第6話




 カミルが生まれた時、王子が誕生したと発表された。

 けれども女の格好をさせていたものだから、国民の多くは「あれ、どっちだったっけ、姫かな」と思ったらしい。しかも、その後、弟たちと妹が生まれている。

 国民にとっては、めでたいお話で、その子が将来の王だろうが女王だろうが関係なかった。

 やがて、カミルの見た目は他国にも知れ渡り、王女だと勘違いされたまま過ごしてきた。

 あえて否定しないのは王の意思だった。

 カミルは王の命令に従ったまでのこと。そして、王女として過ごすことに違和感はなかった。

 けれども、女だと思ったことはなかった。

 不思議なことに、誰よりも女の子らしいものが好きだったのに、心は男のままだった。



 カミルは父王に、ウルリケと結婚を前提にお付き合いすることを報告した。

 すると、王は妃と共に大変喜んでくれた。

「いや、青年や王子を選んだら、どういった顔をしようかと考えていたのだが」

「それはないと、申し上げましたわ、陛下。わたくしの申した通りでしょう?」

「うむうむ」

「……あの、今更なのですが、どうしてあのような公布にされたのですか」

 カミルは夫婦のやり取りに口を挟んだ。

 王は、言う。

「あのようなとは……ああ、そうか。何、建前というものがある。表向きはお茶会の参加権なのだ。性別を決めるわけにもいかない」

 カミルは納得いかなかったが、王は更に続けた。

「それにの。たとえ、カミルが同性の相手を選んでも構わなかったのだよ」

「そうなのですか?」

「……愛していればな。それでいいのだ」

「父上様」

「おぬしが、成人した日に、話して聞かせよう。それまでは心穏やかに過ごせ」

「……はい。ありがとうございます」

 何かがある。それは、のほほんと生きてきたカミルにも分かっていた。

 それは父王を悩ませるものだということ、そして自身のことだということを。


 カミルは王に言われたからではないが、勉強に励みながらも、ウルリケとの時間を作って大切にした。

 他の護衛たちは、ウルリケとの個人的な時間には遠巻きにしてくれる。

 城内の者たちは皆が協力者で、微笑ましく二人を見ていた。


 城下では、男女逆転だとは知らない街の者たちが、騎士が姫を射止めたと盛り上がった。






 カミルが十八歳になる当日は、何故か誕生パーティーが行われなかった。

 普通は、当日に行うものだ。例年そうだった。弟たちも妹の誕生日もそうである。

 カミルには、パーティーは誕生日の翌日に行われるのだと告げられた。

 きっと何かがあるのだろう。

 ウルリケは、カミルより三歳上だった。けれど、カミルの事情は知らないようだった。ただ、何かがあるのだとは、ウルリケも考えていたようだ。

「大丈夫でございます。何があろうとも、わたしが守ってみせます」

「うん。ありがとう。でも、一緒にね」

「はい」

 二人で、当日何があっても頑張ろうと、話し合った。



 カミルの誕生日がやって来た。

 お祝いはないけれど、客を迎える大広間に、カミルとウルリケは呼ばれた。護衛たちは広間の外で待機し、部屋の中には少数だけが残った。

 そこには魔女たちもいた。

 カミルも何度か会ったことがある。挨拶すると、それぞれが優しく笑う。

「可愛い顔立ちだったが、今は美しいという言葉が似合うね」

「健やかに育ったようだが、より逞しくなったのではないか」

「頭の良い子だろうと思ったが、慢心せずに勉強を頑張っているようだ」

「美しい肌であったが、大事にされているのか更に輝くようだよ」

「朗らかに笑んでいた子だが、情を知った笑みを見せるね」

 口々に楽しげに告げた。

 最後の魔女が、柔らかく目を細める。

「美しい髪だこと。おいで」

「はい」

 彼女はカミルの髪を手にとって、しげしげと眺めた。

 今日は母の指示で、カミルの長い髪は結っていない。長いまま垂らしていたそれを、魔女は撫でた。

「金色に輝いていた髪の美しさは、損なわれていないようだ」

「はい。皆が丁寧に扱ってくれます」

「蔓草もかい?」

「はい。ちぎったりしないよう、大事にしてくれます」

「おや」

「わたしも、この髪が好きです」

「そうかい」

 魔女はとても嬉しそうに笑った。


 そこに、突然、一陣の風が吹いた。

 皆が目を細めながら、つむじとなった風を見る。

 やがて、黒いローブを着た魔女が現れた。

「おやおやおや」

 背の高い魔女は、派手な化粧をしていた。きつい眼差しでカミルを見ると、魔女は高らかに笑った。

「あの時の子供だね? あたしの祝福が効いているようじゃないか!」

「祝福?」

「そうさ。ああ、あんたにとっては呪いかもしれないねぇ!」

 どういうことなのかと、カミルは黒い姿の魔女を見上げた。

 いつの間にか、魔女の使い魔たちが周囲を取り囲んでいる。他の魔女や、王、妃、大臣たちが青ざめた顔でカミルを見ていた。

 ウルリケはどこだろう。

 カミルが見回そうとしたら、黒の魔女が口を開いた。

「あんたは本当は男だったのさ! あたしが、呪いで女にしてやったんだ!!」

 どうだい、と鼻息荒く言う。

 黙っているカミルに対して、満足げに頷くと、黒の魔女は更に続けた。

「でもね、成人したら体は男へ戻ろうとするんだ。あんたも、大きく育つよ。どうだい。騎士のような体に、女の体、女の心は。つらいだろう!」

 そう叫ぶ魔女こそ、つらそうだ。カミルは一歩、魔女に近づいた。更に一歩。

 魔女が訝しそうにカミルを見る。

 でももう一歩進んだ。

「なんだい、あんた。怒ってるのかい? 魔女を相手に喧嘩でも売ろうってのか」

 カミルは首を横に振った。

「あなたが、悲しそうだったから」

「は?」

「大きく逞しい体で、女の体、女の心はつらいことなの?」

「そりゃあ、そうだろうよ」

「どうして?」

「どうして、って」

 魔女は、言葉に詰まってしまった。


 すると、使い魔たちの向こうから、声が聞こえた。

 カミルと魔女、二人の耳に。

 それは王の叫びだった。


「兄上、わたしが悪かった。わたしたちが間違っていた。そうだ、わたしたちが、兄上を隠そうとした。それが始まりだったのだ」

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