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 グローバルの波は、なかなかの田舎にも届いている。

 首都郊外のこの街にも外国人が多く越してくるようになった。ところで、「町」よりも「街」のほうが字面の良い気がするという人はどれくらいいるだろう。

 終電で帰り線路沿いをたらたら歩いていた。確か聴いていたのは『グラン・トリノ』の主題歌だった。

 数少ない街灯が小さな公園の周りに集中している。もう少しちょうどよく置けないものか。

「ハロー」

 暗闇から突然現れた笑顔。

 心臓が口から出そうになる初体験をしてたじろぐ。

「グッドイブニング…」

 このような夜中でも外国人はハローと言うらしいと初めて知った。

 暗闇から突然現れたように見えたのは、上下真っ黒なジャージを着ていたからだった。

 私の返事を聞いて満足そうに笑って去っていった外国人と、翌日駅前で再会した。

「ヘイ!」

 まるで友達だ。満面の笑み。フランクな態度に合わせ挨拶を交わすが英語に自信がない。

 会話で理解できたのは、夜に脅かして悪かったと思っているということと、私の名前を教えてくれということだった。相手の名前は難しくて聞き取れなかった。

 それからその外国人は駅周辺で私を見つけるたびに大きな声で名前を呼び、手を振ってくるようになった。無視する理由もないので手を振り返すが、いつまでも名前が覚えられない。

 徐々に外国人の友人とも挨拶を交わすようになったが、やはり誰の名前も覚えられない。ちなみに私は英語と同じくらい世界史が苦手だった。

 外国人たちは日に日に日本語が達者になり、私に声をかけてくるときはほとんど日本語で話しかけてくるようになった。

 終電で帰った別の夜、駅前のコンビニで外国人たちと会った。全員アイスクリームやシャーベットを手にもち、嬉々としている。

「ヘイ!また夜遅いね、ボーイフレンド?」

「バイトだよ」

「What!?」

 一番初めに知り合った外国人が驚いている。どうやら遅くまで働いてきたことをねぎらってくれているらしい。私は疲労を隠せていないと実感し、肩をすくめてみた。

 家まで送ると言う彼らに囲まれ歩き出した。彼らは歩きながら、コンビニは素晴らしいと褒めたたえ、英語が苦手な私のことを話していた。ヒアリングはスピーキングよりましだよと言うと、「恐れ入りましたぁ」と嬉しそうに笑った。

「なんだか疲れているね」

「少しだけね」

「キッスしてあげるよ!」

「え、いいよ」

 例の外国人が私を追いかけ始めた。逃げる私を見ながら、みんなが笑っている。

「やっと笑った!」

 満面の笑みを見て、自分も笑っていることに気がついた。

 へっへっへーと得意げな彼らに、私はセンキューと言った。街灯が4つに見えるのは乱視のせいである。



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