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 ヴィレッジヴァンガードで母が迷子になった。

 ヴィレッジヴァンガードという店は、大抵どこも商品棚の背が高い。ごちゃごちゃと商品を置いているが、それがコンセプトの1つなのだろう。

 こんなものばかり置いて商売になるのかと眺めながら、迷路の中に手が吸い寄せられるものが確かにある。なるほどと思いながら、母の頭を捜す。身長150センチでは無理があるだろうか。

 この店で母が吸い寄せられるようなものを考えた方が早い。

 犬、猫、あるいはBL、それでなければ化粧品。

 首をひねって向かうことにしたのは本棚で、母はそこにいた。

「何かあった」

「この2つで悩んでるねん」

 母が見せてきたのは、サラリーマンものと幼馴染もののBLだ。ちなみにヤクザもので母が気に入っている作品の新刊はしっかり脇にはさんでいる。

 どちらももう少し待てば電子書籍で無料公開されるのではないかという期待もある。しかし読んでみたい。2つ買うのはぜいたくな気がする、と母の心の声が聞こえてくる。

「覚えてたら買うわ」

 どちらの本も元に戻して、すたすたとレジへ向かった。ショッピングモールで他の買い物をしているうちに忘れて帰ったならその程度だったということだ。この、「覚えていたら買う」作戦は思ったより有効で、私も買い物を吟味するときはよく使う手だ。

 レジで新刊が出て嬉しい、とにこにこしている。店員は本を濃紺のビニール袋に入れる。


 母に言わせればBLを含めて漫画は一種の芸術である。様々なタッチで描かれる登場するものたちの姿、心。そして作品の未来は作家や出版する者の手に握られている。母は躊躇いなくBL本の棚の前で考え込む。そして決めたらさっさとレジに置く。

 定期的に、さまざまな場においてBLを好んで読む人に関しての議論が行われる。

 私はテレビや雑誌などではその議論の円の中にBLを読む人が加わっているのを見たことがないのだが、SNSではどちらかに分かれて私見が述べられる。


 誰かにとって良いものは良く、誰かにとって悪いものは悪いものである。自分が避けたいものだとしても、誰かにとって面白いものであるなら、ただそれだけである。もちろん愛するものが誰かには悲しいものであることも。

 性的表現が苦手という人ももちろんいるだろう。男女は大丈夫だけど男同士、女同士の性的描写は苦手。その気持ちはなぜ異なるのかということを考えることは無駄ではないが、やはりそれはそういうことというだけでもある。

 恋愛感情自体が想像しがたい、実感を伴わないから恋愛を取り扱う作品には興味がないということも、他のジャンルや表現であれば満たされるというのも、それならそういうことである。

 批判するか、しないか、理解できるか、できないかの前に、すべては現実で事実で、ただそこにある。

 映画『シェイプ・オブ・ウォーター』は、アカデミー賞作品賞のほか、監督賞、作曲賞、美術賞を受賞した。声を失った女性と、アマゾンの海から連れてこられた半魚人のような生き物との愛の物語である。

 ちなみに、母の最上の誉め言葉は「エロかった」である。



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