフと化したルクスの足元に転がったカリスは呆然とするルクスの背中に触れた。
「ルクス! 私と生きるつもりなら、力を貸して! 今の貴方ならここから逃げられるはずよ、私を連れて逃げてっ!」
『で、でも、俺は……』
「ウェアウルフでも関係ない! ルクスはルクスでしょ!? それに、今のルクスなら逃げられるよ! 自分と……私を信じなさい!」
ルクスから迷いは消えた。カリスを抱き抱えると、一部が溶解した窓に突進して二階から外に躍り出た。
人間の時にはどれだけ望んでも手に入れることのできなかった強靭な足腰で着地すると、人間だった時の何倍も逞しく大きくなった二本の足で地面を踏みしめて森の中へと飛び込んだ。
カリスをその胸に抱いたルクスは、何度か屋敷を振り返る
長年住み慣れた我が家を離れながら、こんな状況だというのに酷く寂しい気持ちになってくる。だからといって、ゆっくりとセンチメンタルに浸っている暇はなく足を動かすしかない。
『――逃がすと思うか?』
頭から突然氷水を浴びせられた気分になるのと同時に、頭上から聞こえてきたトゥリアの声が足に絡みつくようだった。
「上っ!」
カリスに言われなくても分かってはいたが、まだ変身したばかりのウェアウルフの肉体では思考が追いついてはくれない。
木々の間を駆け抜けていた闇の塊が、ルクスに覆い被さるように降ってきた。
『があっ――!』
カリスを守るように両手で強く抱きしめたルクスを貫くのような痛みが襲った。
腕か足か、どちらで攻撃を受けたのかは判断できないルクスだったが、骨の折れるような一撃に一瞬だけ意識が遠くなる。勢いも加勢して地面を跳ねたルクスだったが衝撃を着地に利用し、木々の間に体をぶつけながらも痛みに堪えてがむしゃらに駆け出す。
『うまく着地できたようだな、大人しく倒されていれば良いものを……』
トゥリアはそう言うが、足を止めずにいられたのはほぼ運が良かっただけだったし、呼吸をすれば胃に穴が空いているかのように激痛が走る。
再び影が次の木から、さらに次の木へと飛び移り迫って来る。
『ルクス、どうしてそうまでして逃げる。それに、お前は……何故ウェアウルフになれるんだ』
『そんなの……俺は……知らないっ……』
余裕で距離を縮めてくるトゥリアと違い、ルクスにはのんびり会話をする余裕なんてない。息も絶え絶えで返事をするのが関の山だ。
『まさか、私の血を飲んだか……それとも、どこかで傷つけたことで感染したか――……違う、そうか、忌々しい……魔術のせいか……!』
思いのほか、トゥリアは簡単に真実に辿りついたようだった。舌打ちが聞こえ、続いてトゥリアの到達した答えが聞こえてくる。
『ウェアウルフに変身する際、微弱な魔素が発生する。ほとんどはすぐに消えてしまい人体には影響はないが、ルクスが秘密裏に魔術の練習をしていたことで魔素が共鳴し暴走それから増大。……時間をかけて、ルクスの肉体をウェアウルフ化させたというところか』
「そんな理由で!? ルクスをウェアウルフにする為に、育てていたんじゃないの!?」
カリスの発言が心外だとばかりに、トゥリアの獣の唸り声がカリスの声をかき消した。
『たわけ、小娘! 魔素の在り方が、私とルクスはあまりに近すぎた。同じ食卓で食事をし、同じ空間で会話をし、ずっとすぐ側に居たのだ。残留し消えることのなかった私のウェアウルフとしての魔素がルクスを求めてしまった、同時に力を求めて我らに強い憧れを抱いていたルクスの魔素と感応してしまったのだろう。……これだから、魔術は嫌いなんだ』
全ての疑問が解決したことでトゥリアの中でも踏ん切りがついたのか、ルクスは背中が重たくなるような殺意を感じた。
『ごめん、カリス!』
へ? ときょとんしたカリスを森の闇の中に放り投げた直後、肉体を貫通したかと錯覚するほどの痛みが体を貫いた。
『――あがっ!?』
今度はルクスにも分かった。飛びかかると同時に右腕の爪で背中を切り裂き、さらにそこには落下速度も上乗せされている。人間のままなら間違いなく胴体ごとバラバラにされている一撃だ。
地面に顔を擦り付けながら落下したルクスは、障害物のように生えた木の一本に追突してようやく動きを止めた。
背後にトゥリアの気配を感じたルクスは、何とか足に力を入れて体を起こそうとする。
ドシ、ドシ、ドシという足音はルクスの想像するトゥリアとはかけ離れた足音が、初めてトゥリアから向けられた殺意に信憑性を高めてくる。
(殺される、殺される、殺される)
前回の攻撃が威嚇だとしても、今回の一撃は確実に命を奪いに来ていた。トゥリアの考えは、運良く生きていれば洗脳するぐらいの考えなのだろうか。良くて半殺し、生きていても違う自分になっている。
背筋が冷たくなるルクスだったが、今の考え方に激しく後悔をした。
こうしている時点で殺されようが生かされようが、カリスを奪われた時点でそれはもう死んだのと同義だ。
『命乞いをするなら、今の内だぞ』
脳裏にトゥリア達と過ごした穏やかな時間が鮮明に蘇った。ルクスにとっては、非常に価値のある時間で、黄金以上に輝かしい日々だったように思える。
揺れていた心は徐々に落ち着きを取り戻し、トゥリアの死刑宣告はルクスを決心させた。
『アア、アアア……アアアアアアァァァァァ!!!』
トゥリアに比べれば酷く稚拙な咆哮をルクスは上げた。両手をついて立ち上がれば、背中からは血液が噴出し、体毛に絡まった血の塊の上に己のぬめり気のある血が垂れかかる。
『ウェウルフらしい、良い面構えになったな。これから私の側で成長していくのが、楽しみになったよ』
歯ぎしりをしたトゥリアが闇を切り裂きながら、ルクスへ一直線に突っ込んでくる。
『俺は、俺自身で生きる道を選ぶ!』
飛び込んでくるトゥリアに、真っすぐに右の拳を放つルクスだったが、トゥリアはルクスの剛腕すら物ともせずにルクスの右腕に沿うように宙を反転しつつルクスに体当たりをした。
ぐん、と首根っこを捕まえられたように後方へと転がったルクスは、左手の爪を地面に立てたことでブレーキを掛ける。
戦闘に集中したことで、どんどん感覚が鋭くなっていくのをルクスは感じつつ追い打ちをかけるトゥリアの爪に己の右手の爪を交錯させた。腕がびりびりと痺れ、交差した爪の根っこからは血が流れだしているが、ここで退くことはできない。
『ルクス! お前が選ぼうとしてる道は、想像以上に過酷なものになるぞ! それでも進むか! 足元は茨で作られ、天井からは剣山が生えるような生き地獄になったとしてもか!?』
押し負けそうになったルクスはすぐに腕を引いたが、その瞬間を隙に捉えたトゥリアがルクスの懐に潜り込んで鉄のように強固な骨で繰り出される蹴りを放つ。
『それでも、俺はもう! カリスの居ない世界こそが、地獄と同じなんだっ!』
全身の骨を砕くようなトゥリアの蹴りをルクスは即座に四つん這いになり地面を回転し避けたルクスは、その刹那をチャンスに変える。振り上げた拳を足を上げたままのトゥリアの胸部に叩き込んだ。
『――ぐふっ』
巨大な空気を吐くように息を吐血するトゥリアは、ルクスの攻撃を受けて後退した。
逃がすまいとルクスはよろめくトゥリアに右の拳、続いて左の一撃とテンポ良くパンチを打ち付ける。そして、連打を止めたルクスは全身全霊のつもりで背中を丸めるトゥリアに飛び膝蹴りを喰らわせた。
顔を砕き、鼻を折り、腕をひしゃがせ、拳で肉を裂いた。腕の関節から先が真っ赤に染まっていることに気づいたルクスが手を止めれば、トゥリアはその場で片膝をついた。
『や、やったか……』
これ以上攻撃してはトゥリアの命を奪いかねないと判断したルクスは、じりじりと警戒しつつその場から離れようとしていたが――。
『――この程度か』
溜め息と落胆の入り混じる声を漏らしたトゥリアが、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
欠けた血と肉が互いを補うように絡み合えば、欠損した肉体を修復し、傷つき汚れた毛並みが元の凛々しさを取り戻した。そこには、ルクスに殴られて蹴られたトゥリアの姿はなく、無傷の二本足の狼の姿があった。
『冗談だろ……』
『こう見えても、ウェアウルフの姫なんだ。二足歩行で歩ける程度の狼人風情の頑丈さと一緒にしてもらっては困る』
全てにおいて桁外れだった。ルクスはトゥリアに等しい力を手に入れることができたのだと錯覚していだという事実に打ちのめされた。
『同じウェアウルフなのに、何で……』
『同じではない。ウェアウルフにも個体差はある。私は特殊なウェアウルフ、お前は平凡なウェアウルフというところだ。いいや、平凡よりも劣るかもしれないが』
既に逃げるという発想はルクスにはない。だからといって、もう怖気づくこともやめていた。
拳を硬く握りしめたルクスに諦めの色はなく、瞳の奥には揺るぐことのない決心の輝きすら与えた。
『ルクス、お前は頭の悪い奴だよ……本当に……』
一歩ずつトゥリアは歩み寄りつつ、右手を広げた。
腰を低くして臨戦態勢をとるルクス、獲物を狩るようにゆっくりと距離を詰めるトゥリア、緊張状態が満ちていく中に今の二人から見れば小さな影が飛び込んできた。
「――それ以上は、やめてくださいっ!」
銀で作られた柄の無いナイフのような鋭い物を手にしたカリスが、トゥリアからルクスを庇うように立つ。
『シルバハルトの武器か。襲撃した時は知らないのではと思っていたが、ウェアウルフは銀に弱いとよく知っていたな。……それを、どこに隠していた?』
秒もかからない内に首と胴体が分裂するかもしれないというのに、逃げることもなく立ち塞がるカリス。トゥリアの目線がカリスの顔を見て、それから首から下へと移せば、合点がいったようで「ああ」と声を漏らした。トゥリアの目線の先では、カリスの右肘の先が血で滲んでいた。
『前に私を襲ったシルバハルトも突然その銀の武器を出したこともあるんでな、前々から不思議に思っていたんだが……。なるほど、体内に隠し持ち、外気に触れるとその大きさになるというところか。だが、まあ――』
大きく一歩を踏み出したトゥリアは、カリスの構えた銀の棒に躊躇なく触れた。痛みで顔を歪めることもなく、悠々とトゥリアは銀の棒を摘み持ち上げると握りつぶした。
『うそ……でしょ……』
『そこら辺のウェアウルフに効果があったかもしれないが、私はとうに銀程度の弱点は克服している。私から見れば、ただの棒切れだよ』
カリスなりの最後の手段だった。本来、銀に触れたウェアウルフは高熱の鉄板を体に押し付けられたような激痛に苦しめられるはずだった。しかし、何事もなかったかのように、あまつさえ握り潰し悠然と見下ろしているのだ。
この状況を見て、カリスは失っていた最後の記憶を完全に思い出した。シルバハルトを出る時に、銀を使った武器ではなく魔術で暗殺するように言われたのは、このことだったのかと理解した。
状況を打破することのできない記憶を思い出したことで、カリスは不甲斐ない気持ちになる。
後ろに立つルクスをちらりとカリスは見れば、まだ本人には戦う意思があるようだ。だが、もうカリスにはルクスのその気持ちだけで十分だった。
辛い思い出、苦しいことばかりだったが、最後にここまで強く愛してもらえただけでも良かった。むしろ、清々しい気持ちでカリスは頷くと、声を発した。
「――私のことはいいから、ルクスを助けて!」
『――俺のことはいいから、カリスを助けてくれ!』
心の赴くままに叫んだのは、二人だった。
はっとした表情をしたルクスとカリスは顔を見合わせると、相手の発言を信じられないものでも見るように見つめ合った。トゥリアに命に狙われているという状況だというのに、しばらく見つめ合っていた二人は、深々としたトゥリアの溜め息で我に返った。
『……まさか、こんなところで私が見たかったものが見れるとはな』
一人呟き、くるりと反転すると同時に、ウェアウルフとなっていたトゥリアの姿が小さくなり、元通りの少女の姿を取り戻していた。破れたはずの黒いドレスも、一瞬の内にその身に纏っていた。
『……どこに行くんだ、トゥリア』
「何だかもう面倒になったわ。二人で好きに生きなさい」
現実感の湧かないままにトゥリアの声を黙って聞いていた二人はまだ緊張感が抜ける様子もなく、屋敷の方向へと消えていくトゥリアを眺めることしかできずにいた。そして、足を止めたトゥリアはゆっくりと反転すると、カリスを指さした。
「カリス、ルクスは何も知らない。貴女だって、どこまで世の中を知っているかは分からないけど、自分の全てを投げ打ってでも手に入れたい未来があるなら信じて歩み続けなさい。今は貴女を信じる。でも……ルクスを裏切るようなことをしたら、ただじゃおかないわよ」
トゥリアは次にルクスを指さした。
「ルクス、まだ完全に私はカリスを信用していないし、選んだ道を正しいとは思わない。だけど、ここ数分間の短い時間で、発したルクスの言葉は紛れもない真実であり、心の底から望んだ叫びだった。……何も知らない奴隷が、たった数年でここまで成長できるなんて……本当に人間の成長て凄いことだな」
既に視界の中で小さくなってしまったトゥリアは穏やかに笑っていた。そんな少女に、ルクスは無意識に手を伸ばしていた。
『トゥリア!』
「運が良ければ、私と貴方はもう二度と会うことはないでしょう。――さようなら、ルクス」
儚げな笑みを残して、トゥリアは隠すように森の木々たちが覆いかぶさるようにしてその姿を消した――。
※
ウェアウルフの姿のままで戻ることのできないルクスとカリスは寄り添うようにして、村までの道を進んでいた。
入ることは困難で、誤って森の中に入ってしまえば抜け出すことは至難の業。トゥリアの森に張った結界は、彼女の許しを受けた者しか簡単には行き来できないのだ。
だがしかし、ルクスは覚えのある道を迷うことなく歩めている。これはきっと、まだトゥリアがルクスに森を行き来する権利を与えたままにしているからだ。
『いいのか、カリス。本当に俺と一緒で……』
シルバハルトという組織に所属するカリスは、きっと何らかの事情でウェアウルフを始末する仕事をしている。きっと、それは良くない過去だ。ルクスの言葉の中に含んだ真実に気づいたカリスは、俯き表情を暗くさせた。
「さあ、よく分かんないよ。ウェアウルフは憎んで生きてきたし……。でも、例えルクスがウェアウルフだったとしても、私が死の間際に願ったことは……間違いなくルクスのことだった。……今は、それだけでいいんじゃないかな」
途中から恥ずかしくなったのか、頬を朱に染めたカリスはそっぽを向く。こんな狼の姿じゃなければ、気持ちの通じ合った今なら抱きしめてしまうところだったルクスは自制した。
二人は、冷たい雪の道を歩く続ける。
いつしか、ルクスは人の姿に戻り、足跡が二人分の少年と少女の足跡に変わっても木々の間を抜けて進み続けた。
闇の中を抜け、視界の先にぽつりと淡い光が見えた頃、精神力だけで歩き続けてきたルクスとカリスは安堵という感情に背中を押されるようにしてどちらかともなく地面に倒れ込む。
ひんやりとした雪の感覚を最後に、二人の意識は深い闇の中に落ちて行った――。
※
気を失った二人にはまだ息があったが、この寒さの中ではそう時間がかからない内に息絶えてしまうのは明白だった。
徐々に夜が明けようとしていたが、陽の上がりが遅い時期では完全に太陽が顔を出す時間にならないと夜とは変わらない。
状況としては絶望に続く絶望。既に二人の力だけでは、今の状況を打開することはできずにいた。
「――あら?」
そんな二人の側に歩み寄って来る影が一つ。
本来なら、こんな朝早くに外出することはない女性だが、虫の知らせのようなものを感じて家の裏手に出て来たところだった。すると、どうだろう。そこには見覚えのある少年と見知らぬ少女が倒れていた。
「何か問題が起きたようね。……でも、今は」
女性――服屋を営むミリナは二人に手を伸ばした。
※
「う……んぅ……?」
前日に戦闘訓練でアインからコテンパンにされたような気だるさでルクスは目を覚ました。
体のあらゆるところから、うるさいぐらいに悲鳴を発する体を起こしたルクスは自分がいつもの部屋で眠っていないことに気づき、ようやく意識をはっきりさせた。
(そうだ、俺は……カリスを守る為にトゥリアと戦って……)
世話になったトゥリアへの罪の意識で発狂したくなるが、もう振り返らないと決めたルクスは自分へと向けようとした拳を下ろして強く握りしめた。
改めて周りを見れば、二階建ての家にいることが分かる。この部屋は知らないものの、何となく既視感のようなものがあった。小さな小窓から窺える外の景色は、ルクスの慣れ親しんだ村の中である。そして、この家から見える民家の位置ですぐにここがどこか理解した。
すぐに今まで横になっていたベッドから体を起こし、下から聞こえる話し声に急かされるように部屋から出れば一階に向かう。
階段を降りていけば、すぐに居間が見えてくる。そこでは、カリスとミリナが談笑をしてるところだった。
カリスの無事を確認した安堵とミリナに出会えた心地良さに、むず痒くなったルクスは出ていくのを躊躇ってしまう。
「へえ、ルクスが……」
カリスの口にした自分の名前に、ルクスは出ていくタイミングを見失ってしまう。
「ね、今はやんちゃな男の子だけど、昔はいつもアインかトゥリアに寄り添うようにして一緒に店に来ていたのよ」
クスクスとミリナは楽しそうに思い出話を語っていた。
こうやって、誰かに自分のことを聞かれるという経験はルクスにはほとんど無いのでこそばゆい気持ちで一杯になる。
「何だか、羨ましいです。ルクスには、故郷と呼べる場所があって……」
階段の影に隠れてしまったルクスの鼻腔に紅茶の香りが届いていた。どうやら、ミリナはカリスのことを手厚くもてなしてくれているようだった。それ故に、カリスの発言は酷く寂しくルクスの胸にもミリナの耳にも響いていた。
きっとそれはカリスの独り言のようなものだった。どこまでミリナはカリスの事情を聞いているのかルクスには分からなかったが、心を汲み取ることのうまいミリナはそっと胸の奥を撫でるように声を発した。
「カリスちゃんがルクスと一緒にトゥリアの元から逃げて来た以外のことは、私には分からないし、カリスちゃんの事情も知らない。身勝手な私だと承知で勝手に言わせてもらうけど……故郷があるか無いかなんて、そんなに重要じゃないと思うわ」
「……でも、故郷がある人はみんな幸せそうな顔をしています」
「そりゃ幸せだと思うわ。故郷があるというのは、いつでも誰かが待ってくれているということだもの。けど、逆に言うなら、誰かが待ってくれているというなら、どこでだって何歳になったって故郷になるということじゃないかしら? まだ若いんだし、これからゆっくりと見つけていけばいいのよ。……ルクスと二人で」
昨日から綱渡りのような時間を過ごしてきたカリスには、あまりに優しすぎるミリナの言葉に涙を流しているようだった。それは、影で聞いていたルクスも同じで、一筋の涙をそっと零していた。
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